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この岳に生きる

「この岳に生きる」とは僕の所属する山岳救助隊の記念誌の題名です。 北アルプス飛騨側で山と共に生きている僕の見た風景です。

山スキートレ。

2012年12月03日 | 日記・エッセイ・コラム

Img_20121203_121559 穂高。

天気も好く、雪で真っ白な山を見ていたら我慢できなくなり、山ン中を少し歩いてきた。

出発時間が遅いし、いつもの尾根を登るには雪が少なすぎるので、大した事はできないが体力づくりと割り切ってスカイラインを登った。久しぶりの雪の感触が気持ちいい。

2時間程で夫婦松。コーヒーを飲んで一休み。残念だがここで帰ります。

15分で車に着いた。スキーは速い。僅かな時間だったが楽しかった。

Img_20121203_114459 スカイライン途中にあった堰堤が凍っていた。

練習によさそう?


マウンテンサーフ

2012年11月06日 | 日記・エッセイ・コラム

P1150015 ホグロフスマウンテンサーフ

山スキーヤーの中ではカリスマ的存在のYASUHIROさんがオススメするのがこのホグロフスマウンテンサーフ。

僕も1つ持っているが廃盤になってもう作っていないそうです。バックカントリーで使うにはほとんど完璧な作りで素晴らしいザックだ。

もう作っていないのなら余分に購入したいくらいだったがもうネットでどこを探しても売り切れで手に入らないので大切に使っていこう。

YASUHIROのマウンテンワールドは山スキーをする人なら必ず見たことのあるHPでその山行記録を参考に山スキーへ行っている人も多い。僕もその一人。

とにかくその行動力はとんでもない。医院を経営されているお医者さんで大腸カメラにのスペシャリストです。

予約無しで大腸カメラを行ってくれる病院は他にあるだろうか?とんでもない件数の大腸や胃カメラを一人で毎日こなされている。

山スキーにおいては記録を見ていただくと分かるが日帰りの山行は1シーズンに50回を越える。

YASUHIROさんとは縁があって僕の宿に泊まりにきていただいてお話させていただいたこともあり、そのときは朝早く自転車で金沢まで帰っていった。

毎日を完全燃焼で送る生き方には脱帽で憧れます!。

山好きな方なら一度是非YASUHIROさんのHPをご覧下さい。


紅葉の穴場

2012年10月25日 | 日記・エッセイ・コラム

P1140194_2 下からは見えない景色です。

秋の行楽シーズン、紅葉も盛りを迎えてきた。

観光客も多く、連日休む暇もなく忙しい日が続いている。

貴重な昼休みに、昼寝でもしようかと思うが、1.2時間体を動かしじんわり汗をかくと逆に体が軽くなり疲れも取れて楽になるのが不思議だ。

そんな中昨日は天気もよかったので紅葉の穴場へ写真を撮りに行ってみた。やはり、今が盛りで美しい景色を見ることができた。

P1140215 前衛壁と紅葉。

クリヤ谷は錫杖に登るクライマーか、長い道のりになるが笠ヶ岳へ登る登山者以外ほとんど人の入らない場所であるので静かな散策が楽しめる。

P1140199 錫杖の岩峰が迫ってきます。

登山道はしっかりしており安心して歩く事ができるが雨の降った日などは渡渉点で増水して渉れなくなることがあるので注意。

P1140207 ブナの紅葉が見事。

P1140211 クリヤ谷の流れ。

誰にも会わなかった。


錫杖ミーティング

2012年10月13日 | 日記・エッセイ・コラム

Img_20121012_094740_3   穂高UJ君(左)とトモの雄姿

待ちに待った、team-錫杖の錫杖ミーティングが12,13の2日間で行われた。

しかし!、僕は仕事が忙しくなり参加できず。

代表のakiさんの下、総勢9名のメンバーが皆集まり、錫杖でのクライミングに是非参加したかったが残念。

少しでもメンバーの皆にお会いし交流したかったので、1ルンゼ取り付きまで荷揚げを少しだけお手伝いしてきたが、クライミングしなければ意味は無い。

1ルンゼで錫杖デビューの穂高UJ君とリトルウィング組のトモの1ピッチ目リードを見送って悲しいかな、下山を開始した。

皆、底抜けに明るくクライミングに熱い情熱を持った人たちばかりのteam-錫杖に僕も居させてもらって本当にありがとうございます。

これからもよろしくお願いします!お疲れさまでした!


2012-09-20 09:19:51

2012年09月20日 | 日記・エッセイ・コラム
16年間入っていた山岳会を辞める事にした。
長い間籍を置かさせて頂いたが、仕事柄土日に休めないので、会の山行や合宿にほとんど参加出来なかった。
会の行事に出る事ができずずっと申し訳なく思っていたが僕の所属する山岳救助隊と飛騨で唯一の地元山岳会と繋がりがあった方が良いと思い続けてきた。

運営されている方々に協力する事ができず心苦しくて相談したら、気にしなくていいって言って頂いたが、そろそろ身を引こうと思った。

いろんな思い出や勉強させてもらい寂しくなるが新たな自分の山を考えるきっかけになると思う。

山岳会の皆さん、大変お世話になりました。
ありがとうございました!



さよならアル。

2012年09月11日 | 日記・エッセイ・コラム

Img_20120908_093135 綺麗にしてからお別れ。

10年間僕たち家族を乗せて走ってくれたアルとお別れをした。

長男が産まれた年、家族が増えれば大きい車も必要だろうと買った車である。

それから娘も産まれ色々な思い出を作ってくれた車との別れは少し寂しかった。

山スキーに行くときは車中泊をして冬の厳しい寒さから僕を守ってくれた。

近年は警告灯もいろいろ点灯したりギズもあったり、足回りもギシギシ音を立てて悲鳴をあげていた。

新しい車はアルと同じような車だが一回り小さくエンジンも小さい。しかし燃費も良く、重心も低くて乗りやすい。

ぶつけないように大事に乗っていこう。


もったいない。

2012年08月29日 | 日記・エッセイ・コラム

今朝、ラテルネ師匠から電話がかかってきて、白出出合い付近で動けなくなっている登山者を見つけてその人の荷物を持って新穂高まで下りてきたが、その登山者は歩行が困難で、まだ山の中にいるので降ろすのに協力してほしいとの連絡だった。

その登山者はどうも水が飲めなくなっているようで昨晩も下山しきれなくてビバークしたらしい。ラテルネ師匠は水を飲めないことによる血栓を心配されていた。

ラテルネ師匠の頼みならほかっておくことは出来ないので、仕事をほかって駆けつけた。個人的な救助なので遭難扱いにはならないが比較的元気で新穂までなんとか下ろすことができた。

それよりもラテルネ師匠はソロで滝谷4尾根に登攀に行く途中で自分の山をやめてその人の救助に当たっていた。

自分の楽しみにしていた山を投げ打ってその方を助けたのであるが、見て見ぬふりをして通過してしまう登山者もかなりいたようだった。

その登山者はしきりにお礼を言って別れたがラテルネ師匠は笑顔で見送っていた。

自分の山がオジャンになったにもかかわらず、笑顔で見送る事が僕にはできるだろうか・・・?


流しソーメン

2012年08月09日 | 日記・エッセイ・コラム

P1120590_2口に入ったまま次を狙うMaxyと娘。 

夏になるとお隣のペンションのオーナーが毎年流しソーメンに誘ってくれるので今年もウチの家族でお呼ばれしてきた。

僕は指導センターに詰めていたので参加できなかったが子供達は大喜びだったようである。

流しソーメン初体験の甥っ子、姪っ子も楽しい思い出ができたでしょう。

P1120584 サウスポー、リーチャン。

ここのペンションのオーナーが作る天ぷらは最高に美味しい。

僕は今回食べることができなかったが家族は大喜びだった。

スギウラさん、ありがとうございました。


学校登山その2

2012年08月03日 | 日記・エッセイ・コラム

Img_20120802_101507_2 焼岳に向かって 子供たちの列が延びる。

昨日は息子の学年の焼岳登山に父兄として救助隊として一緒に登ってきた。

真夏の登山で暑さとの闘いだったが子供達皆、山頂に立って無事下山できた。

校長先生も天気が好かったので嬉しそうでした。今年も全ての登山が無事に終了してホッとしていることでしょう。お疲れ様でした。

焼岳のおかげで温泉もあるしお客さんも来てくれるんだと始めに先生から子供たちにお話があり、焼岳は自分たちにとって地元の、故郷の大事な山である、という意識がとても高いような気がした。

子供たちが大きくなってこの地を離れていった時に、僕の故郷にはこんな素晴らしい山々があると誇りに思い、故郷を大切に思う心が豊になってほしいと思う。