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【答案】百選69事件 新日本製鐵(日鐵運輸)新日本製鐵第二事件 最判平成15年4月18日

2012年05月04日 | 労働百選答案

百選69事件新日本製鐵(日鐵運輸)
新日本製鐵第二事件 最判平成15年4月18日
1 Xは本件出向命令の無効確認を求めているため、Y社がXに対して出向命令権を有するかにつき検討する。
2(1) Y社がXに対して出向命令権を有するかについては、「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合」に当たるかがまず問題となる。
(2) 雇用契約は、通常特定の指揮監督権者の下での労働力の提供が予定されているものと解するのが相当であるから、使用者は、当然には、労働者を他の指揮監督権者の下で労働に従事させることはできないというべきである。そして、民法625条1項は、使用者の権利を第三者に譲渡する場合には、労働者の承諾を要するものとし、債権譲渡の一般規定と異なる制限をしている。これは、雇用契約の場合、使用者の権利の譲渡が、労働者からみて、単に義務の履行先の変更にとどまるものではなく、指揮監督権、人事権、労働条件決定権等の主体の変更によって、給付すべき義務の内容が変化し、労働条件等で不利益を受けるおそれがあることから、労働者を保護する趣旨に出たものと考えられる。そして、在籍出向は、労務提供の相手方の変更、すなわち、使用者の権利の全部ないし一部の出向先への譲渡を意味するから、使用者がこれを命じるためには、原則として、労働者の承諾を要するものというべきである。
 もっとも、在籍出向に労働者の承諾を要する趣旨が上記のように労働者を保護する点にあることからすると、個別の承諾がない場合であっても、当該出向が労働者の給付義務を大きく変更せず、就業規則や労働協約等、承諾と同視しうる程度の実質を有する特段の根拠がある場合には、使用者は労働者に出向を命ずることができると解するのが相当である。そして、上記労働者保護の趣旨に抵触せず、承諾と同視しうる程度の実質を有する特段の根拠がある場合に当たるかは、①就業規則等に業務上の必要によって出向させることができる旨の規定があるか、②出向の定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金その他の処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した規定があるか、等を総合的に考慮した上で判断すべきである。
(3) これを本件につきみるに、①Y社就業規則中に出向を命じることができる旨の定めがあり、②出向規定中に出向の定義、出向中の社員の地位、賃金についての待遇の規定、出向期間についての規定があり、出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が存在する。これらの点にかんがみるに、本件は、労働者保護の趣旨に反せず承諾と同視しうる程度の実質を有する特段の根拠がある場合に当たるというべきである。したがって、本件Y社はXに対して個別的同意を得ることなく出向を命ずることができる。
(4) なお、本件各出向命令は、業務委託に伴う要員措置として行われ、当初から出向期間の長期化が予想されたものであることから、転籍と同視でき、個別の同意がない限り効力が認められないとの批判も考えうるところである。しかしながら、本件社外勤務協定は、業務委託に伴う長期化が予想される在籍出向があり得ることを前提として締結されているものであるし、在籍出向と転籍との本質的な相違は、出向元との労働契約関係が存続しているか否かという点にあるのであるから、出向元との労働契約関係の存続自体が形骸化しているとはいえない本件の場合には、出向期間の長期化をもって直ちに転籍と同視することはできないため、これを前提として個別的同意を要するとの上記批判はあたらない。
3(1) 以上のように解したとしても、出向は出向先での勤務内容、勤務場所、労働条件等により、労働者の生活に影響を及ぼすのが通常であって、使用者が出向を命じる権限も無制約ではなく、当該出向の命令が①その必要性、②対象労働者の選定に係る事情③労働者が被る不利益の程度、④出向命令の発令にいたる手続の相当性その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該出向命令は無効となる(労契法14条参照)。
(2) これを本件につき検討する。
ア まず①の点につき、本件出向命令発令当時、昭和60年初頭に生じた円高不況の下Y会社は競争力維持のため要員削減を中心とする合理化の推進が喫緊の課題であり、Y社の業務のうち特に運輸部門の労働生産性が低かったことから、構内輸送全体の効率化を図る高度の必要性があり、本件N運輸への業務委託は上記効率化の一貫として決定されたものであることが認められる。このような事情に鑑みると、Y社が構内輸送業務のうち鉄道輸送部門の一定の業務をN運輸に委託することとした経営判断が合理性を欠くものとはいえず、これに伴い、委託される業務に従事していたY会社の従業員につき出向措置を講ずる必要があったということができる
イ 次に②の点につき、本件業務委託先である鉄道輸送部門を担当するN運輸への本件出向に伴い、Y社製鐵所の鉄道運輸部門のうち一部の者を除き大部分である141名がN運輸への出向の対象者となり、Xはそのうちの一人であったというのである。そうすると、出向措置の対象となる者の人選基準には合理性があり、具体的な人選についてもその不当性を窺わせるような事情はない。
ウ さらに、③の点につき、本件各出向命令によってXらの労務提供先は変わるものの、その従事する業務内容や勤務場所には何らの変更はなく、上記社外勤務協定による出向中の社員の地位、賃金、退職金各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関する規定等を勘案すれば、Xらがその生活関係、労働条件等において著しい不利益を受けるものとはいえない。
エ そして、④の点につき、本件合理化計画はS連合会との労使交渉を経て策定され、構内輸送の再構築計画がA組合との了承を得た上策定され、これに基づき本件出向命令が発令されたというのであるから、本件各出向命令の発令にいたる手続に不相当な点があるともいえない。
オ これらの事情にかんがみれば、本件各出向命令が権利の濫用に当たるということはできない。
4 さらに、本件では3回に渡る出向期間延長がなされており、この点が出向命令権の濫用に当たらないかも問題となるが、本件各出向延長措置がされた時点においても、鉄道輸送部門における業務委託を継続したY会社の経営判断は合理性を欠くものではなく必要性が認められ(①)、既に委託された業務に従事しているXらを対象として本件各出向延長措置を講ずることにも合理性があり(②)、これによりXらが著しい不利益を受けるものとはいえない(③)ことなどからすれば、本件各出向延長措置も権利の濫用に当たるとはいえない。
5 以上より、本件出向命令及び出向延長措置は適法であり、Xの無効確認請求は認められない。