場所はパリですが、オペラ舞踏会を題材にしたオペレッタをご紹介することにします。
ウィーンの人々にとってパリが「自由」にあふれた桃源郷のように映ってあこがれの対象であったことがこのオペレッタをみるとよく分かります。
オペレッタ『オペラ舞踏会』
あらすじ1
作曲リヒャルト・ホイベルガー、台本ヴィクトール・レオン、ハインリヒ・フォン・ヴァルトベルク、初演1898年1月5日、アン・デア・ヴィーン劇場
第一幕
パリでカーニバルを過ごそうとポール・オビエと妻アンジェールはオルレアンからマルゲリト、ジョルジュ夫妻を訪ねてきている。パリにはアンジェールのおばが住んでいる。その老ボビュソン夫婦は姪と会えるのを楽しみにドメニール家を訪れてくる。ポールとジョルジュは学友、二人ともカーニバルを楽しもうと外出できる口実を考えていた。
夫の貞節を信じるアンジェールはマルゲリトに、「貞節な夫なんていやしないわよ」と笑われ、むきになる。ならば貞節度を試してみましょうとマルゲリトに提案されると行きがかり上応じざるを得なくなる。侍女オルタンスに同じ文面の手紙を2通書かせ、ポールとジョルジュをオペラ舞踏会での逢引に誘いだすことにした。目印はピンクのドミノ。しかし、こっそりオルタンスはもう一通同じ手紙をボビュソンの甥で海軍士官候補生のアンリに書く。
第二幕
オペラ舞踏会にやってくる今宵の役者たち。最初のバラ色のドミノに身を隠した女はオルタンス。待ち合わせ場所にアンリを見つけるとセパレに誘う。次にポールがマルゲリトを、そしてジョルジュがアンジェールをそれぞれお目当ての相手だと思いセパレに入る。老ボビュソンさえも厳しい妻の監視の目をすり抜けオペラ舞踏会に姿を現し、陽気な街の女フェオドーラにセパレに誘い込まれる。
アンジェールとマルゲリトは給仕長に、鈴の音を合図に邪魔に入るよう言い聞かせてあったが、給仕長が男たちをセパレの外に呼び出したことで混乱はむしろ収拾のつかないものになっていく。ここには3人同じ格好をしたピンクのドミノがきていたからだ。女の方もジョルジュ、あるいはポールがピンクのドミノを相手にセパレでいちゃつく姿を見て激怒する。夫たちはピンクのドミノ相手に奮戦し、ドミノにたばこの焼け焦げをつくってしまったり肩を裂いてしまったりする次第。
第三幕
帰宅したジョルジュは偶然オペラ舞踏会への誘いの手紙が書かれていた紙を見つけ、女たちのたくらみに気づく。ジョルジュとポールの激しい非難の応酬、ついには決闘騒ぎにまで発展する。しかし二人の妻は自分たちのドミノにたばこの焼け焦げもなければ、破れ目もないことを見せ、何事もなかったことを証明する。アンリによって第三の誘いの手紙の存在が明かされ、オルタンスがすべての仕掛け人であったことが分かる。「それで君は本当にパリジェンヌなのかい、とポールが尋ねると、オルタンスはあなたちと同じオルレアンの出よ、と答える」(この部分は永竹氏の解説に拠ります)
以上 Volker Klotz 《Operette》(PIPER)、並びに永竹由幸『オペレッタ名曲百科』音楽之友社を参照。
このオペレッタはホイベルガー唯一の成功作となった作品です。なかでもっとも有名な曲は第二幕でオルタンスが歌う二重唱のワルツ 《Komm mit mir ins Chambre séparée》 (セパレに行きましょう) で、この曲はその後もいろいろな歌手によってカヴァーされています。このオペレッタは戦前戦後と映画化されています (ただ映画では舞台はウィーンと設定されています)。作曲者のホイベルガーはアン・デア・ヴィーン劇場支配人のカルチャクが『メリー・ウィドウ』の作曲を最初依頼した人物です。
日本では1971年にユニテルが制作したヴィリー・マッテス指揮のオペレッタ映画がdreamlifeシリーズのDVD12巻の中で取り上げていますから、ご覧になった方も多いと思います。詳細は解説で志田英泉子氏が詳しく書かれていますので譲るとして、あらすじそのものに相当手が入っていますから、DVDを見ても今ご紹介した作品辞典に書かれた解説とはずいぶん違う印象を持つことだろうと思います。
*****
ユニテル制作『オペラ舞踏会』
あらすじ2
第一幕
ロンドンに住む弁護士ポール・オビエは妻アンジェールを伴ってカーニバルをパリで過ごそうと、マルゲリト、ジョルジュ夫妻を訪ねてきている。ジョルジュ・ドゥメニールはジャーナリスト、その妻マルゲリトは新聞王シザール・ボビュソンの姪。ジョルジュが「パリの舞踏会は不道徳の温床」、「セパレで何をしていることやら」と書いた記事でおじの不興を買う一方、シザールの妻パルミラに言わせれば「パリで浮気しない男なんかいない」。パルミラにたきつけられ、女たちは夫を試験してみようということになる。(筆跡をかくすため) 侍女オルタンスに同じ文面の手紙を2通書かせ、ポールとジョルジュをオペラ舞踏会で逢引しましょうと誘うことにした。目印はピンクのドミノ。しかし、こっそりオルタンスはもう一通同じ手紙をボビュソンの甥で海軍士官候補生のアンリに書く。逢引の誘いの手紙をもらうと男たちはそわそわしだし、理由をつけて出ていく。ポールが「裁判で知り合った女性」だと連れて来ていたフェオドーラが残された女たちに「あなたがたも舞踏会にでかけて、夫を誘惑して、こらしめてやれば」とけしかける。
第二幕
オペラ舞踏会にやってくる今宵の役者たち。老ボビュソンもフェオドーラをエスコートしてやってくる。アンリはオルタンスを、ジョルジュはアンジェールを、ポールはマルゲリトをそれぞれお目当ての相手だと思う。ジョルジュとポールは婦人たちをセパレ (個室)に誘うが、女たちは男の誘いが激しくなってきたところで鈴の音を合図にボーイに外に呼び出す口実で邪魔に入るように言い聞かせてあった。邪魔が入ってがっかりした男たちは、セパレの外に出たところで鉢合わせ。
しかし混乱はこれから。男たちがセパレを出ている間にアンジェールとマルゲリトが入れ替わる。
さらにその後、ジョルジュもポールもピンクのドミノに身を包んだオルタンスを今宵の相手と思いこみ、キスをせまってドミノにたばこの焼け焦げをつくってしまったり、外套を裂いてしまったりのご乱行。
第三幕
帰宅したジョルジュは偶然オペラ舞踏会への誘いの手紙が書かれていた紙を見つけ、女たちのたくらみに気づく。激しい非難の応酬。ついにはジョルジュとポールの決闘騒ぎにまで発展する。しかし二人の妻は自分たちのドミノにたばこの焼け焦げもなければ、破れ目もないことを見せ、何事もなかったことを証明する。アンリによって第三の誘いの手紙の存在が明かされ、オルタンスがすべての仕掛け人であったことが分かる。
最終的に妻たちの名誉を救う形にするためとは言え、どうもこのオペレッタは侍女オルタンスに過重な役割が負わされていて、シャレの世界からは程遠く感じられ、あまり後味の良いとは言えません。
志田英泉子氏は解説で「パリの新しいオペラ座で初舞踏会が行われたのは、1877年1月13日。」と書かれています。そして「19世紀末パリの舞踏会では、舞踏会の終りにフレンチカンカンが踊られた」と紹介されています。まさしくオペラ座の舞踏会はアヴァンチュールの場そのものだったということです。ことの真偽はヨハンにはわかりませんし、そもそもこのオペラ座がガルニエ宮*のことなのかどうかも分かりません。というか、にわかに信じがたいというのがこのDVDを見ての印象です。
*ガルニエ宮: いわゆるオスマンのパリ大改造で新しいオペラ座のコンペに応募してシャルル・ガルニエの建築プランが採択され、今日のオペラ座が建設されました。(1875年1月15日竣工)
DVDで見る限り、登場人物の男3人が、それぞれにピンクのドミノに身を包んだ手紙の女性と12時に時計の下で待ち合わせるシーン、どう見てもあの絢爛豪華なパリ・オペラ座とは似ても似つかぬ貧弱なセットです。そんなことでヨハンのイメージはかきたてられません。
でも、これは映画化された1971年当時のドイツの趣向にあわせたが故かもしれませんから、ただちに作品そのものの出来栄えのせいにはできないかもしれません。
******
このオペレッタは戦前映画化されていますので、最後にその映画でどのように扱われたか、見てみることにします。劇映画ではセットが使われたのか、オペラ劇場そのものが舞台として使われたのか白黒でもあり、これまたヨハンには分かりませんが、リアルな感じにあふれ、豪華な雰囲気は出ています。ただ仄聞するところではウィーンのオペラ舞踏会では、舞台も客席と一体化して大ホールに変化するようですが、映画では、舞台はそのまま存在し、そこで歌い手が「セパレにいきましょう」を唄ったりしています。
映画『オペラ舞踏会』1939年、監督ゲザ・フォン・ボルヴァリ
映画での設定舞台はウィーンです。登場人物の役回りにもずいぶんオペレッタ、ユニテル制作オペレッタ映画、そしてこの劇映画の3つで異なります。
最初にそれぞれの登場人物を
◎オペレッタ (あらすじ1)
●ユニテル制作オペレッタ映画 (あらすじ2)
☆劇映画 (あらすじ3)
と整理しておくことにします。
******
ボビュソン (◎年金生活●パリの新聞王、 名はシザールだが、老夫婦の愛犬の名もシザールである // ☆ Eduard von Lamberg
●パルミラ、その妻 ◎その妻、夫を尻に敷くくそまじめな老婦人 //☆ Hermine・・その妻
◎● アンリ (夫妻の甥、海軍士官候補生、オルタンスと恋仲) // ☆ 登場せず
◎● フェオドーラ (街の女・・永竹氏の解説では踊子) // ☆ 登場せず
◎ ジョルジュ・ドゥメニール (●パリのジャーナリスト) // ☆ Georg Dannhauser (Paul Hörbiger) ・・ビール工場経営者
☆ Mizzi ・・バレーの踊子 (◎●には登場せず)
マルゲリト (◎その妻、●ボビュソンの姪) // ☆ Elisabeth・・その妻
☆Philipp (Theo Lingen) ・・執事 (◎●には登場せず)
◎● オルタンス (侍女) // ☆Hanni Bretschneider ・・侍女
☆ Will Stelzer・・人気作曲家 (Helene がPaulと結婚する前、彼はHeleneを恋していた) (◎●には登場せず)
ポール・オビエ (◎ジョルジュの学友、オルレアンに住む// ●ロンドンの弁護士) // ☆Paul Hollinger・・ザンクト・ペルテンに住む
アンジェール (●その妻、◎ボビュソンの姪) // ☆Helene・・その妻
◎●フィリップ (給仕長) // ☆Anton (Hans Moser) ・・・給仕長
*****
エリーザベトは夫の浮気を疑っている。ザンクト・ペルテンから訪ねてきているヘレーネを説き伏せふたりの夫の浮気心を「偽招待状」で試験することにする。
他方、「偽招待状」の工作などなくても、どのみちゲオルクはミッツィとオペラ舞踏会に行くつもりだった。友人パウルもアヴァンチュールが嫌いな質ではないので、この機会にゲオルクは以前バウルから受けたいたずらに仕返しをしてやろうという腹積もり。ゲオルクは以前パウルにサーカスの女芸人を仲介され恥をかかされたことがあったのだった。今度は腹いせに彼の方が女中のハニを使ってその役をさせるつもりだった。
ヘレーネは昔作曲家シュテルツァーを愛していた。エリーザベトはバウルを愛していたが、結局はゲオルクと結婚した。ハニはバウルにひそかに夢中だったが、シュテルツァーのことも好きだった。
ダンハウザー家の執事フィリップはハニと婚約しており、主人のゲオルクにたくらみのあることを警告しようとする。
誘惑と入り組んだ取り違えの仮面舞踏会がスタートする。変装した妻たちはそれぞれ相手の夫から口説かれるが、給仕長アントンに危険を回避してくれるように頼んであった。ここに同じく変装した侍女が現れ混乱に輪がかかる。
いつもなら毅然と事を取り仕切るアントンにももう混乱をストップさせることはできない。
宴が終わってその翌日。前夜のことではみんながただ「いたずらの被害者」になったにすぎないことが明らかになる。
翌年のオペラ舞踏会は取り違えのない、仲を戻した夫婦で参加することになる。
すべての真相が晴れ、夫婦の間に平和が戻る。
オペレッタの給仕長の名がフィリップなのに、劇映画ではゲオルクの執事が登場しフィリップを名乗っていたり、ボビュソンの姪がオペレッタではアンジェール、ユニテル制作オペレッタ映画ではマルゲリトになっていたりで、それぞれの作品を把握するのに苦労します。
取り違え物語も使い古されたテーマとなると、どんどん手が込んで、このオペレッタでは4組のペアが入り乱れるため、余計内容をのみこむことに困難が伴います。一つのバージョンだけでオペレッタの内容を語ることがいかに危険かわかります。
ちなみに劇映画では、給仕長アントン役をハンス・モーザー、そして執事フィリップをテオ・リンゲンが演じ、喜劇のゴールデン・コンビが出演しているので、物語の運びの重要な部分をこの二人の名優が負っています。その分オペレッタの色彩は薄く、「セパレに行きましょう」も作曲家シュテルツァーが僕のつくった曲だよ、とハニに弾き語りをするシーンとして出てきます。
ヨハン (2011/03/01)
ウィーンの人々にとってパリが「自由」にあふれた桃源郷のように映ってあこがれの対象であったことがこのオペレッタをみるとよく分かります。
オペレッタ『オペラ舞踏会』
あらすじ1
作曲リヒャルト・ホイベルガー、台本ヴィクトール・レオン、ハインリヒ・フォン・ヴァルトベルク、初演1898年1月5日、アン・デア・ヴィーン劇場
第一幕
パリでカーニバルを過ごそうとポール・オビエと妻アンジェールはオルレアンからマルゲリト、ジョルジュ夫妻を訪ねてきている。パリにはアンジェールのおばが住んでいる。その老ボビュソン夫婦は姪と会えるのを楽しみにドメニール家を訪れてくる。ポールとジョルジュは学友、二人ともカーニバルを楽しもうと外出できる口実を考えていた。
夫の貞節を信じるアンジェールはマルゲリトに、「貞節な夫なんていやしないわよ」と笑われ、むきになる。ならば貞節度を試してみましょうとマルゲリトに提案されると行きがかり上応じざるを得なくなる。侍女オルタンスに同じ文面の手紙を2通書かせ、ポールとジョルジュをオペラ舞踏会での逢引に誘いだすことにした。目印はピンクのドミノ。しかし、こっそりオルタンスはもう一通同じ手紙をボビュソンの甥で海軍士官候補生のアンリに書く。
第二幕
オペラ舞踏会にやってくる今宵の役者たち。最初のバラ色のドミノに身を隠した女はオルタンス。待ち合わせ場所にアンリを見つけるとセパレに誘う。次にポールがマルゲリトを、そしてジョルジュがアンジェールをそれぞれお目当ての相手だと思いセパレに入る。老ボビュソンさえも厳しい妻の監視の目をすり抜けオペラ舞踏会に姿を現し、陽気な街の女フェオドーラにセパレに誘い込まれる。
アンジェールとマルゲリトは給仕長に、鈴の音を合図に邪魔に入るよう言い聞かせてあったが、給仕長が男たちをセパレの外に呼び出したことで混乱はむしろ収拾のつかないものになっていく。ここには3人同じ格好をしたピンクのドミノがきていたからだ。女の方もジョルジュ、あるいはポールがピンクのドミノを相手にセパレでいちゃつく姿を見て激怒する。夫たちはピンクのドミノ相手に奮戦し、ドミノにたばこの焼け焦げをつくってしまったり肩を裂いてしまったりする次第。
第三幕
帰宅したジョルジュは偶然オペラ舞踏会への誘いの手紙が書かれていた紙を見つけ、女たちのたくらみに気づく。ジョルジュとポールの激しい非難の応酬、ついには決闘騒ぎにまで発展する。しかし二人の妻は自分たちのドミノにたばこの焼け焦げもなければ、破れ目もないことを見せ、何事もなかったことを証明する。アンリによって第三の誘いの手紙の存在が明かされ、オルタンスがすべての仕掛け人であったことが分かる。「それで君は本当にパリジェンヌなのかい、とポールが尋ねると、オルタンスはあなたちと同じオルレアンの出よ、と答える」(この部分は永竹氏の解説に拠ります)
以上 Volker Klotz 《Operette》(PIPER)、並びに永竹由幸『オペレッタ名曲百科』音楽之友社を参照。
このオペレッタはホイベルガー唯一の成功作となった作品です。なかでもっとも有名な曲は第二幕でオルタンスが歌う二重唱のワルツ 《Komm mit mir ins Chambre séparée》 (セパレに行きましょう) で、この曲はその後もいろいろな歌手によってカヴァーされています。このオペレッタは戦前戦後と映画化されています (ただ映画では舞台はウィーンと設定されています)。作曲者のホイベルガーはアン・デア・ヴィーン劇場支配人のカルチャクが『メリー・ウィドウ』の作曲を最初依頼した人物です。
日本では1971年にユニテルが制作したヴィリー・マッテス指揮のオペレッタ映画がdreamlifeシリーズのDVD12巻の中で取り上げていますから、ご覧になった方も多いと思います。詳細は解説で志田英泉子氏が詳しく書かれていますので譲るとして、あらすじそのものに相当手が入っていますから、DVDを見ても今ご紹介した作品辞典に書かれた解説とはずいぶん違う印象を持つことだろうと思います。
*****
ユニテル制作『オペラ舞踏会』
あらすじ2
第一幕
ロンドンに住む弁護士ポール・オビエは妻アンジェールを伴ってカーニバルをパリで過ごそうと、マルゲリト、ジョルジュ夫妻を訪ねてきている。ジョルジュ・ドゥメニールはジャーナリスト、その妻マルゲリトは新聞王シザール・ボビュソンの姪。ジョルジュが「パリの舞踏会は不道徳の温床」、「セパレで何をしていることやら」と書いた記事でおじの不興を買う一方、シザールの妻パルミラに言わせれば「パリで浮気しない男なんかいない」。パルミラにたきつけられ、女たちは夫を試験してみようということになる。(筆跡をかくすため) 侍女オルタンスに同じ文面の手紙を2通書かせ、ポールとジョルジュをオペラ舞踏会で逢引しましょうと誘うことにした。目印はピンクのドミノ。しかし、こっそりオルタンスはもう一通同じ手紙をボビュソンの甥で海軍士官候補生のアンリに書く。逢引の誘いの手紙をもらうと男たちはそわそわしだし、理由をつけて出ていく。ポールが「裁判で知り合った女性」だと連れて来ていたフェオドーラが残された女たちに「あなたがたも舞踏会にでかけて、夫を誘惑して、こらしめてやれば」とけしかける。
第二幕
オペラ舞踏会にやってくる今宵の役者たち。老ボビュソンもフェオドーラをエスコートしてやってくる。アンリはオルタンスを、ジョルジュはアンジェールを、ポールはマルゲリトをそれぞれお目当ての相手だと思う。ジョルジュとポールは婦人たちをセパレ (個室)に誘うが、女たちは男の誘いが激しくなってきたところで鈴の音を合図にボーイに外に呼び出す口実で邪魔に入るように言い聞かせてあった。邪魔が入ってがっかりした男たちは、セパレの外に出たところで鉢合わせ。
しかし混乱はこれから。男たちがセパレを出ている間にアンジェールとマルゲリトが入れ替わる。
さらにその後、ジョルジュもポールもピンクのドミノに身を包んだオルタンスを今宵の相手と思いこみ、キスをせまってドミノにたばこの焼け焦げをつくってしまったり、外套を裂いてしまったりのご乱行。
第三幕
帰宅したジョルジュは偶然オペラ舞踏会への誘いの手紙が書かれていた紙を見つけ、女たちのたくらみに気づく。激しい非難の応酬。ついにはジョルジュとポールの決闘騒ぎにまで発展する。しかし二人の妻は自分たちのドミノにたばこの焼け焦げもなければ、破れ目もないことを見せ、何事もなかったことを証明する。アンリによって第三の誘いの手紙の存在が明かされ、オルタンスがすべての仕掛け人であったことが分かる。
最終的に妻たちの名誉を救う形にするためとは言え、どうもこのオペレッタは侍女オルタンスに過重な役割が負わされていて、シャレの世界からは程遠く感じられ、あまり後味の良いとは言えません。
志田英泉子氏は解説で「パリの新しいオペラ座で初舞踏会が行われたのは、1877年1月13日。」と書かれています。そして「19世紀末パリの舞踏会では、舞踏会の終りにフレンチカンカンが踊られた」と紹介されています。まさしくオペラ座の舞踏会はアヴァンチュールの場そのものだったということです。ことの真偽はヨハンにはわかりませんし、そもそもこのオペラ座がガルニエ宮*のことなのかどうかも分かりません。というか、にわかに信じがたいというのがこのDVDを見ての印象です。
*ガルニエ宮: いわゆるオスマンのパリ大改造で新しいオペラ座のコンペに応募してシャルル・ガルニエの建築プランが採択され、今日のオペラ座が建設されました。(1875年1月15日竣工)
DVDで見る限り、登場人物の男3人が、それぞれにピンクのドミノに身を包んだ手紙の女性と12時に時計の下で待ち合わせるシーン、どう見てもあの絢爛豪華なパリ・オペラ座とは似ても似つかぬ貧弱なセットです。そんなことでヨハンのイメージはかきたてられません。
でも、これは映画化された1971年当時のドイツの趣向にあわせたが故かもしれませんから、ただちに作品そのものの出来栄えのせいにはできないかもしれません。
******
このオペレッタは戦前映画化されていますので、最後にその映画でどのように扱われたか、見てみることにします。劇映画ではセットが使われたのか、オペラ劇場そのものが舞台として使われたのか白黒でもあり、これまたヨハンには分かりませんが、リアルな感じにあふれ、豪華な雰囲気は出ています。ただ仄聞するところではウィーンのオペラ舞踏会では、舞台も客席と一体化して大ホールに変化するようですが、映画では、舞台はそのまま存在し、そこで歌い手が「セパレにいきましょう」を唄ったりしています。
映画『オペラ舞踏会』1939年、監督ゲザ・フォン・ボルヴァリ
映画での設定舞台はウィーンです。登場人物の役回りにもずいぶんオペレッタ、ユニテル制作オペレッタ映画、そしてこの劇映画の3つで異なります。
最初にそれぞれの登場人物を
◎オペレッタ (あらすじ1)
●ユニテル制作オペレッタ映画 (あらすじ2)
☆劇映画 (あらすじ3)
と整理しておくことにします。
******
ボビュソン (◎年金生活●パリの新聞王、 名はシザールだが、老夫婦の愛犬の名もシザールである // ☆ Eduard von Lamberg
●パルミラ、その妻 ◎その妻、夫を尻に敷くくそまじめな老婦人 //☆ Hermine・・その妻
◎● アンリ (夫妻の甥、海軍士官候補生、オルタンスと恋仲) // ☆ 登場せず
◎● フェオドーラ (街の女・・永竹氏の解説では踊子) // ☆ 登場せず
◎ ジョルジュ・ドゥメニール (●パリのジャーナリスト) // ☆ Georg Dannhauser (Paul Hörbiger) ・・ビール工場経営者
☆ Mizzi ・・バレーの踊子 (◎●には登場せず)
マルゲリト (◎その妻、●ボビュソンの姪) // ☆ Elisabeth・・その妻
☆Philipp (Theo Lingen) ・・執事 (◎●には登場せず)
◎● オルタンス (侍女) // ☆Hanni Bretschneider ・・侍女
☆ Will Stelzer・・人気作曲家 (Helene がPaulと結婚する前、彼はHeleneを恋していた) (◎●には登場せず)
ポール・オビエ (◎ジョルジュの学友、オルレアンに住む// ●ロンドンの弁護士) // ☆Paul Hollinger・・ザンクト・ペルテンに住む
アンジェール (●その妻、◎ボビュソンの姪) // ☆Helene・・その妻
◎●フィリップ (給仕長) // ☆Anton (Hans Moser) ・・・給仕長
*****
エリーザベトは夫の浮気を疑っている。ザンクト・ペルテンから訪ねてきているヘレーネを説き伏せふたりの夫の浮気心を「偽招待状」で試験することにする。
他方、「偽招待状」の工作などなくても、どのみちゲオルクはミッツィとオペラ舞踏会に行くつもりだった。友人パウルもアヴァンチュールが嫌いな質ではないので、この機会にゲオルクは以前バウルから受けたいたずらに仕返しをしてやろうという腹積もり。ゲオルクは以前パウルにサーカスの女芸人を仲介され恥をかかされたことがあったのだった。今度は腹いせに彼の方が女中のハニを使ってその役をさせるつもりだった。
ヘレーネは昔作曲家シュテルツァーを愛していた。エリーザベトはバウルを愛していたが、結局はゲオルクと結婚した。ハニはバウルにひそかに夢中だったが、シュテルツァーのことも好きだった。
ダンハウザー家の執事フィリップはハニと婚約しており、主人のゲオルクにたくらみのあることを警告しようとする。
誘惑と入り組んだ取り違えの仮面舞踏会がスタートする。変装した妻たちはそれぞれ相手の夫から口説かれるが、給仕長アントンに危険を回避してくれるように頼んであった。ここに同じく変装した侍女が現れ混乱に輪がかかる。
いつもなら毅然と事を取り仕切るアントンにももう混乱をストップさせることはできない。
宴が終わってその翌日。前夜のことではみんながただ「いたずらの被害者」になったにすぎないことが明らかになる。
翌年のオペラ舞踏会は取り違えのない、仲を戻した夫婦で参加することになる。
すべての真相が晴れ、夫婦の間に平和が戻る。
オペレッタの給仕長の名がフィリップなのに、劇映画ではゲオルクの執事が登場しフィリップを名乗っていたり、ボビュソンの姪がオペレッタではアンジェール、ユニテル制作オペレッタ映画ではマルゲリトになっていたりで、それぞれの作品を把握するのに苦労します。
取り違え物語も使い古されたテーマとなると、どんどん手が込んで、このオペレッタでは4組のペアが入り乱れるため、余計内容をのみこむことに困難が伴います。一つのバージョンだけでオペレッタの内容を語ることがいかに危険かわかります。
ちなみに劇映画では、給仕長アントン役をハンス・モーザー、そして執事フィリップをテオ・リンゲンが演じ、喜劇のゴールデン・コンビが出演しているので、物語の運びの重要な部分をこの二人の名優が負っています。その分オペレッタの色彩は薄く、「セパレに行きましょう」も作曲家シュテルツァーが僕のつくった曲だよ、とハニに弾き語りをするシーンとして出てきます。
ヨハン (2011/03/01)