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【答案】百選12事件 大日本印刷事件 

2012年04月20日 | 労働百選答案

1(1) Yが労働契約上の権利を有する地位にあるといえるためには、その前提として、XY社間に労働契約が成立していなければならない。そこで、採用内定の法的性質が問題となる。
(2) 採用内定の実体は多様であるため、事案ごとに契約の内容を具体的に検討し、入社までに特段の合意が予定されていなければ、採用内定の時点で労働契約が成立すると解する。
(3) 本件では、平成23年8月11日に内定通知がなされ、Zはこれを受けて誓約書をY社に提出しているが、その他には入社までに労働契約の締結に関し特段の意思表示は予定されていなかったといえる。
 したがって、本件では、内定通知・誓約書送付の時点でY社とX1間に、効力始期付解約権留保付の労働契約が成立したというべきである。
2(1) 以上のように本件採用内定によってYX間に解約留保権付雇用契約が成立したと解した場合、本件採用内定取消の通知は、上記解約権に基づく解約申し入れと見るべきであるところ、本件における解約事由が、社会通念上相当として是認することができるものであるといえるかが次に問題となる。
(2)ア わが国の雇用事情に照らすとき、大学新規卒業予定者で、いつたん特定企業との間に採用内定の関係に入つた者は、このように解約権留保付であるとはいえ、卒業後の就労を期して、他企業への就職の機会と可能性を放棄するのが通例であるから、就労の有無という違いはあるが、採用内定者の地位は、一定の試用期間を付して雇用関係に入つた者の試用期間中の地位と基本的には異なるところはないとみるべきである。
イ そこでさらに試用契約における解約権のあり様につきみるに、試用契約における解約権は、大学卒業者の新規採用にあたり、採否決定の当初においては、その者の資質、性格、能力その他いわゆる管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行い、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものと解される。そして、今日における雇用の実情にかんがみるときは、このような留保約款を設けることも、合理性をもつものとしてその効力を肯定することができる。しかしながら、他方、雇用契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考慮するとき、留保解約権の行使は、上記のような解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合にのみ許されるものと解すべきである。この理は、採用内定期間中の留保解約権の行使についても同様に妥当するものと考えられる。したがつて、採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であつて、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である。
(3) これを本件についてみると、本件採用内定取消事由の中心をなすものは「Yはグルーミーな印象なので当初から不適格と思われたが、それを打ち消す材料が出るかも知れないので採用内定としておいたところ、そのような材料が出なかつた。」というものである。しかしながら、グルーミーな印象であることは当初からわかつていたことであるから、Xとしてはその段階で調査を尽くせば、従業員としての適格性の有無を判断することができたというべきである。これにもかかわらず、不適格と思いながら採用を内定し、その後当該不適格性を打ち消す材料が出なかつたので内定を取り消すということは、上記のように採用内定時において収集困難な判定資料を後日における調査観察により補完し最終的決定を留保するという解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができず、解約権の濫用というべきである。したがって、上記のような事由をもつて、本件誓約書の確認事項二、⑤所定の「その他の事由によつて入社後の勤務に不適当と認められたとき」という解約事由にあたるということはできない。