我等が主任教授 I 博士は、戦時中海軍に徴用され、「電波探知機」(レーダー)の開発に従事した。電力増幅のための三極真空管の電極(グリッド)の寸法計算を担当し、手回し式のタイガー計算機で数年間計算を続けたがついに完成することなく終戦を迎えたとのこと。
途中数回、どうにか使えそうな値を出し、試案として提出したが、その都度、「これは最高の計算結果か?」と問われ、控え目に、「マア使える値と思います」と返事をすると、「帝国の命運を賭けた開発にマアとは何事かッ!」どやされ、「海軍精神注入棒」なる棍棒でシゴかれたと悔しそうに述懐しておられた。
戦後、米国出張の機会を得、レーダー開発を推進したWE社を訪問し、三極真空管の開発者を探し出して開発経緯を問うたところ、担当の若いエンジニアは、ことも無げに、「ろくに計算もせず、適当な寸法の試作品を数百種作り、順にテストして、使えるものを採用した、結果を出すのに1週間かかった」と答えた由。
精神力で最高の物を作ろうと数年間力んで失敗した者と、適当にプロトタイプを多数試作し気軽に実験して労少なく手早く完成した者と、両者の競争結果は国運の勝敗にかかったことになる。世紀の改まった今日もなお、わが国は前車の轍を踏み続けているのではあるまいか。
「知恵は力にまさる」(伝道の書9:16)
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