判例百選・重判ナビ

百選重判掲載判例へのリンク・答案例等

【答案】百選69事件 新日本製鐵(日鐵運輸)新日本製鐵第二事件 最判平成15年4月18日

2012年05月04日 | 労働百選答案

百選69事件新日本製鐵(日鐵運輸)
新日本製鐵第二事件 最判平成15年4月18日
1 Xは本件出向命令の無効確認を求めているため、Y社がXに対して出向命令権を有するかにつき検討する。
2(1) Y社がXに対して出向命令権を有するかについては、「使用者が労働者に出向を命ずることができる場合」に当たるかがまず問題となる。
(2) 雇用契約は、通常特定の指揮監督権者の下での労働力の提供が予定されているものと解するのが相当であるから、使用者は、当然には、労働者を他の指揮監督権者の下で労働に従事させることはできないというべきである。そして、民法625条1項は、使用者の権利を第三者に譲渡する場合には、労働者の承諾を要するものとし、債権譲渡の一般規定と異なる制限をしている。これは、雇用契約の場合、使用者の権利の譲渡が、労働者からみて、単に義務の履行先の変更にとどまるものではなく、指揮監督権、人事権、労働条件決定権等の主体の変更によって、給付すべき義務の内容が変化し、労働条件等で不利益を受けるおそれがあることから、労働者を保護する趣旨に出たものと考えられる。そして、在籍出向は、労務提供の相手方の変更、すなわち、使用者の権利の全部ないし一部の出向先への譲渡を意味するから、使用者がこれを命じるためには、原則として、労働者の承諾を要するものというべきである。
 もっとも、在籍出向に労働者の承諾を要する趣旨が上記のように労働者を保護する点にあることからすると、個別の承諾がない場合であっても、当該出向が労働者の給付義務を大きく変更せず、就業規則や労働協約等、承諾と同視しうる程度の実質を有する特段の根拠がある場合には、使用者は労働者に出向を命ずることができると解するのが相当である。そして、上記労働者保護の趣旨に抵触せず、承諾と同視しうる程度の実質を有する特段の根拠がある場合に当たるかは、①就業規則等に業務上の必要によって出向させることができる旨の規定があるか、②出向の定義、出向期間、出向中の社員の地位、賃金その他の処遇等に関して出向労働者の利益に配慮した規定があるか、等を総合的に考慮した上で判断すべきである。
(3) これを本件につきみるに、①Y社就業規則中に出向を命じることができる旨の定めがあり、②出向規定中に出向の定義、出向中の社員の地位、賃金についての待遇の規定、出向期間についての規定があり、出向労働者の利益に配慮した詳細な規定が存在する。これらの点にかんがみるに、本件は、労働者保護の趣旨に反せず承諾と同視しうる程度の実質を有する特段の根拠がある場合に当たるというべきである。したがって、本件Y社はXに対して個別的同意を得ることなく出向を命ずることができる。
(4) なお、本件各出向命令は、業務委託に伴う要員措置として行われ、当初から出向期間の長期化が予想されたものであることから、転籍と同視でき、個別の同意がない限り効力が認められないとの批判も考えうるところである。しかしながら、本件社外勤務協定は、業務委託に伴う長期化が予想される在籍出向があり得ることを前提として締結されているものであるし、在籍出向と転籍との本質的な相違は、出向元との労働契約関係が存続しているか否かという点にあるのであるから、出向元との労働契約関係の存続自体が形骸化しているとはいえない本件の場合には、出向期間の長期化をもって直ちに転籍と同視することはできないため、これを前提として個別的同意を要するとの上記批判はあたらない。
3(1) 以上のように解したとしても、出向は出向先での勤務内容、勤務場所、労働条件等により、労働者の生活に影響を及ぼすのが通常であって、使用者が出向を命じる権限も無制約ではなく、当該出向の命令が①その必要性、②対象労働者の選定に係る事情③労働者が被る不利益の程度、④出向命令の発令にいたる手続の相当性その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該出向命令は無効となる(労契法14条参照)。
(2) これを本件につき検討する。
ア まず①の点につき、本件出向命令発令当時、昭和60年初頭に生じた円高不況の下Y会社は競争力維持のため要員削減を中心とする合理化の推進が喫緊の課題であり、Y社の業務のうち特に運輸部門の労働生産性が低かったことから、構内輸送全体の効率化を図る高度の必要性があり、本件N運輸への業務委託は上記効率化の一貫として決定されたものであることが認められる。このような事情に鑑みると、Y社が構内輸送業務のうち鉄道輸送部門の一定の業務をN運輸に委託することとした経営判断が合理性を欠くものとはいえず、これに伴い、委託される業務に従事していたY会社の従業員につき出向措置を講ずる必要があったということができる
イ 次に②の点につき、本件業務委託先である鉄道輸送部門を担当するN運輸への本件出向に伴い、Y社製鐵所の鉄道運輸部門のうち一部の者を除き大部分である141名がN運輸への出向の対象者となり、Xはそのうちの一人であったというのである。そうすると、出向措置の対象となる者の人選基準には合理性があり、具体的な人選についてもその不当性を窺わせるような事情はない。
ウ さらに、③の点につき、本件各出向命令によってXらの労務提供先は変わるものの、その従事する業務内容や勤務場所には何らの変更はなく、上記社外勤務協定による出向中の社員の地位、賃金、退職金各種の出向手当、昇格・昇給等の査定その他処遇等に関する規定等を勘案すれば、Xらがその生活関係、労働条件等において著しい不利益を受けるものとはいえない。
エ そして、④の点につき、本件合理化計画はS連合会との労使交渉を経て策定され、構内輸送の再構築計画がA組合との了承を得た上策定され、これに基づき本件出向命令が発令されたというのであるから、本件各出向命令の発令にいたる手続に不相当な点があるともいえない。
オ これらの事情にかんがみれば、本件各出向命令が権利の濫用に当たるということはできない。
4 さらに、本件では3回に渡る出向期間延長がなされており、この点が出向命令権の濫用に当たらないかも問題となるが、本件各出向延長措置がされた時点においても、鉄道輸送部門における業務委託を継続したY会社の経営判断は合理性を欠くものではなく必要性が認められ(①)、既に委託された業務に従事しているXらを対象として本件各出向延長措置を講ずることにも合理性があり(②)、これによりXらが著しい不利益を受けるものとはいえない(③)ことなどからすれば、本件各出向延長措置も権利の濫用に当たるとはいえない。
5 以上より、本件出向命令及び出向延長措置は適法であり、Xの無効確認請求は認められない。


【答案】重判平成22年1事件 パナソニックプラズマディスプレイ事件 最判平成21年12月18日

2012年05月02日 | 労働百選答案

 

重判平成22年1事件 パナソニックプラズマディスプレイ事件 最判平成21年12月18日

1 本件において、Xは、XY間に雇用契約関係が成立しており、Yによる就業拒否は解雇権の濫用であって無効であって、XY間の雇用契約関係はいまだ存続していることを主張し、雇用契約上の地位確認及び未払い賃金の支払を求めている。この請求の可否を検討する。
2(1) まず、XP間の雇用契約及びYP間の業務委託契約が無効であるとすれば、XY間の勤務の実体を基礎付ける法律関係は黙示の雇用契約の存在によるほかないことになるため、上記各契約の有効性につき検討する。
ア 請負契約においては,請負人は注文者に対して仕事完成義務を負うが,請負人に雇用されている労働者に対する具体的な作業の指揮命令は専ら請負人にゆだねられている。よって、請負人による労働者に対する指揮命令がなく、注文者がその場屋内において労働者に直接具体的な指揮命令をして作業を行わせているような場合には、たとえ請負人と注文者との間において請負契約という法形式が採られていたとしても、これを請負契約と評価することはできない。そして、上記の場合において、注文者と労働者との間に雇用契約が締結されていないのであれば、上記3者間の関係は、労働者派遣法2条1号にいう労働者派遣に該当すると解すべきである。
イ 本件においてXは、平成16年1月20日から同17年7月20日までの間、Pと雇用契約を締結し、これを前提としてPから本件工場に派遣され、Yの従業員から具体的な指揮命令を受けて封着工程における作業に従事していたというのであるから、PによってXに派遣されていた派遣労働者の地位にあったということができ、これは労働者派遣法の規定に違反していたといわざるを得ない。
 しかしながら、労働者派遣法の趣旨及びその取締法規としての性質、さらには派遣労働者を保護する必要性等にかんがみれば、仮に労働者派遣法に違反する労働者派遣が行われた場合においても、特段の事情のない限り、そのことだけによっては派遣労働者と派遣元との間の雇用契約が無効になることはないと解すべきである。そして、XとPとの間の雇用契約を無効と解すべき特段の事情はうかがわれないから、上記の間、両者間の雇用契約は有効に存在していたものと解すべきである。
3(1)ア もっとも、XP間・YP間の各契約が有効であったとしても、勤務の実際の状況に鑑み、XY間に黙示の雇用契約が締結されていたと評価することができればXはYに対し直接の雇用関係に基づく主張が可能となる。そこで、XY間に黙示の雇用契約が成立していたといえるか、検討する。
イ 派遣労働者と派遣先企業との黙示の労働契約の成否に関しては、①外形上派遣先企業の正規の従業員とほとんど差異のない形で労務を提供することにより、派遣先企業との間に事実上の使用従属関係が存在し②受け入れ企業が労働者の採用を実質的に決定しており、③派遣元企業がそもそも企業として独自性を有しないとか、企業としての独立性を欠いていて派遣先企業の労務担当の代行機関と同一視しうるものである等、その存在が形式的名目的なものに過ぎず、かつ、④派遣先企業が派遣労働者の賃金額その他の労働条件を決定していると認めるべき事情のあるときには、派遣労働者と派遣先企業との間に黙示の労働契約が締結されたものと認められると解するのが相当である。
ウ これを本件についてみるに、まず①につき、本件工程はY社の正社員である班長と現場リーダーの指示の下行われ、Xは上記社員の直接の指示の下に作業を行い、P社の正社員は指示を行っていなかった。また、休日出勤はY社正社員の指示を受け、休憩時間についてもY社正社員の指示を受けていた。このことからすると、XY社間に事実上の使用従属関係が一定程度存在していたことは認められる。しかしながら、他方でPはXに本件工場のデバイス部門から他の部門に移るよう打診するなど、配置を含むXの具体的な就業態様を一定の限度で決定しうる地位にあったものと認められるのであって、使用従属関係が専らXY間にのみ存在しXP間にはなんらの使用従属関係も存在しなかったとまでいうことはできない。
 また②につき、Y社はPによるXの採用に関与していたという事情は存在しない。次に③につき、PはY社と資本関係のない独立した企業であり、その存在が名目的なものとはいえない。さらに④につき、Xが受ける給与の額はPが決定し、Y社がこれを事実上決定していたといえるような事情もうかがわれない。
 以上の事情を総合すると、平成17年7月20日までの間にYとXとの間において雇用契約関係が黙示的に成立していたものと評価することはできない。
3(1) 以上のように、XP間の雇用契約が終了した平成17年7月20日までの間にYX間には直接の雇用契約はなく、YX間の雇用契約は、本件契約書が取り交わされた同年8月19日以降に成立したものと認めるほかはない。そして、上記雇用契約の契約期間は原則として平成18年1月31日をもって満了するとの合意が成立していたものと認められる。このことを前提としても、期間の定めのある雇用契約の雇い止めが権利の濫用として無効とならないか。
(2) 期間の定めのある雇用契約があたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している場合、又は、労働者においてその期間満了後も雇用関係が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合には、雇用契約の雇止めにも解雇権濫用の法理(労契法16条)が類推され、雇い止めが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められないときには権利の濫用として許されないと解するのが相当である。
(3) 本件においてはY社とXとの間の雇用契約は一度も更新されていない上、上記契約の更新を拒絶する旨のY社の意図はその締結前からX及び本件組合に対しても客観的に明らかにされていたということができる。そうすると,上記契約はあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたとはいえないことはもとより、Xにおいてその期間満了後も雇用関係が継続されるものと期待することに合理性が認められる場合にも当たらないものというべきである。
 したがって、Y社による雇止めが許されないと解することはできず,Y社とXとの間の雇用契約は,平成18年1月31日をもって終了したものといわざるを得ない。
4 以上により、XとY社間には雇用関係は存在せず、Xの本件各請求は認められない。


平成23年度重要判例解説 労働法 目次・リンク

2012年05月02日 | 労働重判目次・リンク

1事件 労働組合法上の労働者―①新国立劇場事件/②INAXメンテナンス事件
①最判平成23年4月12日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=81241&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110412150301.pdf
②最判平成23年4月12日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=81243&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110419094943.pdf

2事件 採用内々定の取消―コーセーアールイー事件
福岡高判平成23年3月10日

3事件 就業規則の不利益変更と労働者の同意―協愛事件
大阪高判平成22年3月18日

4事件 産休及び育給からの復職と不利益取扱い―コナミデジタルエンタテインメント事件
東京高判平成23年12月27日

5事件 待機派遣労働者の整理解雇―テクノプロ・エンジニアリング事件
横浜地判平成23年1月25日

6事件 会社執行役員と労災保険法上の労働者―国・船橋労基署長(マルカキカイ)事件
東京地判平成23年5月19日

7事件 定年後の継続雇用契約の成否と対象者の選定基準―津田電気計器事件
大阪高判平成23年3月25日

8事件 組合併存下における使用者の誠実交渉義務―NTT西日本事件
東京高判平成22年9月28日


平成22年度重要判例解説 労働法 目次・リンク

2012年05月01日 | 労働重判目次・リンク

1事件 いわゆる偽装請負と黙示的労働契約の成否―パナソニックプラズマディスプレイ(パスコ)事件
(最判平成21年12月18日)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=38281&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20091218155652.pdf

2事件 会社分割にともなう労働契約承継と協議・措置義務―日本アイ・ビー・エム事件(最判平成22年7月12日)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=80428&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100712111131.pdf

3事件 勤務態度不良による解雇と不法行為―小野リース事件(最判平成22年5月25日)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=80211&hanreiKbn=02
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100525141345.pdf

4事件 退職者が長期間経過後に加入した組合との団体交渉義務―住友ゴム工業(大阪高判平成21年12月22日)
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=80248&hanreiKbn=03
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100602081712.pdf

5事件 海外ツアー添乗員とみなし労働時間制―阪急トラベルサポート事件(東京地判平成22年7月2日)

6事件 メッセンジャーの労働者性と契約解除の適否―ソクハイ事件(東京地判平成22年4月28日)


【答案】百選113事件 使用者の言論―プリマハム事件

2012年05月01日 | 労働百選答案

使用者の言論と支配介入 最判昭和57年9月10日 第一審東京地判昭和51年5月21日

1 X社は本件声明文表示を支配介入にあたると判断した救済命令の取消を求めている。これが認められるかは本件声明文表示が労組法7条3号の支配介入にあたるかにより決されるため、この点について検討する。
2(1) まず、本件社長の声明文の掲示が同法7条3号にいう「労働者が労働組合を運営することを支配し、若しくはこれに介入すること」に当たるか。
(2) 使用者の発言行為は憲法21条に掲げる言論の自由の保障の下にあり、およそ使用者であるからといって言論の自由が否定されることはない。しかしながら使用者の言論の自由も、憲法28条の団結権を侵害してはならないという制約を受けることを免れず、使用者の言論が組合の結成、運営に対する支配介入にわたる場合は不当労働行為として禁止の対象となると解すべきである。そして、上記支配介入にわたる場合にあたるか否かは、①言論の内容、②発表の手段・方法、③発表の時期、④発表者の地位・身分、⑤言論発表の与える影響等を総合的に判断し、当該言論が組合員に対し威嚇的効果を与え、組合の組織、運営に影響を及ぼす場合といえるかによって決すべきである。
(3) これを本件について検討する。
ア まず①言論の内容の点につき、本件社長声明文は、その対象者を「従業員の皆さん」としているが、会社は当時組合といわゆるユニオン・ショップ制を協定していたことが認められるから、「従業員の皆さん」はとりもなおさず組合員全員を対象にしている。
 そして、声明文の内容によれば、(1)「組合幹部の皆さんは」という文言については、組合執行部の態度を批判することにより、執行部と一般組合員との間の離反を図るおそれがあるとみられなくはない。(2)「ストのためのスト」という文言については、組合の団交決裂宣言は争議開始の要件として労働協約上定められており、また、昭和45年度は団交決裂宣言後ストライキ突入までに9日間あり、その間に2回団体交渉が行われ、昭和46年度も団交決裂宣言後ストライキ突入までに5日間あり、その間に1回団体交渉が行われており、昭和46年における団交の際、組合がストライキ開始の要件として決裂宣言をしたことをめぐって労使間で議論が交わされたことが認められ、以上のような経緯からすれば、組合の団交決裂宣言が直ちにストライキを決行するという趣旨でないことは、会社において十分に、認識していたものと思われる。(3)「重大な決意」との文言は、ストライキへの参加により処分がありうることを示唆するものであり、一般的に言って組合員に対する威嚇的な効果をもつことは否定できない。(4)「節度ある行動をとるように」との文言は、会社は、従来組合の争議方法について問題にしたことはなかったことが認められるから、これは組合員に対するストライキ不参加の呼びかけというほかはない。
 以上から判断すると、本件声明文は、組合員全員に対し、組合執行部と一般組合員との離反を図ることを目的として、近い時期にストライキが行われることを認識しつつ、威嚇的効果を狙い、ストライキ不参加を呼びかけることを内容とするものということができる。
イ 次に②発表の手段・方法の点につき、本件声明文は、全事業所に一斉に掲示して発表された。これは使用者としての強い意思を示す強硬な手段・方法であって、威嚇的効果は大きいといえる。
ウ また③発表の時期についてみるに、4月15日の団交決裂宣言が直ちにストライキに突入することを意味しておらず、なお団体交渉によって話し合いを継続する余地のある段階であったにもかかわらず、上記宣言からわずか2日後にX社は本件声明文を掲示したのである。したがって、X社は組合と誠実に交渉を継続する努力を放棄して、拙速に本件掲示行為に出たものといわざるをえない。
エ さらに④発表者の地位・身分につき、本件声明文は、会社の最高責任者としての社長名義で発表されており、その強大な権限を考慮すると、組合員に対する威嚇的効果は大きい。
オ そして⑤言論発表の与える影響につき、この発表後、ストライキに反対する組合内部での動きが各支部において急に現れてきたところからみると、本件声明文掲示が組合内部における執行部の方針に批判的な勢力に力を与えて勇気付けて、初めて193名に及ぶ脱落者が出たというべきで、本件声明文掲示行為は組合員に対し大きな影響を与えうる行為であったということができる。
カ 以上を総合して考えると、本件社長声明文の掲示は、組合員に対し威嚇的効果を与え、ストライキをいつどのような方法で行うか等という、組合が自主的に判断して行動すべき組合の内部運営に影響を及ぼすものというべきであり、「労働者が労働組合を運営することを支配し、若しくはこれに介入すること」に当たると解するのが相当である。
3(1) 次に、支配介入(労基法7条3号)については、不利益取扱い(同法同条1号)とは異なり、条文上不当労働行為意思を成立要件とする文言(「故をもって」)は用いられていない。そこで、支配介入の成立にはその意思(使用者の主観的認識)は必要とされないのかが問題となる。
(2) 条文の文言からすると、使用者の具体的な組合弱体化の意思(支配介入を使用とする意欲・認識)までは要件とされないが、使用者の認識とは全く無関係に行為の結果のみから不当労働行為製を肯定すると使用者の行為を過剰に制限することになるため、広い意味で反組合的意思をもって行為がなされたことは必要であると解するのが相当である。
(3) これを本件についてみるに、上記のように本件声明文は、組合員全員に対し、組合執行部と一般組合員との離反を図ることを目的として、近い時期にストライキが行われることを認識しつつ、威嚇的効果を狙い、ストライキ不参加を呼びかけることを内容とするものであり、これを全事業所に一斉に掲示するという強硬な手法をとったこと、団交交渉がなお要求される時期において本件掲示に踏み切ったこと、社長名義という権勢を背景になされたこと、組合員に対し多大な影響を与えうる行為であったこと、等の事情を考慮すると、X社が少なくとも反組合的意思をもって本件掲示を行ったことが優に推認できる。したがってX社には7条3号に該当するため要求される支配介入意思が認められる。
4 以上より、本件声明文掲示行為は労組法7条1項3号の支配介入の不当労働行為に該当し、Xの請求は認められない。


【答案】百選68事件 東亜ペイント事件

2012年04月29日 | 労働百選答案

1 Xは本件転勤命令は無効であり、したがって無効な転勤命令に従わなかったことを理由になされた本件解雇も無効である旨主張して、従業員としての地位確認及び未払賃金の支払を請求している。そこで、本件解雇が無効か否かにつき以下検討する。
2(1)  まず、Y社の本件転勤命令が適法といえるためには、前提としてY社の配転命令権が労働契約上根拠付けられることが必要である。
 本件においては、Y社就業規則13条は「業務上の都合により社員に異動を命ずることがある。」と規定し、配転命令権を根拠付ける一般条項を定めている。このような条項は、一般に幅広い能力開発の必要性や雇用の柔軟性の確保の要請から「合理的」なものと解することができる。また、本件就業規則は労働者に「周知」されているものと思われる。したがって、労契法7条本文により本件就業規則は労働契約の内容となっているということができる。
(2) もっとも、労働者と使用者の間に、就業規則規定より有利な合意がある場合には、有利な合意が優先する(同条ただし書)。本件では、XとY社の間に勤務地を大阪ないしその近郊に限定する旨の合意が個別にあったかが一応問題となるが、Y社では全国に十数か所の営業所等を置き、その間において従業員、特に営業担当者の転勤を頻繁に行っており、Xは大学卒業資格の営業担当者としてY社に入社したもので、両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の明示的合意もなされなかったというのであるから、上記のような合意は認められない。
(3) したがって、Y社の配転命令権は労働契約上根拠付けられており、Y社はXの個別的同意なくとも本件転勤命令を適法に発しうるのが原則である。
3(1) もっとも、使用者がその裁量により配転命令を適法に発しうる場合であっても、転勤、特に転居を伴う転勤が、一般に労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えることを考えると、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されない(労契法5条参照)。そこでいかなる場合が権利の濫用に当たるかについて考えるに、使用者の勤務地決定についての裁量権と転勤が労働者の生活関係に与える影響の調和の観点からは、転勤命令が権利の濫用に当たる場合とは、()当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合、または()業務上の必要性が存する場合であっても①当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、若しくは②労働者に対し通常甘受すべき限度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合に限られると解するのが相当である。そして、上記業務上の必要性については、当該転勤先への異動が、余人をもっては容易に変えがたいといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。
(2)ア 本件についてこれをみるに、()業務上の必要性につき、名古屋営業所に転勤させる者は是非ともXでなければならないというような高度の必要性まではなかったものの、名古屋営業所のG主任の後任者として適当な者を名古屋営業所へ転勤させる必要性があったのであるから、主任待遇で営業に従事していたXを選び名古屋営業所勤務を命じた本件転勤命令は労働力の適正配置の観点からは企業の合理的運営に寄与する点が認められ、業務上の必要性が優に存したものということができる。したがって、本件は()転勤命令につき業務上の必要性がない場合には当たらない。
イ 次に()①動機・目的の点につき、本件転勤命令は、元々広島営業所の主任が配置転換され、後任にはXが適任であるとしてXに広島営業所への転勤が打診されたところ、Xがこれを拒否したため、次善の作として名古屋営業所主任を広島営業所主任に当て、Xには名古屋営業所主任への転勤を内示したという経緯で下されたものであり、かかる経緯に鑑みると本年転勤命令が不当な動機・目的をもってなされたものであるとはいうことができない。
ウ さらに、()②Xの被る不利益の点につき、Xには同居の母親がいるが、同人は71歳とXの介護がなければ日常用を足すことが困難な高齢ではなく、実際病気もなく健康で食事の用意や買い物もできたというのである。同人は生まれてから大阪以外に住んだことはなく、老人仲間で月2、3回句会を開いており、Xの転勤に伴い母親も転居するとなれば、なれない地での生活に不安を感じ、また仲間との上記活動ができなくなるという一定の不利益は認められるものの、かかる不利益が業務上の必要性を害してまでXの転勤拒否を正当化するほどの重大な不利益とまではいえない。また、Xの妻は保育所で保母として勤務しており、同保育所が発足直後で同人が運営委員の役職に会ったことを考えると、同人がXの転勤に伴い転居し保育所を退職することは同人にとって大きな決断を迫る事情であるということは認められる。しかし、同人が従前の仕事を継続することをどうしても望むなら、Xの単身赴任ということも考えられないではなく、Xの母親が健康で介護が不要であること、Xの転勤先は名古屋であり大阪まで定期的に帰宅するにさほど遠くないこと、等を考えると、最悪単身赴任という選択肢を余儀なくされたとしても、Xの転勤拒否を正当化しうる程に重大な不利益とまでいえるかは疑問である。さらに、Xの長女は2歳と幼少で周囲との社会的関係を築くに至っておらず、転勤に伴う不利益としてはさほど大きくない。以上のことを総合的に考慮すると、本件転勤命令が、Xに対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとまではいうことはできない。
エ 以上より、本件転勤命令は権利の濫用に当たらないと解するのが相当である。
4 よって、本件転勤命令は適法であり、Xの転勤拒否は就業規則68条6項の懲戒解雇事由に該当するため、本件解雇は適法である。本件解雇の無効を前提とするXの上記各請求は認められない。


平成21年度重要判例解説労働法目次・リンク

2012年04月27日 | 労働重判目次・リンク

平成21年度重要判例解説労働法目次・リンク

1事件 個人業務委託契約者と労組法上の労働者―INAXメンテナンス事件
東京高判平成21年9月16日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=81446&hanreiKbn=06
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=81446&hanreiKbn=06

2事件 勤務医の宿日直業務および炊く勅勤務と労基法上の労働時間―奈良県事件
奈良地判平成21年4月22日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=37702&hanreiKbn=04
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090703144644.pdf

3事件 急激な需要減による休業と期間労働者の賃金請求権―いすゞ自動車事件
宇都宮地決平成21年5月12日

4事件 現に雇用される組合員が不存在となった組合との団体交渉等を命じる救済命令の拘束力―ネスレ日本島田工場事件
東京高判平成20年11月12日

5事件 旧国鉄の分割民営化に当たっての組合所属による差別と損害―鉄道建設・運輸施設整備支援紀行事件
東京高判平成21年3月25日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=80390&hanreiKbn=06
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20100705103336.pdf

6事件 定年後の再雇用に関する選択制度と高年齢者雇用安定法―NTT西日本事件
大阪高判平成21年11月27日

7事件 偽装解散に対する親会社の雇用契約上の責任―第一交通産業ほか(佐野第一交通)事件
大阪高判平成19年10月26日

8 技術者のうつ病発症と安全配慮義務および労基法19条
東京地判平成20年4月22日
http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=37794&hanreiKbn=06
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20090707142451.pdf


【答案】百選96事件 朝日火災海上保険(高田)事件

2012年04月22日 | 労働百選答案

1 Xの地位確認請求及び給与等の支払請求が認められるかは、本件労働協約及び就業規則変更の拘束力がXに対して及ぶかによって決されるため、以下この点につき検討する。
2 労働協約の変更がXを拘束するかについて
(1) 労働組合法17条は、一の工場事業の四分の三以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるにいたったときは、当該工場事業場に使用されている他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されるとし、いわゆる労働協約の一般的拘束力を認めている。ところで本件労動協約は、Y社の従業員の定年を一律に満57歳とし、退職金の支給基準率を引き下げることを主たる内容とするものであり、この規定が適用されるとするならば従来定年が満63歳とされているXにとって不利益となる。そこで、このような不利益な労働協約の変更に、他の未組織同種労働者が労組法17条により拘束されるかが問題となる。
(2)ア 同条の趣旨は、主として一の事業者の四分の三以上の同種労働者に適用される労働協約上の労働条件によって当該事業場の労働条件を統一し、労働組合の団結権の維持強化と当該事業場における公正妥当な労働条件の実現を図ることにある。かかる趣旨からすると、未組織の同種労働者についても労働組合団結権の維持強化と当該事業場における公正妥当な労働条件の実現のためには、一の事業場においては同種労働者につきできる限り同一の労働条件が適用されることが好ましく、未組織の同種労働者の労働条件が一部有利なものであることのゆえに、労働協約の規範的効力がこれに及ばないとするのは相当でない。そして、同条が、その文言上、同条に基づき労働協約の規範的効力が同種労働者に及ぶ範囲について何らの限定もしていないことも、上記のように労働条件の有利不利を問わず未組織労働者に対しても労働協約の規範的効力が及ぶことを認める趣旨に出たものと解される。さらに、労働協約の締結に当たっては、そのときどきの社会的経済的条件を考慮して、総合的に労働条件を定めていくのが通常であるから、その一部をとらえて有利不利をいうことは適当ではない。したがって、同条の適用に当たっては、労働協約上の基準が一部の点において未組織の同種労働者の労働条件よりも不利益とみられる場合であっても、そのことだけで上記不利益部分についてはその効力を未組織の同種労働者に対して及ぼしえないものと解するのは相当ではないというべきである。
イ しかしながら他面、未組織労働者は、労働組合の意思決定に関与する立場になく、また逆に、労働組合は、未組織労働者の労働条件を改善し、その他の利益を擁護するために活動する立場にないことからすると、①労働協約によって特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容、②労働協約が締結されるに至った経緯、③当該労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか等に照らし、当該労働協約を特定の未組織労働者に適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情があるときは、労働協約の規範的効力を当該労働者に及ぼすことはできないと解するのが相当である。
(3)ア これを本件についてみると、まず、本件労働協約は、Xが勤務していたY社において、労働組合法17条の要件を満たすものとして、その基準は、一部Xにとって不利益な内容を含むとしても、原則としては、Xに適用されてしかるべきものと解される。
イ そこでさらに進んで上記特段の事情の有無について検討するに、②本件労働協約が締結されるに至った経緯をみると、Y社においては、かねてから、鉄道部出身の労働者の労働条件とそれ以外の労働者の労働条件の統一を図ることが労使間の長年の懸案事項であって、また、退職金制度については、変更前の退職手当規程に従った退職金の支払を続けていくことは、Y社の経営を著しく悪化させることになり、これを回避するためには、退職金支給率が変更されるまでは退職金算出の基準額を昭和53年度の本俸額に据え置くという変則的な措置を執らざるを得なかったなどの事情があったというのであるから、組合が、組合員全員の雇用の安定を図り、全体として均衡のとれた労働条件を獲得するために、一部の労働者にとっては不利益な部分がある労働条件を受け入れる結果となる本件労働協約を終結したことにはそれなりの合理的な理由があったものということができる。そうであれば、本件労働協約上の基準の一部の有利、不利をとらえて、Xへの不利益部分の適用を全面的に否定することは相当でない。
 しかしながら他面、①本件労働協約の内容に照らすと、その効力が生じた昭和58年7月11日に既に満57歳に達していたXのような労働者にその効力を及ぼしたならば、Xは、本件労働協約が効力を生じたその日に、既に定年に達していたものとして上告人を退職したことになるだけでなく、それと同時に、その退職により取得した退職金請求権の額までもが変更前の退職手当規程によって算出される金額よりも減額される結果になるというのであって、本件労働協約によって専ら大きな不利益だけを受ける立場にあることがうかがわれるのである。また、退職手当規程等によってあらかじめ退職金の支給条件が明確に定められている場合には、労働者は、その退職によってあらかじめ定められた支給条件に従って算出される金額の退職金請求権を取得することになること、退職金がそれまでの労働の対償である賃金の後払的な性格をも有することを考慮すると、少なくとも、本件労働協約をXに適用してその退職金の額を昭和53年度の本俸額に変更前の退職手当規程に定められた退職金支給率を案じた金額である2007万8800円を下回る額にまで減額することは、Xが具体的に取得した退職金請求権を、その意思に反して、組合が処分ないし変更するのとほとんど等しい結果になるといわざるを得ない。加えて、③Xは、Y社と組合との間で締結された労働協約によって非組合員とするものとされていて、組合員の範囲から除外されていたというのである。以上のことからすると、本件労働協約が締結されるに至った前記の経緯を考慮しても、右のような立場にある被上告人の退職金の額を前記金額を下回る額にまで減額するという不利益をXに甘受させることは、著しく不合理であって、その限りにおいて、本件労働協約の効力はXに及ぶものではないと解するのが相当である。
3 就業規則の変更がXを拘束するかの点について
(1) 次に、本件就業規則は本件労働協約と同内容を定めており、これが適用されるとすれば前述のようにXにとって不利益となる。そこで本件就業規則の変更がXとの関係で効力を有するか。
(2) 労契法9条本文によれば、使用者は労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することができないのが原則である。しかしながら、()変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ()就業規則の変更が、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、同法10条により例外的に変更後の就業規則が労働者に適用されることになる。
(3) 本件では()「周知」の要件は満たすと思われ、()「合理」性の点について検討する。
 まず、変更前の退職手当規程に定められた退職金を支払い続けることによる経営の悪化を回避し、退職金の支払に関する前記のような変則的な措置を解消するために、Y社が変更前の退職手当規程に定められた退職金支給率を引き下げたこと自体には高度の必要性(②)を肯定することができる。
 しかしながら、退職手当規程の変更と同時にされた就業規則の変更による定年年齢の引下げの結果、その効力が生じた昭和58年7月11日に、既に定年に達していたものとしてY社を退職することになるXの退職金の額を前記の2007万8800円を下回る額にまで減額する措置は、Xにとって過大な不利益であり(①)、法的規範性を是認することができるだけの内容の相当性(③)は認められない。以上の事情を総合的に判断すると、本件変更後の就業規則は「合理的」なものであるということはできず、本件就業規則の変更はXとの関係において効力を有しないというべきである。
4 以上より、本件労働協約の変更及び就業規則の変更はいずれもXに対して効力を及ぼさないものであり、Xの各請求は認められる。


【答案】百選95事件 朝日火災海上保険(石堂)事件

2012年04月21日 | 労働百選答案

1 Xは本件労働協約改定はXにとって不利益な変更であるためXとの関係で規範的効力(労組法)を生じず無効であるとして、従前の満65歳定年制を前提とする労働契約上の地位と退職金の支払を受ける権利を有することの確認を求めている。Xのこの請求が認められるか否かは、従来の労働協約上の労働条件を新しい労働協約によって労働者の不利益に変更することが可能かという点にかかっているため、この点につき検討する。
2 労働組合は労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的とする(労組法2条本文)ため、本件のように従前の労働条件を不利に変更する労働協約を締結することはできないかにも思われる。
 しかしながら団体交渉はいわば労使の相互譲歩の取引であり、その結果、労働協約には、労働者に有利な条項と不利な条項が一体的に規定されることが多い。また、継続的な労使関係においては有利化不利化の判断は困難である。さらに、労働組合としては、組合員の長期的な利益を保証するために、それ自体としては不利益に見える協定を締結することも考えられる。とすれば、労働協約によって労働者の労働条件を引き下げることも許され、これには規範的効力が認められると解すべきである。
 もっとも、特定の又は一部の組合員を殊更に不利益に取り扱うことを目的として締結された等、労働組合の目的を逸脱して締結された場合には、例外的に規範的効力は否定されるものと解するのが相当である。そして、上記労働組合の目的逸脱の有無の判断に当たっては、①組合員に生じる不利益の程度、②当該協約の全体としての合理性・必要性、③締結に至るまでの交渉経緯、④組合員の意見の反映の程度等を総合的に考慮することが必要である。
3 これを本件について検討する。
(1) まず①につき、確かに本件協約は、従来の63歳の定年を満57歳に変更し、また退職金の支給基準率も71.0から51.0に引き下げるというものであって、昭和53年度から昭和61年度までの間に昇給があったこと、満60歳までは特別社員として正社員の60%に相当する賃金で再雇用可能という代償措置が設けられたことを考慮に入れてもXの被る不利益の程度は決して小さいものということはできない。
(2) しかしながら他方、②Y社においては、かねてから、鉄道部出身の労働者の労働条件とそれ以外の労働者の労働条件の統一を図ることが労使間の長年の懸案事項であって、また、退職金制度については、変更前の退職手当規程に従った退職金の支払を続けていくことは、Y社の経営を著しく悪化させることになり、これを回避するためには、退職金支給率が変更されるまでは退職金算出の基準額を昭和五三年度の本俸額に据え置くという変則的な措置を執らざるを得なかったなどの事情があったというのであるから、協約改定により定年年齢を早期に変更し、支給基準率を引き下げる必要性は高く、このため組合が組合員全員の雇用の安定を図り、全体として均衡のとれた労働条件を獲得するために、一部の労働者にとっては不利益な部分がある労働条件を受け入れる結果となる本件労働協約を終結したことにはそれなりの合理的な理由があったものということができる。
(3) そして③組合は、常任闘争委員会や全国支部闘争委員会で討議を重ね、組合員による職場討議や投票等も行った上で、本件労働協約の締結を決定したという本件協約締結に至るまでの一連の交渉経緯を見ると、組合は組合員の多様な意見を汲み上げ、組合員全体の利益の公正な調整のための真摯な努力を行ったと評価でき、上記各手続により④組合員の意見は十分に本件協約に反映されているといえる。
(4) 以上のことを総合的に評価すると、本件協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず、その規範的効力は認められるというべきである。よって、本件Xの各請求は認められない。


【答案】百選99事件 御國ハイヤー事件

2012年04月20日 | 労働百選答案

1 X社はYらに不法行為に基づく損害賠償を請求している。もしXらの行為が「争議行為」であって「正当」なものであるとするならば、労組法8条の定める民事免責によりX社の請求は認められないことになる。そこで、本件行為が「争議行為」であって「正当」なものといえるかにつき検討する。
2 「争議行為」とは、団体交渉において要求を貫徹するために使用者に圧力をかける労務不提供を中心とした行為である。
 まず、本件行為の内容は、Yらがその労務であるタクシーの運転を行わないことであり、労務不提供行為といえる。そして、本件行為は、団交再開を目的としており、団交を再開するよう圧力をかける労務不提供といえるので、「争議行為」に当たる。
 次に、本件行為に付随し、Yらが従業員に対し業務遂行をやめるように働きかけたピケッティング行為も、労務不提供と一体になって使用者に圧力をかける行為であるため、「争議行為」に含まれる。
3(1) では、本件「争議行為」は「正当」性を有するか。「争議行為」の主体・目的・手続・態様から正当性を判断する。
(2) 本件行為の主体は、従業員で構成される組合であり、その要求事項が基本給の引き上げ等団交の対象事項たる従業員の労働条件改善であることから、主体と目的は正当といえる。また、手続面では、既に複数回の団交を重ねており、正当な手続きが踏まれている。
(3)ア それでは、態様につき、Yらがピケッティングという積極的行為まで行った点が態様上「正当」性を有するか。
イ ストライキは必然的に企業の業務の正常な運営を阻害するものではあるが、その本質は労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にある。とすると、その手段方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあるのであって、不法に使用者側の自由意思を抑圧しあるいはその財産に対する支配を阻止するような行為をすることは許されず、これをもって正当な争議行為と解することはできないというべきである。したがって、労働者側が、ストライキの期間中、非組合員等による営業用自動車の運行を阻止するために、説得活動の範囲を超えて、当該自動車等を労働者側の排他的占有下に置いてしまうなどの行為をすることは許されず、このような自動車運行阻止の行為を正当な争議行為とすることはできないと解するのが相当である。
ウ これを本件についてみるに、F地本が実施した本件ストライキにおいて、Yらは、地本の決定に従い、X社が本件タクシーを稼働させるのを阻止することとし、二回にわたり、本件タクシーの傍らに座り込み、あるいは寝転ぶなどして、X社の退去要求に応ぜず、結局、X社は、本件タクシーを車庫から搬出することができなかったというのである。このことからすると、Yらは、説得活動の範囲を超えて、X社の管理に係る本件タクシーを地本の排他的占有下に置き、X社がこれを搬出して稼働させるのを実力で阻止したものといわなければならない。したがって、本件Yらの行為はX社の管理に係るタクシー四二台のうち組合員が乗務する予定になっていた本件タクシーのみを運行阻止の対象としたものであり、エンジンキーや自動車検査証の占有を奪取するなどの手段は採られず、暴力や破壊行為に及んだものでもなく、専務やその他の従業員が両車庫に出入りすることは容認していたなど、地本において無用の混乱を回避するよう配慮した面がうかがわれ、また、X社においても本件タクシーを搬出させてほしい旨を申し入れるにとどめており、そのため、Yらがその搬出を暴力等の実力行使をもって妨害するといった事態には至らなかったといった本件諸事情を考慮に入れても、Yらの本件自動車運行阻止の行為は、その態様において、争議行為として「正当」な範囲にとどまるものということはできないといわざるをえない。
 以上により、Yらによるピケッティングを含む本件行為は、「正当」なものということができない。
4 よって、Yらによる本件行為は労組法8条の規定する民事免責事由に該当せず、X社の請求は認められる。