ヤップ島回想記

太平洋戦争末期のミクロネシアでの奮闘記

第16章 敵だ!空襲だ!

2012-10-19 15:35:23 | 第16章 敵だ!空襲だ!
忘れもしない1944.3.31(昭和19年3月31日)その日はいつもと同じ快晴で朝の朝礼、点呼が終わり解散の号令が出たとき、誰ともなく飛行機だ、との声がする。爆音がかすかにきこえる。皆が一斉に上を見上げるとはるか上空に飛行機らしきものが近づいてくるのが見える。だんだん機影が大きく見えてきた誰かが日の丸だ! 日本の飛行機だ!と叫んだ。皆がわっと歓声を挙げて上空を見つめた其の時パラパラと何かが落下した途端にズズーンともの凄い炸裂音がした。敵だ!空襲だ!と誰かが叫ぶ。一瞬全員声なく動転した。遂に来たぞ!逃げろ!一斉に樹林の方に我先に走り出した。とたんに耳元で機銃の炸裂音がもの凄い音でダ、ダ、ダ、キューン、バリバリ、バリ、ダ、ダ、ダ、と息つく間もなく連続射撃。敵は急降下して宿舎のトタン屋根を狙ってきたのだ。あっと言う間に宿舎は猛火に包まれ物凄い煙と炎が舞い上がった。
 宿舎は滑走路の工事現場の端だが立ち木一本も無い平坦な広場にトタン葺き屋根が太陽に燦然と輝き、全くこれ見よがしに建っていた。攻撃目標には一目瞭然の位置にある。彼らはまず此の宿舎を目掛けて攻撃してきた。我々は一斉樹林のあるほうへと逃げた。逃げ込んだ先は、ルエッチ村の椰子林で、そこは樹が密生していない。上空から見れば我々が動きまわっているのを見通されているようでとても隠し通せるるものではないと必死になって逃げまくり、少しでも樹の葉の多い方へ逃げて身を伏せた。なんせ200人か300人の人間がくもの子を散らすように林の中に逃げてきたが、やはり次は林の中に無差別攻撃となった。
 艦載機は地上すれすれまで降下して我々の頭上を通過するときの爆音はすさまじく、またその爆風で椰子の葉の擦れる音がもの凄く、機銃掃射と機関砲の炸裂音に全く生きた心地がしないとは此のことだ。今度こそやられると歯を食いしばり、目をつぶって頭上を通過するのを待つばかりの連続であった。身体はコチコチになり、其のうち足がしびれてきた。ずいぶんと時間がたったような気がするが攻撃の間隔が長くなり、其のうち急に物音が全くしない静寂な時が来た。第一次攻撃はこれで終わりか、敵は又かならず来る。一体仲間は何処へ行ったのか、俺一人なのかそんな筈はない。皆もっと遠くに逃げたのか、ここは滑走路から近すぎる。今のうちにもっと遠く離れなくては、と起き上がり林の奥の方へ150メートルぐらい息をきらしながら走った。少し低地の沢の様なところに、いた、いた、顔見知りでは無いが、5~6人が互いに無事だったのかと迎えてくれた。
 ここは茂みも深く椰子も割と太いのが多かった。今度は周りに人がいるので、私もほっとしていた。少しは落ち着いてきたので彼らに何か話し掛けた時、又爆音が聞こえてきた。そしていきなり敵機は物凄い爆音と爆風で頭上を通過。ダ、ダ、ダ、バリバリ、バリ、ダ、ダ、ダ、と攻撃が始まった。来るわ来るわ息つくひまなくやって来る其の炸裂音は私達のところから大分離れていたが、其のうち着弾が近くに落ちはじめた。超低空で椰子の葉すれすれの攻撃のもの凄い爆音と爆風に我々は震え上がった。敵は地上から無抵抗の非戦闘員だと識別している筈なのに此れ程執拗に無差別攻撃するなんて全く許せない。昨日までは敵といってもそれ程敵愾心は無く同じ人間なのだからそんな非人道的な事はしないだろうとあまく見ていたが私は怒った。許せない、馬鹿野郎、畜性、アメリカの野郎と言葉にならない声を出して怒った。
 やられてたまるものかと開き直り、急降下をして頭上を通過する敵機を頭を上げてにらみつけるようになった。黒い飛行帽に眼鏡をかけた操縦士が頭を出して眼鏡を通して我々を見下ろして通過する彼らを私は下からはっきり見ていたが、あの速度で椰子の葉越しに見下ろしても、彼らには動くものしか見えないだろうと、それまで椰子の太い根本にぴったりはりついていた身体を持ち起こし楽な姿勢になって構えるようになった。
 どのくらい時間がたったかはわからないがおそらく攻撃が始まって1時間以上たっているはずだ。爆音がしなくなって10分~20分たった。其のうち椰子林内から人声が聞こえてきた。やあ、大丈夫だったか、と皆が生きている事を確認しあった。南拓の社員も皆無事だったことを知り、私はほっと安心した。とたんに気が抜けたようだ。これからは仲間と一緒に行動しよう、一人になるのが怖くなった。それから幹部の人達の集まっている所に集合し指示に従うことにした。
 戦後の資料で知ったのだが此の3月31日の空襲はパラオ諸島とヤップ島で同時に行われたものでヤップは艦載機による戦闘機グラマンの機銃と機関砲の攻撃だったがB17のような爆撃機でも来ていたら大変な被害になったものと、今思いだしても感無量の気持だ。