第2日目 ウンタースベルク Untersberg
ウンタースベルクのロープウェイ乗り場にはザルツブルク Hbf 前のバス乗り場から25番のバスに乗ります (これはミラベル広場も通るのでそこから乗ることも可能です)。本数は多いです。
( Salzburg Bus Linie 25 で検索すればダイヤとコースの停留所が出ます )
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/70/302008b29e25a59d92d42c3603b0934f.jpg)
2011年8月5日撮影 ウンタースベルク・ロープウェイの谷側駅
このロープウェイは1961年につくられました。谷側駅の標高は456m、山頂駅は1,776mのところにあります。
通年で動いていますが、夏期で言うと、始発が8時半、最終は17時半。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/6b/726987f08933720c442393abc4e11946.jpg)
2001年7月29日撮影
ロープウェイの山頂駅から、ほぼ山の稜線を歩くので、とても見晴らしがいいコースです。歩く進行方向に向かって右手がオーストリア、そして左手はドイツです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/59/96ebbc5e1d611cff176b2ef92974b7d1.jpg)
2011年8月5日撮影 Berggasthof Hochalm
この山小屋はロープウェイの開設にともない、山の持ち主、Fritz Baron Mayer-Melnhof フリッツ・マイヤー - メルンホーフ男爵が山頂駅近くにハイカー、登山家たちのため1961/62年につくりました。
Sascha & Monika Filipowsky
+43-662-628674
info@hochalm.net
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/d4/bb58f81798c198a671d2b638683c23dd.jpg)
2011年8月5日撮影
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/5f/61b61ee525310d3b81e278942ad19166.jpg)
2011年8月5日撮影 Geiereck (1,805m)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/5b/e6369e5b211c18610a1dd57d1ae07f90.jpg)
2011年8月5日撮影
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/cc/0e18c6893c9e0a0d8f70d4bccb441899.jpg)
2011年8月5日撮影 このモニュメントは地図上にも印がつけられていますが、説明は書いてありません。近寄って見ることをしませんでしたので、確実なことは分かりませんが、ピッケルと登山帽がかたどられているので、アルピニストの碑、ひょっとして遭難者の慰霊碑だったのかもしれません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/35/43f41db07b96ec6881d6506ec42b3b9f.jpg)
2011年8月5日撮影
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/aa/0f0593479e331c1ae3bb7129fd46c7ce.jpg)
2011年8月5日撮影
画像左手に白い線が見えています。ザルツブルク飛行場の滑走路です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/0d/af7e80e555ad5b6729ac76bdad7cd799.jpg)
2011年8月5日撮影 Salzburger Hochthron (1,853m) 山小屋 Hochalm からここまで、およそ35分のハイキングでした
ここからさらに先を歩いて行くときにドイツから先生が留学生たちをひきつれ、説明しながら歩いている一行がいましたので、自然とあとをくっついていくことになりました。どうやら先生は主に植生について説明しているようでした。途中で Alpenrose について説明していたので私たちも一緒に見ました。残念ながら写真は写さず仕舞だったようです。
途中標識のある箇所で、先生が「ここから先はとても危険なので行きません」と別の道に進みました。
次の写真で分かるように、大変ガスが立ち込めてきましたので、グループをひきつれての危険は可能な限り避けたのだろうと思います。この先にも下って行く道があります。おそらく Eishöhle 「氷の洞窟」、そしてさらに先を行くと Toni-Lenz-Hütte に出たのだろうと思います。
目のくらむような断崖です。地図で確認しても分かるように、この断崖をはさんで向こう側はドイツです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/77/c63f60c93a20995743f6e0525284d020.jpg)
2011年8月5日撮影
一行はこの急斜面で銘々がもってきた食料でランチタイムを始めました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/89/e67349176e8e07467a5f4b0e43c6e6b7.jpg)
2011年8月5日撮影
ここまで山小屋からおよそ1時間半。そろそろ12時近くなっていました。ランチを持参していない私たちは、コーヒー、お茶を飲んで、しばらく休憩して、ロープウェイ近くの山小屋まで戻ってお昼にすることにしました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/59/51cffc703ba89d857f018600240d4b45.jpg)
2011年8月5日撮影 Berggasthof Hochalm、注文したのはどうやらパンの上にチーズをのせて焼いたもののようです
これでもロープウェイの時間を含めると、往復でたっぷり3時間半はかかりました。
当時はロープウェイを往復利用して、山頂をハイキングする目的だったので、コースを戻ることを念頭に歩きました。
ただ、この山はロープウェイが出来たのも意外と最近のことで1961年だということから推測できるように、ドイツ側から登ってくることが一般的だったようです。
その登山者たちが目指したのが標高1,570mのところにある Eishöhle で、Toni-Lenz-Hütte (標高1,551m) はそうした登山者たちのためにつくられたものでした。
ザルツブルク側からロープウェイが通され、便利になり、私たちもそれを利用して山頂の稜線歩きをしたことになりますが、ウンタースベルク登山の歴史から言うと、ちょうど逆コースを歩いていることになります。
時間的には麓のドイツ側の町 Marktschellenberg のバス停に出るのに私たちが引き返したところから、Eishöhle、Toni-Lenz-Hütte を経て、あと2時間ほどの行程だっでしょうか。次回はぜひ挑戦したいと思います。
ただ、私たちも2度ウンタースベルクに登り、前回2011年にはドイツ側の絶壁付近まで歩いたわけですが、2度とも麓ではそこそこ良い天気だったはずなのに、上ではガスに視界を遮られ、先をすすむことについては、ただただ怖い記憶しか残りませんでした。
☆
Eishöhle はガイドに従ってのみ中に入ることができます。10時~16時の間の1時間ごとのガイドで、所要時間は40分。
この氷窟が初めて調査されたのは1874年。1879年には2つのルートがつくられました。
1925年に Thomas Eder と Toni Lenz により、マルクトシェレンベルクの町に氷窟研究会 Verein für Höhlenkunde がつくられ、また1934年に Mittagsscharte (1,671m) から下ってくるルートもつくられました。初めて現在の Toni-Lenz-Hütte の前身となる小屋が出来たのは1936年でした。
トーニ・レンツ小屋は5月初めから10月末までの営業で、宿泊もできます
http://www.toni-lenz-huette.de/
49/151/119 877 40
info@toni-lenz-huette.de
ちなみに Salzburger Hochthron (1,853m) からドイツ側の町 Marktschellenberg (503m) まで降りてくるのは標高差1,350メートル、Mittagsscharte (1,671m) からでも1,168メートルの下りです。逆コースはそれだけの標高差をのぼることになります。
下記のサイトにはドイツ側の登山ルートが写真とともに示されています
http://www.jensunterwegs.de/bgl/untersberg/untersberg.php?id=1
Untersberg über Thomas-Eder-Steig und Mittagsscharte
über Dopplersteig zurück
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/f2/aff8957abfa02c38269b896e01802fc0.jpg)
ウンタースベルク登山のドイツ側の基地の町 Marktschellenberg 資料写真
ヨハン 2012/11/4
ウンタースベルクのロープウェイ乗り場にはザルツブルク Hbf 前のバス乗り場から25番のバスに乗ります (これはミラベル広場も通るのでそこから乗ることも可能です)。本数は多いです。
( Salzburg Bus Linie 25 で検索すればダイヤとコースの停留所が出ます )
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/70/302008b29e25a59d92d42c3603b0934f.jpg)
2011年8月5日撮影 ウンタースベルク・ロープウェイの谷側駅
このロープウェイは1961年につくられました。谷側駅の標高は456m、山頂駅は1,776mのところにあります。
通年で動いていますが、夏期で言うと、始発が8時半、最終は17時半。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/14/41edb404519b9903ad192998750d1c9f.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/6b/726987f08933720c442393abc4e11946.jpg)
2001年7月29日撮影
ロープウェイの山頂駅から、ほぼ山の稜線を歩くので、とても見晴らしがいいコースです。歩く進行方向に向かって右手がオーストリア、そして左手はドイツです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/59/96ebbc5e1d611cff176b2ef92974b7d1.jpg)
2011年8月5日撮影 Berggasthof Hochalm
この山小屋はロープウェイの開設にともない、山の持ち主、Fritz Baron Mayer-Melnhof フリッツ・マイヤー - メルンホーフ男爵が山頂駅近くにハイカー、登山家たちのため1961/62年につくりました。
Sascha & Monika Filipowsky
+43-662-628674
info@hochalm.net
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/d4/bb58f81798c198a671d2b638683c23dd.jpg)
2011年8月5日撮影
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/5f/61b61ee525310d3b81e278942ad19166.jpg)
2011年8月5日撮影 Geiereck (1,805m)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/5b/e6369e5b211c18610a1dd57d1ae07f90.jpg)
2011年8月5日撮影
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/19/cc/0e18c6893c9e0a0d8f70d4bccb441899.jpg)
2011年8月5日撮影 このモニュメントは地図上にも印がつけられていますが、説明は書いてありません。近寄って見ることをしませんでしたので、確実なことは分かりませんが、ピッケルと登山帽がかたどられているので、アルピニストの碑、ひょっとして遭難者の慰霊碑だったのかもしれません。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/35/43f41db07b96ec6881d6506ec42b3b9f.jpg)
2011年8月5日撮影
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/aa/0f0593479e331c1ae3bb7129fd46c7ce.jpg)
2011年8月5日撮影
画像左手に白い線が見えています。ザルツブルク飛行場の滑走路です。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/0d/af7e80e555ad5b6729ac76bdad7cd799.jpg)
2011年8月5日撮影 Salzburger Hochthron (1,853m) 山小屋 Hochalm からここまで、およそ35分のハイキングでした
ここからさらに先を歩いて行くときにドイツから先生が留学生たちをひきつれ、説明しながら歩いている一行がいましたので、自然とあとをくっついていくことになりました。どうやら先生は主に植生について説明しているようでした。途中で Alpenrose について説明していたので私たちも一緒に見ました。残念ながら写真は写さず仕舞だったようです。
途中標識のある箇所で、先生が「ここから先はとても危険なので行きません」と別の道に進みました。
次の写真で分かるように、大変ガスが立ち込めてきましたので、グループをひきつれての危険は可能な限り避けたのだろうと思います。この先にも下って行く道があります。おそらく Eishöhle 「氷の洞窟」、そしてさらに先を行くと Toni-Lenz-Hütte に出たのだろうと思います。
目のくらむような断崖です。地図で確認しても分かるように、この断崖をはさんで向こう側はドイツです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/77/c63f60c93a20995743f6e0525284d020.jpg)
2011年8月5日撮影
一行はこの急斜面で銘々がもってきた食料でランチタイムを始めました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/89/e67349176e8e07467a5f4b0e43c6e6b7.jpg)
2011年8月5日撮影
ここまで山小屋からおよそ1時間半。そろそろ12時近くなっていました。ランチを持参していない私たちは、コーヒー、お茶を飲んで、しばらく休憩して、ロープウェイ近くの山小屋まで戻ってお昼にすることにしました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/10/e8/3fae24b8a49dc940161d455dddd461e4.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/59/51cffc703ba89d857f018600240d4b45.jpg)
2011年8月5日撮影 Berggasthof Hochalm、注文したのはどうやらパンの上にチーズをのせて焼いたもののようです
これでもロープウェイの時間を含めると、往復でたっぷり3時間半はかかりました。
当時はロープウェイを往復利用して、山頂をハイキングする目的だったので、コースを戻ることを念頭に歩きました。
ただ、この山はロープウェイが出来たのも意外と最近のことで1961年だということから推測できるように、ドイツ側から登ってくることが一般的だったようです。
その登山者たちが目指したのが標高1,570mのところにある Eishöhle で、Toni-Lenz-Hütte (標高1,551m) はそうした登山者たちのためにつくられたものでした。
ザルツブルク側からロープウェイが通され、便利になり、私たちもそれを利用して山頂の稜線歩きをしたことになりますが、ウンタースベルク登山の歴史から言うと、ちょうど逆コースを歩いていることになります。
時間的には麓のドイツ側の町 Marktschellenberg のバス停に出るのに私たちが引き返したところから、Eishöhle、Toni-Lenz-Hütte を経て、あと2時間ほどの行程だっでしょうか。次回はぜひ挑戦したいと思います。
ただ、私たちも2度ウンタースベルクに登り、前回2011年にはドイツ側の絶壁付近まで歩いたわけですが、2度とも麓ではそこそこ良い天気だったはずなのに、上ではガスに視界を遮られ、先をすすむことについては、ただただ怖い記憶しか残りませんでした。
☆
Eishöhle はガイドに従ってのみ中に入ることができます。10時~16時の間の1時間ごとのガイドで、所要時間は40分。
この氷窟が初めて調査されたのは1874年。1879年には2つのルートがつくられました。
1925年に Thomas Eder と Toni Lenz により、マルクトシェレンベルクの町に氷窟研究会 Verein für Höhlenkunde がつくられ、また1934年に Mittagsscharte (1,671m) から下ってくるルートもつくられました。初めて現在の Toni-Lenz-Hütte の前身となる小屋が出来たのは1936年でした。
トーニ・レンツ小屋は5月初めから10月末までの営業で、宿泊もできます
http://www.toni-lenz-huette.de/
49/151/119 877 40
info@toni-lenz-huette.de
ちなみに Salzburger Hochthron (1,853m) からドイツ側の町 Marktschellenberg (503m) まで降りてくるのは標高差1,350メートル、Mittagsscharte (1,671m) からでも1,168メートルの下りです。逆コースはそれだけの標高差をのぼることになります。
下記のサイトにはドイツ側の登山ルートが写真とともに示されています
http://www.jensunterwegs.de/bgl/untersberg/untersberg.php?id=1
Untersberg über Thomas-Eder-Steig und Mittagsscharte
über Dopplersteig zurück
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/f2/aff8957abfa02c38269b896e01802fc0.jpg)
ウンタースベルク登山のドイツ側の基地の町 Marktschellenberg 資料写真
ヨハン 2012/11/4