ウィーンわが夢の街

ウィーンに魅せられてはや30年、ウィーンとその周辺のこと、あれこれを気ままに綴ってまいります

ベルヴュ-アルムのグリルアーベント

2012-10-04 10:38:39 | バート・ガスタイン
8月15日、バート・イシュルからザルツブルク経由でバート・ガスタインに移動。
ホテルのフロントでチェック・インをするといろいろ現地の情報を載せたパンフレットをもらいました。
部屋に行くエレベーターの中にも各種のイベントを案内するポスターが貼ってあります。
なかで私たちが気を惹かれたのが8月17日のグリルアーベント Grillabend。

場所はベルヴュ-アルム Bellevue-Alm。
フロントで確かめると、予約をすれば、ホテル前の玄関に18時半に送迎用タクシーが来て、運んでくれるとのこと。
帰りも21時半にまたタクシーが迎えにくる、ということでした。

前日までに予約をいれなくてはなりません。日本であらかじめ立ててきた予定表とにらめっこして、ナスフェルトにハイキングにでかける予定を17日に入れ替え、早い時間にホテルに戻ってくることとして、グリルアーベントに参加することにしました。( 結果的に17日は予定になかった山登りの日になってしまったことは(4)で書いたとおりです )

ベルヴュ-アルムは皇帝ヴィルヘルム・プロムナードを散歩していると谷 (タール) をはさんで向かいの山の中腹に良く見えるので、場所としては地図を確かめるまでもなくなんとなくわかっていました。


2012年8月16日撮影
グラウコーゲル・リフトの乗り場からもベルヴュ-アルムの姿ははっきりと見えます。ベルヴュ-アルムの真上をたどっていくとシュトゥープナーコーゲル・ロープウェイの山頂駅です。
冬のスキーシーズンともなれば、そこからゲレンデを滑り降りてきたスキーヤーたちがここで温かい飲み物とか食事を楽しむんでしょうね。



ベルヴュ-アルム (1,266m)  2012年8月17日撮影

私たちが泊まったホテル Mondi-Holiday Bellevue から、国道 Bundesstraße 側に出て、通りを渡り、鉄道下のトンネルをくぐり抜けると、専用のリフト乗り場があります。スキーシーズンには、リフトでお客さんを運ぶようです。
昨年訪れたときに散歩して、そのリフト乗り場にも行ってみたのですが、やはり夏場は営業していません。
ホテルもレストランも名前がどちらも Bellevue を名乗っているので、ヨハンはホテルの経営だとばっかり思っていました。
べルヴュ-アルムのホームページを見ると、どうもそうではないようです。

グリルアーベントについては以前このブログではパイエルバッハーホーフの記事のところでも書きました。

そのときの経験から、ホテルが夏の気候のいいとき、週に一度、庭にテーブル、椅子を出し、バーベキューでお客さんに料理を提供する日、と思っていました。前日までに予約を入れ、当日は飲み物別で、食事代を参加費として払うバイキングスタイル、パイエルバッハーホーフではそんなシステムでした。

ベルヴュ-アルムのグリルアーベントもどうやら毎週金曜に行われる定期的なイベントのようなので、その日は完全にホテルのお客さんだけを集めたイベントなんだろうな、と思っていたのです。

でも、フロントで予約を入れる際に参加費用のことを聞くと、「それはお客さんがそれぞれご自分で注文した料理の分をそのレストランで払って下さい」との答えでした。バイキングではありませんでした。

午後6時半にホテルの玄関前から送迎タクシーで送られ、帰りのタクシーがレストランを出る夜の9時半まで、3時間もいられるかな。ヨハンはアルコールが入るとすぐに眠くなってしまうので、少し帰りのことが不安でした。「早めに帰ってきてもかまいませんが、その場合はご自分でタクシーを呼んでもらうか (無料ではなくなります)、歩いて降りてくるか (歩くと45分です) どちらかです」との答え。

さて、17日の当日、集合時間にホテルの玄関に行ってみると、集まっているお客さんの人数は数えるほどです。とてもこのイベントが貸し切りで行われるものでないことはその時分かりました。

ということで、ホテルのイベントというわけではなくて、このグリルアーベントは、ベルヴュ-アルムにホテルが毎週金曜に限って予約でまとめてお客を募り、行き帰りの送迎タクシーをサービスで提供しているものだと、ようやく趣旨が理解出来ました。普通のレストランにホテルの客がグループで食事に行く、という事のようです。となるとグリルの意味があまりしっくり理解はできません・・・

そんなことより、集まっている人はみなさん寒さ対策をしっかりして、まるで冬の装いです。ヨハンはその日一日焼けるような日差しの中、ナスフェルトを歩いてきていたし、6時半でも、まだ外気は昼の熱を残したままで、半そででした。

大型のタクシーがやってくるとお客さんが順々に乗り込みます。でも、マイクロバスというわけでもなく三組ほどが乗り込むともう座席は一杯。結局私たちを含めて二組が積み残されてしまいました。「直ぐ次のがくるから」とタクシーは出発。
「先週も積み残されて、次のタクシーが来るまで30分待たされたよ」と残され組のもう片方のご夫婦のご主人。
「そうですか。どちらからいらっしゃってるんですか」
「スウェーデン」
私たちは自然と会話することに。先週もグリルアーベントに参加したというからには、このご夫婦よほどお気に召したのか。
でも、え? 先週? ということは? 
「どれくらいこのホテルに滞在されていらっしゃるんですか?」当然疑問になります。
「三週間ですよ」
そうかあ、本当にみなさん一か所に長い間滞在するんだ。「日本人だったら三週間あったらヨーロッパの北から南から、東から西へと、あちこち何カ国も旅行しますよ」

この日は10分も待つか待たないかで次のタクシーがきました。
急な坂道のカーブを幾重にもまがりながらベルヴュ-アルム (1,266m) に到着。



2012年8月17日撮影 
まだ明るいうちに、外に出てタールの向かい側を撮影しました。正面奥の山、左端がヒュテンコーゲル、そして右端がグラウコーゲルです。



2012年8月17日撮影
レストランに入る玄関口で楽団の人によるお出迎えがあり、Wirtin (マダムはホームページで確認すると ニーナ Nina さん) に案内されて予約席に。ホテルからタクシーに乗り込んだお客さんの倍のお客さんはいるかというほど、満席のにぎわいぶりでした。料理、飲み物は銘々 Speisekarte から頼みますが、添え物のポテト、野菜などは自分でお皿にとりわけてもらってきます。しばらくそのために行列ができ、料理の注文に Nina さんがテーブルからテーブルへと駆けずり回り、お客のみんながほぼ料理、飲み物をもらい、食事が始まりだしたころに、さきほど玄関で私たちを出迎えた楽団の人による演奏がはじまりました。
一曲演奏しては、バンドマスターが何か面白い事を言います。「あはははは」と客席は大喜び。オーストリアの方言ですから、ヨハンは一つだけ分かって笑っただけでした。残念~! 切腹! ってこのギャグはもう誰も知らないか。


   
2012年8月17日撮影
ヨハンは山を歩いておなかもぺこぺこ、この日は Zwiebelrostbraten をいただきました。ロザーリウムは Forelle を注文。
 


2012年8月17日撮影
タクシー積み残され組の仲間、スウェーデンからのご夫婦。ご主人は歯医者さんで、日本人の歯医者さんに友達がいて、よく日本にも来るとおっしゃっていました。歯医者さんでも3週間はバケーションをとるんだ。日本人は絶対に働き過ぎだな。



2012年8月17日撮影
レストランから裏庭に出られるドアがあったので、出てみて、やっと疑問が解けました。
レストランの中でけむをもうもう出すわけにはいきませんからね、裏庭にグリルが出来る専用の調理場がありました。



2012年8月17日撮影


   

          


2012年8月17日撮影
裏庭には専用のいけすもあります。


ベルヴュ-アルムは宿泊も可能で、シャレー (山小屋風のホテル) が併設されています。
レストランはどなたも訪れることは可能ですが、夜は完全予約制かと思われます。

11:00~23:00までの営業。月・火はお休みです。
+43 6434 3881


夜の8時に近くなっても、まだこの季節あたりは十分明るいです。
食事も終わり、これから9時半までいるよりは、明るいうちに帰った方がそのあとの時間を他のことに使えるし、私たちは歯医者さんご夫婦にさようならをして、お勘定をして、ニーナさんに、「暗くなってきたら、帰り路は照明されますか」と尋ねると「されます」との返事だったので、坂道を歩いてホテルに戻ることにしました。ぜんぜん45分なんてかかりませんでした。20分くらいかな。

国道に出るまでのわずかな時間の間に、日はどんどん暮れて行きましたが、なんとか無事にホテルに戻ることが出来ました。


2012/09/27 ヨハン

バート・ガスタインからのハイキング・トレッキング (5)  シュロスアルム

2012-10-04 10:37:10 | バート・ガスタイン
第5日目 シュロスアルム Schlossalm


バート・ガスタインからのハイキング、最後はお隣のバート・ホーフガスタインから手軽にロープウェイで登ることのできるシュロスアルムです。

隣の駅ですが、鉄道は本数の問題よりも、駅がすでにかなり高い場所に建設されているので、ここでは鉄道は使いません。バート・ホーフガスタインの町を訪れるにも、またシュロスアルムのロープウェイを利用するにも基点となるのはパス・センターですから、バート・ガスタインから行くにもバスを利用する方が便利です。

バスは前回のシュポルトガスタイン行きとは反対方向に走ります。このバス、バート・ホーフガスタイン ― バート・ガスタイン ― シュポルトガスタイン を結んで走っています。バート・ガスタインは終点ではなくて、中間点です。つまり、どちらの方向に出かけるにも同じ路線のバスを利用することになります。

と言っても、実際にはバート・ホーフガスタイン方面に行く方が本数は多いようです。ÖBB駅前が乗り場ですが、次の停留所は モーツァルト広場 Mozartplatz なので、ホテルから出かける場合はそちらからの方が便利かもしれません。モーツァルト広場は旧会議センターから石橋とは反対方向に向かって道なりに歩いていけば坂をあがっていった先です。

バスが走る国道 Bundesstraße はしばらく山側を通りますが、途中から川沿いの道と合流します。窓の外の景色を見ていると、なんとなくバート・ガスタインよりもスーパーが充実している気がします。おそらくバート・ホーフガスタインの方が、より自炊型の Ferienwohnung に長期滞在している客が多いからなんではないかと推測します。

町が発展してきた順序から言っても、鉄道が開通する以前の事を考えれば、ザルツブルクにより近いこちらに多くの宿泊施設がつくられたと考えるのは不思議ではありません。

町の名前になぜホーフ Hof がついているのか、不思議でした。
それはやはり、この一帯がガスタイナー・タールの中で一番平坦地が大きく広がっているので、早くから人が住み ( 昔の人々は近郊の山で採掘される金などで暮らしを支えていたようです )、裁判所 Gerichtshof もここにつくられた事に拠るようです。町の名前とウィーンの宮廷とはまったくつながりはありません。

バスが終点のバスセンター Busbahnhof に到着すれば、もうロープウェイ乗り場は途中バスの中からも見えていたので、方向に迷うことはありません。

谷側駅が標高843メートル。やはりバート・ガスタインからすでに200メートルほど下ってきています。
最初の区間は厳密に日本語風に言えばケーブルカー、途中一度ロープウェイに乗り換えて山頂駅に行きます。標高2,050メートル。

このロープウェイは始発が8時と早いです。12時から13時まではお昼休みが入って、20分ごとの運転、最終は16時です。


今まで4回にわたってバート・ガスタインからの山歩き、登山のコースと、アルム、森のハイキングコースと交互にご紹介してきましたが、シュロスアルムはそのどちらも味わうことができます。
とくにお子さん連れの家族が多いのもここの特徴的な点でしょうか。でも、しっかり山歩き気分を満喫したい人にはそれなりにルートがつくられています。

シュロスアルムという名前もやはり気になるところです。
これは16世紀に金の採掘で富をなした Weitmoser 家のお城 Schlössl からきているようです。


資料写真
このお城は今は有機農法による農産物を使ったレストランとして使われています。


ザルツブルク方向により近づいた分だけ、山頂からの眺望も北の山々、ダハシュタイン、ゴーザウカム、テネンゲビルゲなどがメインになります。東のアンコーゲルの山々、そしてヒュテンコーゲル、グラウコーゲル、更にお隣のシュトゥープナー・コーゲルなどが一望できます。ホーエ・タウエルンの氷河を望むには少しばかり背が低いようです。



2012年8月19日撮影
山頂駅を降りると目の前に大きなハイキング・ルートを記した地図看板が立っています。
時間との兼ね合いで、いくつかあるコースのうちどのコースを選ぶか考えます。


2012年8月19日撮影
同じゴンドラで山頂駅にやってきた人々もあっと言う間にそれぞれの好みのコースを見つけて散っていきます。
よほど遠くにまで行く予定とか、高い山を目指して登ろうと思っているのでなければ、時間に縛られることもなく、気分のままに歩いていけばいいと思います。
だいたい整備されているコースはぐるっと回って元に戻ってきます。
その途中で見晴らしのよさそうなところには先客たちがすでに登って景色を楽しんでいる様子が下からも見えますから、寄り道気分で登っていけばいいでしょう。ただ、ファミリー向けとは言っても、山は山ですから、登山靴とストックは用意していくことをお勧めします。


ガスタイナー・タールをはさんで向かいに見える山はアンコーゲルの山々です。手前に少し色濃く見えている山はヒュッテンコーゲル、そしてその稜線をずっと右にいったところがグラウコーゲルです


2012年8月19日撮影



                        
                         2012年8月19日撮影




ロープウェイを降りたお客さんのもっとも多くの人々が真っ先に向かうヒルシュカールシュピッツエ Hirschkarspitze (2,119m)

2012年8月19日撮影

あまりに大勢の人が登っていたので、ヨハンたちは遠慮しました

ここには大小いくつかの池が点在しています。

2012年8月19日撮影

ちょうど牛たちが水を飲んでいるときにその姿が池に写り、可愛かったので撮影しました





2012年8月19日撮影
池のほとりから北方向に目をむければここでは、グラウコーゲルからよりも間近にダハシュタイン、ゴーザウカムが姿を見せてくれています



2012年8月19日撮影

歩いていくとところどころの岩にそれらしい名前が付けられています。
ここは「牛の岩」です。


2012年8月19日撮影
手前にヒルシュカールシュピッツエ、その背後にアンコーゲルの山々、さらにその奥にはダハシュタイン、ゴーザウカム


ここから山を登っていき、展望のききそうなところを探しましたが、先ほどのヒルシュカールシュピッツエの他にもう一か所山頂を示す十字があり、どうしようかとずいぶん悩みました。
Mauskarkopf マウスカールコップフ (2,373m)、こちらは途中からいかにも険しそうです。ロッククライミングとまでは行かなくても、鎖場を人々がよじ登っていくのを下から眺め、気力を失い、大人しくロープウェイ乗り場に戻り、山頂駅レストランでお昼にしました。
山頂にはこのレストランしかなく、セルフです。しかも、久しぶりに美味しくないものを食べた、という感じ。お薦めできません。下にはいくつかレストランがありましたし、またバート・ホーフガスタインの町に繰り出してしまえばレストランがあります。

というわけで、わたしたちは次のロープウェイで降り、そのあと町の散策をいたしました。

ここからは川沿いにバート・ガスタイン、あるいはグリューナー・バウム方面にハイキングすることも可能です。


2012年8月19日撮影
ガスタイナー・アヘはここでは穏やかに町の中心を流れていきます。川岸には散歩道 Promenade が整備されています



資料写真 Grand Park Hotel Bad Hofgastein
川を渡るとすぐ右手にひときわ目をひく豪華なホテルです。


2012/09/26 ヨハン


バート・ガスタインからのハイキング・トレッキング (4)  ナスフェルト

2012-10-04 10:35:52 | バート・ガスタイン
第4日目 ナスフェルト Naßfeld

半日コース
シュポルトガスタイン・ナスフェルト周辺のハイキング


(1) で書きましたように、私たちは昨年シュトゥープナー・コーゲルからシュポルトガスタインに下りて、バスでバート・ガスタインに戻りました。今回は逆コースで、バスでシュポルトガスタインに行ったところからスタートです。

バスはÖBB駅前から、9時始発で毎時00分、1時間に1本、シュポルトガスタイン行きがでます。
夏場7月7日~9月9日までの間は午前は9時半、10時半にも増発されます ( 2012年の時刻表 )。
30分ほどで終点のシュポルトガスタインに到着です。ここはすでに標高1589メートル。ナスフェルトの入り口です。

鉄道はバート・ガスタインを出ると、べクシュタイン Böckstein から先左手に進んで、しばらくアンラウフタール Anlauftal に入ってトンネルとなり、州境を越え、トンネルを出たところは隣のケルンテン州となります。
バスはべクシュタインから右手に進み、ナスフェルダータール Naßfelder Tal を川沿いにおよそ標高差500メートルの山道を駆けのぼるようにしてシュポルトガスタインに向かいます。

ナスフェルトは直訳すれば「湿原」という意味の地名です。
標高1,600メートルに開けた広大な湿原地帯。尾瀬ヶ原のような場所です。ただ、ここは名前ほどいたるところが湿地になっているわけではなく、どちらかと言えば大部分はアルムで、放牧が盛んなところです。

私たちが2012年にたてた計画は、ほとんど標高差のないこの広大なナスフェルトのアルムを、ゆっくり、のんびりまわりの山々を眺めながら散策し、お昼近くなったらいくつか点在する生産農家直営のレストランのどこかで自家製のチーズ、シュペック ( 豚ベーコンですね )、そしてパンをいただいて戻ってくる、というものでした。

実際に出かけてみた結果からご報告すれば、あくせくしないで、のんびり過ごす予定であれば、まったく無計画に、朝、バスに乗ってここまでやってくるだけで、十分散策を楽しむことが出来ます。いきあたりばったりOKということです。ハイキングコースもいくつかあって、どこかに誰かがストックをもって歩いている姿が見えますから、いくらも寄り道、道草ができます。

バス停のすぐ近くに、Marie-Valerie-Haus という小屋があり、ここが一番有名どころとなっています。十分ハイキングを楽しんだ後戻ってきて、このレストランでお昼というのが一般的なのかも知れませんが、人気のある小屋なので、ヨハンたちが通りかかった時にはテラスには一杯のお客さんが座っているようでした。

歩いた後戻ってきて、あてにしていたレストランが満席で座れないとなると、ダメージが大きくなりますから ( バス停まで戻ってきてしまうとこの Marie-Valerie-Haus しか休憩できるところがないので、頭に入れておく必要があります ) ヨハンは歩いて行った先の農家のレストランでお昼を済ませてしまう方をお薦めします。

また、氷河を頭にいただいたアルプスの山を多少は手近に眺めたいと思うのであれば、そして(1)でご紹介したボックハルトゼーヒュテ Bockhartseehütte (1,933m) を訪れてみたい気持ちがあれば、ナスフェルトのハイキングをしばらく楽しんだ後に、山道をこの山小屋目指して登山気分で上がっていくというコースも考えられます。標高差344メートルの登りは結構満足できるものになると思います ( 険しい道だけでなく、だらだら登っていく車道もありますから、帰りは楽して下ってくることも可能です )。
  

  
2012年8月17日撮影                  拡大写真

というわけで写真は、ナスフェルト側からみたボックハルトゼーヒュテです。手前の山の稜線の中ほどに見えています (右の写真)。山の向こう側に下ると湖 Unterer Bockhartsee ウンテラー・ボックハルトゼー です。写真の画面下、右端にバス停、左端に屋根だけ見えているのがマリー・ヴァレリー・ハウスです。


また、バス停の直ぐ脇には Kreuzkogel 山頂に登る ロープウェイ Goldbergbahn の乗り場があります (山頂駅は 2,686m)。夏場は特別なイベントの日に限って運転しています。2012年のカレンダーで確認すると
4月21、22日と4月28日~5月1日の運転、夏は7月21、22日と8月11、12日の4日間の運転です。ヨハンたちがバート・ガスタインを訪れたのは8月15日でしたから、乗ることはできませんでした。これに乗って山頂までいけばおそらく、直ぐ目の前にシャレックもゾンブリックも、また少し離れた先にグロックナーも手に取る近さで見えたに違いないと思うととても残念です。
日程をこのロープウェイが動く日に合わせて組み立てるしかありません。下にご紹介するURLから入り、Bad Gastein を開くとロープウェイの営業日が確認出来ます。



2012年8月17日撮影
バス停からいよいよナスフェルトへのハイキング開始。歩き始めて直ぐのところにおかれたベンチ。独特のマーク ( これは色がついていませんが、下記のURLに使われているロゴはブルーになっているので、Enzian かとも思われます。でも、花びらがぎざぎざしているところからはエーデルワイスを表しているのかもしれません。多分オーストリア・アルプスを代表するふたつの花がミックスされたのでしょう ) がザルツブルク州一帯のアルムのハイキングコースに目印として置かれています。
ベンチの背もたれのところには SalzbuergerLand Almenweg と刻まれています。このロゴが示している道を歩けば正しいコースを進んでいると言うことになります。URLから検索してみるとこの Almenweg は総距離で350kmあるようです。

http://www.salzburger-almenweg.at/

Das SalzburgerLand hat die größte Dichte an Almen unter den österreichischen Bundesländern. Von den 1.800 Almhütten sind rund 550 Hütten in Salzburg für den Wanderer geöffnet und verwöhnen die Besucher mit herzhaften Almspezialitäten.
「アルムはザルツブルク州に密集しており、その総規模はオーストリア連邦諸州のなかでもっとも広大です。1,800あるアルム小屋のうちほぼ550がザルツブルク州内にあって、心をこめてつくられるアルムの特産品でハイカー、訪れる人々をもてなしています」

ベンチの背後に見えているのが Marie-Valerie-Haus です。



2012年8月17日撮影
自然の恵みをもたらしてくれる神に感謝をこめて、いたるところにこうしたキリスト像が建てられています。



2012年8月17日撮影
このようにアルム小屋はお客さんの訪れるのを待っています。Naßfeldalm はバス停からだと1km少々歩いたところにあります。そこまでで16メートルの登りなので、ほとんど平坦な道を歩いていく気分です。
ここでは自家製のバターとチーズを売っていますよ、というPRです。

私たちが最初に予定していたのはこの先をもう少し歩いた Moaralm という小屋までハイキングして、お昼にして、バス停に戻るというものでしたが、みなさんがどんどん先を歩いて行かれるのにつられて、結局この日はアルムが終わり、そこから更に山に登っていくのについていってしまいました。お昼をとったのは山から戻ってきたあとで、ナスフェルトの一番奥のアルム小屋でした。その小屋については次の全日コースの方でご紹介することにします。

 

全日コース
ハーゲナー・ヒュテを目指しての登山


アルムが終わって、そこから先は山になるという場所に大きな地図看板が立っていました。
私たちがそれを見ていると、同じようにドイツ人の少し年配のご夫婦も地図を確かめに立ち止まりました。
どこまで登られるんですか? と聞くと、ハーゲナー・ヒュテ Hagener Hütte との答えでした。私たちの事前の計画には全く浮かんでさえもいなかった名前でしたが、下のアルムをこちらに向かって歩いている間も、大勢の人がどんどんどんどん山道に上がっていっている姿が見えていましたし、看板に描かれた地図を見るとコースはずっと一本道で迷うようなこともなさそうでした。そして、そのドイツ人のご夫婦に「その山小屋までどれくらいかかるんですか?」と一応念のためにお聞きしても、ここから2時間くらいとのことでした。目標の標高は2,448mです。これからおよそ800メートルの登山です。私たちの過去の経験からすれば、700メートル以上の登りは相当覚悟しないと無理です。ふらっとやってきて予定にない山登りを敢行しても多分途中で挫折することは間違いなかったのですが、どんどんどんどんあんなに大勢の人が登って行くのはやはり相当人気のコースであることも間違いありません。私たちとさほど年齢もちがわないようにお見受けしたご夫婦が登ると言うのであれば、まあ、いけるところまででもついていって見ようかと、急きょ私たちもハーゲナー・ヒュテを目指して登ることにしました。

登り始めたのが10時半くらいだったでしょうか。12時くらいまで登っていってそのあとのことはまた考えよう、とそんな気持ちでした。
地図看板には途中一か所だけ小屋マークが見られました。Unterstandshütte で、そこが標高2,099メートル。食事が出来るような山小屋ではなくて、悪天候などに遭遇した時に安全を確保するための避難小屋です (ここからおよそ454メートルの登りです)。
少なくともそこまでは登ってみよう。
私たちも出発しました。



2012年8月17日撮影
登り始めて15分もすれば、ナスフェルト全体をこうして上から眺望できるようになります。

正面右手にずっとボックハルトゼーヒュテの位置も確認できます。
あそこが自分たちの目線の位置にくれば、私たちのいる場所もほぼ標高2,000メートルに近くなってきたということです。
それを励みにナスフェルトの眺望を楽しみながら、登っていきます。



2012年8月17日撮影
私たちの行く手を牛がふさいでいました。
まわりの山腹にも放牧されている牛の姿があちらにも、こちらにも、結構な高さのところににも見えています。牛は山で夜を明かすわけではないので、朝のぼってきて、また夜にはお家に帰るのでしょうが、人間が登るのさえしんどいのに、牛の歩みとは言え、すこーしずつ、すこーしずつ登って行った結果なんでしょうね、積み重ねの力は偉大なり。なんのこっちゃ



2012年8月17日撮影
これはちょうど今の牛がいた場所の近くにありました。
国立公園ホーエ・タウエルン
ロザーリウムが「最後の Kernzone ってどういう意味?」と聞きます。
恥ずかしながら知りません。「核心的ゾーン」って言う意味の言葉です。後日確かめましたが辞書にはありませんでした。ネットで検索すると Totalreservat がヒットします。

Der Begriff Totalreservat wird bei der Kategorisierung von Schutzgebieten in Natur- und Landschaftsschutz verwendet, um Gebiete zu beschreiben, die vor menschlichen Einflüssen weitestgehend geschützt und der natürlichen Entwicklung überlassen werden sollen.
「Totalreservat は自然・景観保護における保護地域のカテゴリーで使われる概念で、人的影響を出来る限り受けないように保護し、自然の生育発展のままに任せられるべき地域のことを指す」

花をとったり、ゴミを捨てたりなどはもってのほか。また水を汚すことも厳禁です。
道を邪魔する牛を「しっしっ」と追っ払ってもいけません。人間の方が回り道をします。
ドイツ人の奥さんの方が、「わたし牛が嫌いなの」と可愛らしいことを言いながら、ご主人に先導されて、牛の傍らをよじ登ります。ヨハンとロザーリウムも真似してよじ登り、みんなでお食事中の牛を迂回して進みました。



2012年8月17日撮影
上がるにつれホーエタウエルンの山々がいただく氷河 Gletscher が陽の光を浴びて輝いてみえてきます

登り始めておおよそ1時間40分ほど、ようやく避難小屋に到着。
その間もちろんドイツ人のご夫婦はどんどん先を進んで行ってしまっていましたが、この避難小屋でランチタイムをしていました。



2012年8月17日撮影 Unterstandshütte
ここが標高2,099メートルです。
ここまであがってきたらもう少し周りの山の頭にかぶっている氷河がよく見られるかと期待していましたが、見られる方角があまり良くないのでしょうね。下から眺めていた時よりはもちろんはっきり氷河が姿をみせていましたが、意外と期待外れでした。
この日はアルムの小屋でお昼をする、と言うのが最初からの予定で来ているので、わたしたちは飲み物以外は何もおなかの足しになるようなものはもっていません。時間はもう12時をとうに過ぎていました。
そしてこの避難小屋の看板表示 「ハーゲナー・ヒュテまであとおよそ1時間」




2012年8月17日撮影
この避難小屋に到着する途中で山から下りてきた人に「ハーゲナー・ヒュテはあとどれくらいですか?」と聞いたときにも、「あとたっぷり一時間はあるよ gut eine Stunde 」と聞かされていたので、間違いはありません。
その人の話では、「山のてっぺんに旗 Fahne がひらめいているから、そこが目標の山小屋だよ」とも聞かされていましたので、探してみました。写真では見えにくいですが、向こうに見えている山のてっぺんに小屋らしい姿と、旗らしいものが確認できました。

なるほどね。あとまだここから350メートルほど登っていかなくてはなくてはならないのか。

ランチをしていたドイツ人のご夫婦は、ここでリタイヤするのかと思いきや、いつの間にか出発していました。
みなさんたくましいです。
私たちはこの日夕方にホテルの Grillabend に参加することを予約していましたので、あまりぎりぎりの時間に戻るわけにはいかないし、結局ここで山を降りることにしました。

ちなみにハーゲナー・ヒュテが建っている山の稜線がザルツブルク州と隣のケルンテン州との州境になっていて、今登ってきたこの山道のコースも、あの山の向こう側に続くコースもずっとルート E10 で、おそらく向こう側に下りていけば、どこかで同じようにバスの停留所に出るのかもしれません。

今手元の地図で確認すると、ルート E10 はその先ケルンテン州の Mallnitz という村に出て、トンネルを抜け出てきた鉄道の最初の駅に至るようです。
日本で手に入る情報が少ないので、自分で地図とにらめっこしながら、また、ネットでいろいろ検索して調べなくてはなりません。いつかは山小屋を経由して向こう側に出るプランを立ててみるのもいいかな、ということで、今回は宿題を残して、下山。



2012年8月17日撮影
この避難小屋別角度から撮影するとこんなでした。嵐がきたら飛んでいきそうです。



2012年8月17日撮影

下りはやはり楽でした。
およそ1時間少々で麓にでます。
もうおなかはぺこぺこです。


2012年8月17日撮影
幸い直ぐ近くにの農家のレストランが営業中で、お客さんでにぎわっていました。( この写真は私たちが帰るときに撮影したので、他のお客さんももうほとんど帰ったあとです )


2012年8月17日撮影
自家製チーズ各種の盛り合わせ Käseplatte。向こう側に写っているのは、シュペックとソーセージの盛り合わせ。

とても食べ切れない量なので、パンにはさんでサンドウィチにして翌日 (18日、グラウコーゲル山頂付近でお昼をしたとき、これをいただきました ) のお昼用に持ち帰らせていただくことにしました。



2012年8月17日撮影
こんなところにエーデルワイス。

後日ロザーリウムが「あのエーデルワイスは別の品種だね」と言います。確かに。アルプスに咲くエーデルワイスは絶対に採取が許されるものではないはずです。栽培可能な品種だったんでしょうね。天然自然の花はもうすこし綿のようにふわふわしている気がします。

この日は15時半のバスでバート・ガスタインに戻りました。バスの往復の時間を入れて全行程6時間半。


2012/09/24 ヨハン

バート・ガスタインからのハイキング・トレッキング (3)  グラウコーゲル

2012-10-04 10:31:59 | バート・ガスタイン
第3日目 グラウコーゲル Graukogel

半日コース
グラウコーゲル・リフト山頂駅から、ヒュッテンコーゲル山頂を目指すコース

バート・ガスタインは冬がハイ・シーズン。多くのリフト、ロープウェイはほとんどスキーシーズンにしか稼働しません。
通年で営業運転しているのは、シュトゥープナーコーゲル・ロープウェイと今回ご紹介するグラウコーゲル・リフト Graukogellift のふたつです。

乗り場となる谷側駅に行くにはÖBBの駅前から、前回ご紹介しましたグリューナー・バウム行きのバスを利用します。ただバスは直接リフト乗り場の前ではなくて、近くのバス通りで降ろされるので乗り過ごさないように注意が必要です。リフト乗り場はもうそこに見えているので、迷うことはありません。

ヨハンたちは、一時間に一本のバスを利用するよりは、歩いて行った方が早いと考え、歩きました。

ÖBB駅前からグリューナー・バウム行きのバスが走っていくのとは反対方向に、直接 Stadtzentrum に向かっていったん坂を降り Grillparzer Straße を道なりに歩いて、K. H.-Waggerl Straße に入り、更に進んでいくと、途中でバス通りの Kötschachtaler Straße にでられます。

このグリルパルツァー通りがケチャハターラー通りに合流するあたりに、大昔氷河が岩壁を削った跡が自然保護史跡として残されているので見逃さないようしましょう。


大昔の氷河はここまで届いていました。氷河の先端 Gletscherzunge は岩壁にスジ状の切り傷を残しました
2012年8月15日撮影


「地学を愛する人々にお願いです。赤い→←ではさまれた区間を破損しないように大切にしてください」
2012年8月15日撮影

この直ぐ先を少しあがりバス通りに入り、左に進んで、滝にかかる橋を渡り7、8分でリフト乗り場です。



グラウコーゲル・リフト乗り場
2012年8月16日撮影

リフトは定時00分の運転です。一時間ごとにしか動かしませんから、遅れていくと、次の運転まで待たなくてはなりません。雨など朝から天候が悪い日は運転しません。9時には乗れるように出かけることをお勧めします。



リフト乗り場ではアルパカがお客さんを出迎えます
2012年8月16日撮影


グラウコーゲル・リフト (谷側駅に降りるところを撮影)
2012年8月18日撮影

リフトは途中一回乗り換え、山頂駅を目指します。


リフト山頂駅(1,954m)にあるトニー・ザイラーの碑
2012年8月16日撮影

8月19日の日曜日にこの碑の前で、祭り ( Bergmesse und Toni Seiler Gedenkmesse ) がありました。日程を勘違いして、ヨハンたちが16日のあと、もう一度リフトを利用したのはお祭りの前日の18日土曜日でした。さすがに19日に三度目に訪れるのは日程的に無理でした。
 注) トニー・ザイラーはキッツビューエル (チロル州) の出身。1956年のオリンピック冬季大会でアルペン三種目でゴールド・メダリストに輝き、1958年バート・ガスタインで開催されたアルペンスキー世界選手権でも、滑降、大回転、アルペン複合で三冠に輝きオーストリア・スキーの黄金時代をつくった人。甘いマスクで映画に出演、多くの女性ファンを惹きつけましたがアマチュア資格を問われ、次のオリンピックには出られないことになり、以後映画の世界で活躍します。日本にもファンが多く、映画「黒い稲妻」は彼の代名詞になり、また、「白銀は招くよ」の主題歌は日本語でも歌われるほどヒットしました。余談ですが、スケートのイナ・バウアーは彼と映画で共演しています。

リフトを降りると、登山道の入り口は目の前です。
いくつか途中でコースが分かれても、基本的にゴールは同じで、ヒュッテンコーゲルを目指します。途中で一度だけ、グラウコーゲル登山道への分岐に出ますが、左にコースをとります。このときにはすでに左手頭上にヒュッテンコーゲル山頂の十字が見えていますから ( ここからでは他方のグラウコーゲル山頂はまだ見えていません )、これも迷うことはありません。

リフト山頂の登山道入り口からの案内表示ではヒュッテンコーゲル山頂まではおよそ45分の道のりです。標高差277メートルの登山。ほぼ真上に登っていくので、意外としんどいです。でも谷側にはずっとガスタイナータールの眺望が開けていて、疲れを忘れさせてくれます。



リフトを降りるとガスタイナー・タールが眼下に広がります ( 奥に見えているのが Tennengebirge )
2012年8月18日撮影


シュトゥープナー・コーゲル ( 山頂の背後には頭に氷河を載せた Hohe Tauern の山並みが姿を見せています )
2012年8月18日撮影

というわけで、私たちは、いつものように道草、みちくさでゆっくり、のんびり歩いて行きましたから、10時のリフトで一緒に上がってきた人たちはすっかりどこかに行ってしまいました。と思っているうちに、上からは多分9時のリフトで登った人たちが降りてくるし、下からはいつのまにか11時のリフトでのぼってきた人の姿も。

ここがとても人気の場所だとよくわかります。



ヒュッテンコーゲル山頂 (2,231m)
2012年8月18日撮影



ヒュッテンコーゲル山頂から眼下にレートゼー(1,831m)を眺める
2012年8月16日撮影

山壁が隠しているので、山頂まであがってきて初めてレートゼーが姿を見せます。手前側の山が切れた向こうの下にケチャハタールです。

リフトの時間を含めヒュッテンコーゲル山頂まで往復で3時間みればゆっくり楽しみながら登山気分を味わうことができます。リフト山頂駅には山小屋レストランもありますから、コーヒーでも飲みながら次の下りリフトが動く時間までを過ごすことができます。

ところで、このヨハンたちが初めてヒュッテンコーゲルに上った8月16日に私たちを襲ったプチ悲惨について、書き加えておきます。
この日は、前日からすでに天気予報では Gewitter が予報されていました。でも、ずっと天気はよかったし、その日の朝もまだ快晴でした。そんなことで午後から天気が悪くなることは念頭におきながら、ずっと山頂までは晴天に恵まれてきました。
12時を過ぎたころから、ガスがかかり始め、あっという間にまわりの山々は姿を消してしまいました。なんとか足元に見える道を慎重に、でも、多少急ぎ足で、リフトを目指して下山。まわりに人影さえありません。

ヨハン 「雨が振りだしたら、リフトが動かなくなって、大変だ」

ロザーリウム 「上りに乗せた客は雨が降っても降ろすでしょ」

そんなことを言いながら、普段では考えられないことですが、このときばかりは二人は忍者のように山をかけ下り、リフト乗り場へ。次は13時ですが、着いたときは幸いまだ時間に余裕がありました。山小屋レストランでトイレを拝借。レストランはすごい人の混雑です。やはりいました。みなさん天気が悪くなることは織り込み済みで、天気の回復を待ってお食事です。

ヨハン 「ここで休んでいこうか?」

ロザーリウム 「早く下りた方がいいと思うよ」

ヨハン 「でも雨が振りだしたら、リフトが動かなくなって、大変だよ」

ロザーリウム 「上りに乗せた客は雨が降っても降ろすでしょ」


結局雨の降っていないうちに下りることにしました。リフト乗り場の前には結構たくさんの人が集まっていました。動き出す13時になる直前に雨がぽつり、ぽつり降り出したかと思うと、あっという間に本降りになってしまいました。私たちは天気予報で傘、カッパの用意をしてきていましたから、あわてて二人ともカッパを着用。ロザーリウムの勘はすごいね。ザーザー雨が降り出してきたにもかかわらず、13時にリフトは動きだしました。まあ、濡れるのは自己責任だから。上りのリフトはさすがに客をのせずにカラで動いています。私たちの前のゴンドラに乗った二人は、雨具を用意してこなかったのか、谷側駅に着くまで、ずっと30分激しい雨の中濡れていきました。かく言うヨハンも、カッパが膝のところくらいまでしかカバーせず、足元は濡れるし、何よりバーをつかむ手がどんどん凍えていきました。

教訓 やはりオーストリアの山はなめたら怖いことになります。

前の二人はどうした? と思っていたら、リフトを降りると駆け足で駐車場に。ここまでほんどのお客はマイカーでやってきているようです。
歩いてきたヨハンとロザーリウムは、濡れた体を拭くこともできず、リュックから傘を取り出して、ロープウェイ乗り場の向かいにある階段をとことこ、でも慎重に降りて、石橋のふもとまで降り、旧会議センター広場のイタリアンでようやく一息ついて、遅い昼食タイムをとりました。





全日コース
グラウコーゲル・リフト山頂駅から、分岐点でグラウコーゲル山頂(2,492m)を目指すコース

このコースはヒュッテンコーゲルに寄り道しないで、分岐点からまっ直ぐグラウコーゲル山頂を目指して歩いていくことを想定したものです。リフト山頂駅の案内表示によれば、こちらはおよそ1時間15分となっています。山頂駅から538メートルの登山です。
ヨハンたちにとっては500メートルの上りがおおよそ限界です。時間もいつもガイドブックの1.5倍は見ますから、登りだけで2時間は見ておいた方がいいことになります。

グラウコーゲルを目指したのは8月18日で、16日に一度ヒュッテンコーゲルには上っていたので、今回寄り道することもなく分岐点を右のコースへと入ったのです。

ただ、一日でこの山を体験しようと思う人にとっては、やはり最初にヒュッテンコーゲルに登り、一度分岐点まで下ってきて、さらにそこから次にグラウコーゲルを目指すというのが一般的なようにも思われました。
下からこの山を見上げる限り、ヒュッテンコーゲル山頂からはずっと尾根伝いにグラウコーゲル山頂を目指せそうですが、実際に上がってみて分かることは、尾根と言ってもとても歩かれるようなものではなく、道はありません。滑落すれば確実に死が待ちうけるとがった岩場です。
そんなことで、少し無駄なように思えますが、いったん分岐点まで戻るしかないようです。
私たちは18日は、このあと前回(2)に書きましたように、リフト乗り場まで降りた後、バスに乗って午後の部と称して、更にケチャハタールに出かけましたから、そのことを考えれば、ヒュッテンコーゲルとグラウコーゲルの両方を一日で登ることは、疲れのことを除けば、時間としては余裕のコースです。

ここでは、分岐点からのコースについて書きます。

18日は天気がくずれる心配もなく、やはりたくさんの登山者がすでに9時にはリフト谷側駅に集まっていました。

分岐点を過ぎたころには、例によって一緒に登ってきた人たちの姿はもうほとんどみあたりません。ゆっくり歩いているヨハンとロザーリウムの視界には、今度ははるか先、山の腹を斜めにとおる道に何人もの人が歩いていく姿が確認され、コースが間違いないことを知り、あそこにのぼっていくんだな、と分かった瞬間、さっそく安心して休憩タイム。

でも、初めての場所は、出来る限り他に人がいて、あとをついていくというのが鉄則でした。

途中で、こんな単純な道でなぜ間違ったのか、不思議なくらい、登山道とは違う道を歩いてしまっていたのです。

変だなあ、と思いだした頃、今度は下から女性二人組に追いつかれそうになります。彼女たちも迷っているように見え、少し様子を見ていると、どうやら正しいコースを見つけたらしく、すいすい道らしい道を歩く姿になっています。

そうだよ、さっき下から見上げた人たちもすいすい歩いていたし。一方ヨハンとロザーリウムはと言うと、大きな岩はあるし、かと思うと草がぼうぼうのところをこれが道か?と不思議に思い、迷いながらも間違ったところをどんどんすすんできて、ようやく変だなあと気づいて立ちすくんでいたのです。
よかった、次の人たちが現れて。
さっそく彼女たちが登って行った道まで引き返し、ようやくコースに戻れました。

でかい岩がコースである道を分断していたために、まっ直ぐ岩の横のせまい空間を抜けていかなくてはならないところを、岩の下を真横に降りてしまったのが道を見失った原因でした。

そこから先はしばらく、分かりやすい土ののぼり道が続きます。

そして最後にガレ場が登場。足元に用心しながら、手で岩をつかみながら「よっこらしょ」とのぼらなくてはならない箇所の連続。ロザーリウムは不思議に元気にさっさと先を急ぎ、はあはあ息をきらして後をおいかけるヨハンをときどき「どうだ顔」して待っています。
足元のあぶないガレ場がようやく終わったかと思う踊り場のような少し広いところに上がると、初めて頭上にグラウコーゲルの山頂が姿を見せます。
なるほどなるほど、人が集まって景色を堪能している様子です。
また、ここで山に隠れていた湖 ( Reedsee ) も姿を見せてくれます。



ヒュッテンコーゲル登山道とグラウコーゲル登山道の分岐点を過ぎ、ガレ場を登りきるとまた眼下にレートゼーが姿を見せます
2012年8月18日撮影


ヨハンの内心では、もうここまで登れば十分じゃないか、とつぶやいています。
もうこれから先そんなに景色に変化はないような気もするし。

でも、それが大間違いでした。

ここから景色は一転します。

とにかくめげそうな心を鼓舞して、登り続けると、今度はさっき見たのとは反対側の景色が、ぱあ、っと目の前に広がる場所に出ます。
ホーエ・タウエルンの山々です。

休憩~~♪

したから、木の棒をストック代わりにして登ってきたお兄さんとにっこり。どちらからともなく話しかけ、私たちも年末だか年明けだかオーチャードでコンサートをしたのを聴きに行ったことがあるヨハン・シュトラウス・オーケストラでハープ奏者をしているとのことでした。「日本には何度もいったよ」
住まいはリンツ。ここには Kur ( 治療というより湯治です ) で3週間泊まっていて、ときどき山に登ってくる、とのことでした。



ヨハン・シュトラウス・オーケストラでハーフ奏者をしています
2012年8月18日撮影



グラウコーゲル山頂をのぞむ
2012年8月18日撮影


この機会なので、山の名前を教えてもらうことにしまた。
こちらががシャレック、あれはゾンブリック・・・ほかにも次々いくつか名前を教えてもらいましたが、最後に
「ここからは小さくしか見えないけど、ほら、あれがグロックナーだよ」
この言葉でほかの山の名前は吹っ飛んでしまいました。
というわけで、グロース・グロックナー、拡大に拡大を重ねてアップします。
自分でもこうして拡大するまで気が付きませんでした。やはり、迫力があります。



グラウコーゲル山頂付近から見たグロース・グロックナー

グロース・グロックナー 拡大
2012年8月18日撮影


ここはグラウコーゲル山頂とは違い、眺望360度とはいきませんが、ホーエ・タウエルンの山々が手に取るように見渡せます。また、遥か北東には山のてっぺんがぎざぎざして特徴的なゴーザウカム。ハープのお兄さんに確かめると、
「そうです。その右となりの端に見えるのがダハシュタイン」

となると、そのダハシュタインの向こう側がハルシュタットなわけだ。
ゴーザウカムの向こうがザルツカマーグート。いつもザルツカマーグート側から見る山々が鏡像画のように反転して見えています。



グラウコーゲル山頂付近から見たダハシュタイン(右端) とゴーザウカム

ダハシュタイン(右端) とゴーザウカム 拡大
2012年8月18日撮影


こんなにオーストリアを代表する山々を一か所から眺望できる場所はそうそうはないと思います。グラウコーゲルはお薦め中のお薦めです。

で、私たちはとても満足したし、目の前に見えるグラウコーゲル山頂に行くにはここから更に、槍ヶ岳にでも登るような険しい道が見えているので、断念しました。そうですね、あと15分の登りと言いたいところでしたが、私たちの歩き方だとあと30分はあったと思います。
ハープのお兄さんは、「グラウコーゲル山頂はまだ登ったことがないから、行く」と出発していきました。
みるみる姿がちいさくなり、本当に山頂へとまっしぐら、かけあがって行きました。
Kur って保険がおりるやつです。あんなに健康、元気いっぱいなのに3週間の Kur を許可されるなんて、いい保険制度だ。あるいはその保険のおかげであんなに元気になれたのかもしれない。うん、きっとそうだ。

私たちはと言うと、ここで軽くランチ。

下りは嘘のようにすいすい降りていくことができました。

2012/09/22 ヨハン

バート・ガスタインからのハイキング・トレッキング (2)  ケチャハタール

2012-10-04 10:30:44 | バート・ガスタイン
第2日目 ケチャハタール Kötschachtal

半日コース


これもバート・ガスタインからの人気のハイキングコースです。

Stadtzentrum ( 町の中心、旧会議センター前の広場 ) が出発点です。
 (お断り) ヨハンの手元には町の地図がないので、グーグル、ヤフーの地図でいろいろと検索してみるのですが、道路の名前くらいしか手がかりを得られず、苦労しました。あちらこちらと検索しているうちに偶然建物の位置も記された地図を出せるようになりました。バート・ガスタインで現在保護対象に指定されている記念建造物のリストも見つかりましたので、一部9月15日投稿のバート・ガスタイン(3)に補筆を加えましたので、どうぞご覧ください。

出発点となる広場に接する通りの名前は Kaiser-Franz-Josef-Straße です。この通りを滝に向かって歩き、石橋をこえたところが Straubingerplatz。さらに道なりに進んでいくと左に古い教会が見えます。これは1866-1876年にかけて建造された Preimskirche です。教会の右側、のぼりの坂道を入っていくと Bismarckstraße になります。
 注) 対デンマーク戦争でオーストリアとプロイセンは連合軍として一緒に戦い勝利したものの、次には、オーストリアを排除した形の小ドイツでの統一を目指したプロイセンが、協定によりオーストリア管理下におかれたホルシュタインも我がものにしようとの野心から、昨日の友は今日の敵、はやくも2年後の1866年普墺戦争がおこり、プロイセンが勝利。結果、オーストリアはビスマルクの要求に屈する形で、シュレースヴィヒ・ホルシュタインはプロイセン領となったのです。シューレスヴィヒ・ホルシュタインが現在のドイツ連邦の一州を形成しているのは、ここに端を発しているわけですが、オーストリアの通りの名前にそのときのプロイセン側首相ビスマルクの名前をつけたのはだれなんでしょうかね?

教会右の坂道を上がっていくと、 Kaiser-Wilhelm-Promenade と書かれた案内表示が出ています。

今回のハイキングコースはずっとこの道を歩いていくコースです。ゴールは Grüner Baum です。これはホテルの名前ですが、バート・ガスタインからやってくるバスの終点の名前でもあります。ハイキングコースは無粋な車が通らない森の中の散歩道ですが、最後にはそのバス通りに出ていく形です。



上を通るバス通りから町をながめたところ。右に見える教会が Preimskirche。写真の中央左よりのところにホテル de l'Europe、Hotel Weismayr が並んで建っているのが見えます。
2012年8月15日撮影 



ドイツ皇帝ヴィルヘルムⅠ世の記念碑 (1889年建造) 
2012年8月18日撮影
ずいぶん立派です。この散歩道(プロムナーデ)の名前がそもそも彼の名前をつけているし。ヨハンが初めてバート・ガスタインを訪れたときは、なぜここにドイツ皇帝の碑が? と、とても不思議でした。対デンマーク戦争と、それに続く普墺戦争の歴史をひも解くとだんだんわかってきました。19世紀後半のオーストリアの歴史は、戦う戦争にことごとく負け、かつての大帝国は小さくなっていく一方。他方、鉄血宰相ビスマルクがいたプロイセンは登り竜。あげくのはてに「ドイツ民族みんなでなかよくやろうじゃないか ( 大ドイツ主義と言いました )」という邪魔くさいオーストリアは排除して、チーム・プロイセンを中心に北の国々だけ ( 小ドイツ主義と言います )で新しくドイツ帝国がつくられてしまいます
 注) ヴィルヘルムは第7代のプロイセン王でした。ビスマルクと異なり、ヴィルヘルムはオーストリアとの和解を望み、英国女王ヴィクトリアに仲裁を頼みましたが、ビスマルクに押し切られてしまったようです。まあ、その結果として1871年1月18日から彼の肩書は初代ドイツ皇帝ヴィルヘルムⅠ世と格上げになります。めでたし、めでたし。



ヴィルヘルム皇帝の記念碑を過ぎたあたりから散歩道の左手にはガスタイナータールの眺望が開けてきます。
2011年8月10日撮影

森の中の道、小一時間の散歩でしょうか。途中バート・ホーフガスタインからの道と合流し、車も入ってくる広い道になったかと思うとやがて、ゴールのグュリューナー・バウムがもう見えてきます。およそ3kmほどの散歩道です。ゴールの標高は1066メートルですから、ほとんど登りのない道なので、バート・ガスタインに宿泊しているお年寄りにも格好の散歩道として愛されています。


手前に見えているのは Gasthaus Reiterbauer、奥に見えるのが Hotel Grüner Baum です。写真の右手に ( ここには写っていませんが ) バスの折り返し停留所があります。
2011年8月10日撮影

今年訪れたときには晴天が続いたせいもあるでしょうか、レストランは大賑わいで、合い席させてもらって座ることができましたが、去年はすいていました。ウィーン在住のご夫婦と話しがはずみ、隣のグリューナー・バウムは一見の価値がある超高級ホテルで、なかの様子を見物しがてらフロントでパンフレットをもらってきた。君たちも是非いってもらってきなさい。と強くすすめられました。ご夫婦はキャンピングカーで来ているという話でした。バート・ホーフガスタインを基地にしているとのことで、そちらもパート・ガスタインとはまた一味もふた味も違うのんびりした本当にいいところだよ、とこれまたとても強く勧められました。足が弱っているので、ここには毎日車で来て、少しずつのんびりと散歩を楽しんでいるのだそうです。




Gasthaus Reiterbauer
2012年8月18日撮影

ここからは Ankogel の山々がよく見えます。なかでも雪をかぶったように頭が白い山が目をひきます。ウェイトレスのお姉さんに、あの山はなんていう名前ですか、と尋ねると、「ちょっと待って、中で聞いてくる」
えええ、毎日ここで働いていて知らないのか、とちょっと不思議な気がしましたが、戻ってきた彼女によれば「Tischlerkarkees」だそうです。なんか、その言葉の響きが妙に心に残り、「ティシュラーカールケース」は忘れられない名前になりました。


2011年8月10日撮影 カメラを向けると、にっこりしてくれました



このとき注文したのは、今この写真から判断すれば、レスティだったように思われます。もう一つのお皿はクネーデルですが、たぶんソースは Eierschwammerl だったと思われます。
2011年8月10日撮影



食事に満足できたとき、こちらもにっこり嬉しそうにしてるんでしょうね、お皿を片づけにきたお姉さんに、「デザート Nachspeise を食べるか?」と聞かれて、「いりません」とは言えないじゃないですか。それゆえに、Apfelstrudel をいただくことになりました。
2011年8月10日撮影



このお姉さん、今年もいました。当たり前か。でも、ヨハンはシーズンだけ働いているアルバイトの娘さんだと思っていたので、今年も会えるとは思いもよらなかったのです。で、また撮影。今度はおすまし顔になりました。
2012年8月18日撮影




全日コース
バート・ガスタインからプロッサウへのハイキング

2011年は2泊の予定でバート・ガスタインを訪れ、二日目に前回ご紹介しましたトレッキングの予定を立てていましたから、到着した当日の午後は、夕方近くにホテルを出て、皇帝ヴィルヘルム・プロムナードを今回は先の方まで行ってみることにしようとでかけ、グリューナー・バウムまでやってきました。そのときにはすでにバスの最終も出ていくところでした。そんなことで帰りも同じ道を歩くつもりにして、ここで夕食をすましたのです。
ところが、目の前をグリューナー・バウム方面からハイキングを終えて戻ってくる人々がこの時間でもまだ結構います。これはきっとまだこの先からハイキングコースとしてはメインになるに違いないと、やがて再びザルツブルクに戻った時に山の本や地図を扱っている本屋さんで、さっそくバート・ガスタイン周辺の地図を買って日本に帰りました。

そんなことで今回は地図でこの先まだ5kmほどずっとケチャハタールのハイキングコースが続くことを確認し、予定に組み込みました。ゴールは谷が終わるところ、Prossau プロッサウという山小屋です。そこは標高1,278メートルです。グリューナー・バゥムからですと5kmでおよそ210メートルほどの上りなので気軽なハイキングコースだと勘違いしてしまいました。
5kmのうち、最初の3kmほどはほとんど渓流沿いにのんびり森の中を歩いていきます。最後の2kmほどになったところから急に上り坂が始まり、200メートルのアップはほとんど最後の2kmほどでこなさなくてはなりません。単純に計算しても10メートル進むごとに1メートル上がっていくのは、登山気分のかなりきつい坂道です。しかも最後はまたつんのめりそうなくらいの急坂がまっていました。( 実はこの日はすでに午前中にひとつ山を登ってきて、その続きとしてこちらにハイキングにやってきていたので、疲労はすでに相当なものになっていました )
このコース、バート・ガスタインから往復全部こなすと16km以上になりますから、ある程度時間的なゆとりと体力を覚悟して取り組む必要があります。

ただ、バート・ガスタインからグリューナー・バウムまでの間は一時間に1本バスが出ています ( ÖBB駅前から8時始発の毎時00分ごとにグリューナー・バウム行きが出て、帰りはグリューナー・バウムから毎時40分にバスが出て、17時40分の次が最終バスで、これは18時15分に出ます )。行きか帰りかにバスを利用すれば、それほど大変ではなくなります。

また、この公共バスに接続する形で、プライベートなバス ( ホテルの運営 ) がグリューナー・バウムとプロッサウの間を結んでいます。こちらはガスタイナー・カードは使えませんが、帰りにでも利用して、グリューナー・バウムで最終バスに乗り換えれば、ハイキングは片道だけで済ますことも可能です。プロッサウからの最終は17時発で、グリューナー・バウム発の公共最終バスに接続します。

今回、日本で計画しているときにネット検索でロザーリウムが Malerwinkel という言葉を見つけ、どうやらグリューナー・バウムから先しばらくの間が特にハイカーに人気のスポットだと分かりました。 Malerwinkel は直訳すれば「絵描きが題材にとりあげるような奥深い、鄙びた場所」ということでしょうか、ドイツにもあるようなので、Malerwinkel in Bad Gastein で検索するとケチャハタールがヒットします。

半日コースでやってくるときも、ホテル Grüner Baum を過ぎてしばらく行ったところから左手に橋を渡って、地元推奨のこの Malerwinkel だけは是非散歩の予定に加えることをお勧めします。



ホテル・グリューナー・バウム、町の喧騒を嫌ってこの地を訪れるお金持ちがのんびり、ゆったり過ごしそうな超高級ホテル。内庭がまるで Malerwinkel そのもの。一部は泊まり客でなくても入れますが、プールもあり、泊まり客のお客さんに迷惑にならないように肝心なところから先は入れなくなっていました。レストランも夏場はテラスにも設定されていました。さすがにね、隣のライターバウアーは座る席さえないほど混雑していましたが、ここでは優雅にお食事を楽しんでいらっしゃいます。
写真は2011年8月10日に撮影のものです



これも昨年撮影したものですが、バスの終点から先は、ホテルのプライベートバスか、この馬車がお客を運びます。ヨハンたちがグラウコーゲル・ロープウェイからバスに乗った時に車内にいらっしゃったご婦人が、御者に料金を確かめていらっしゃいました。ヨハンの耳にも聞こえたのですが、予想の範囲を超える金額だったので耳を素通りしていきました。定額は定額ですが、馬車一台の料金ではなくて、銘々一人の料金のように聞こえました。

次の写真からはケチャハタール、地元推奨の Malerwinkel のいくつか ( いずれも今回2012年8月18日に撮影したものです ) です



正面がティシュラーカールケース



上の写真の左下に見えているキリスト像。ここから Ankogel の山を背景にタールを撮影するのがベスト・ポイントのようです。



アルムに放牧されている牛はよく見かけますが、飼育されている豚は珍しい被写体です。
たて札があって「こぶた売ります」
よく見ると本当に生まれたばかりの子豚が何頭か母親の周りをうろうろしています。
誰かに買われて、飼育されるんでしょうか? 子豚は Spanferkel  として、都会のホテルでは大みそかに丸焼きされて出てきます。そうなる運命でないことを祈りました。
偽善者!!!!
脱線ついでに、インスブルックでは、さっき山でみかけた鹿 ( 種類が同じということですよ ) が、その日の夜のレストランのメニューとして出てきたので、「ごめんなさい」とお詫びして、結局いただきました。
やれ、やれ

グリューナー・バウムを出発して30分ほどでしょうか。事前の調査では知ることのなかった山小屋が見えてきました。地図で確認すると、Himmelwand、グリューナー・バウムから1.8kmほど、標高1,079mなので、ここまでほとんど上りのないのんびりしたハイキングコースです。まわりは広々としたタール。
去年の失敗に懲りたヨハンたちは、今回はしっかりと飲み物、食べ物を用意してきましたから、疲れていてもレストランに逃げ込むことなく、道端のベンチに腰をかけて休憩。午前一つ山登りをこなしてきた割りにはまだまだ余裕の世界でした。

ここから徐々に周りの山が迫ってきて、その分道も上り気味になっていき、森の中のハイキングとなります。

ゴールまで5kmというのがずっと頭にあったので、一時間ほど歩くと、さすがに一向に向かう先にゴールらしき気配もなく、くねくねと続く山道も、ますます急坂になっていくばかりで、焦ってきました。
向こうから戻ってくる人に「あとプロッサウまでどれくらいですか?」と聞くと、にっこり笑って「そうだなあ、たっぷり一時間はあるよ」 ― この gut eine Stunde という表現、疲れた体を直撃します。でも、ここで引き返しはできないし。

途中大きな地図看板があり、そこで確認してもやはり、まだ道のりの半分近くを残しているのかなと納得。
ここまでのルートは511で、すぐ近くに レートゼー Reedsee という山の上の湖に登っていくルート526の分岐が現れます。
あたりはもう川の水もしぶきをあげるほどになっています。

ここからまだ2km以上はあります。
はあはあ息をきらしながらあがっていくと向こうからさきほどの、バスで一緒だったご婦人の姿。「もうプロッサウまで行かれたんですか?」 と尋ねると、ここから先の坂道がとても大変なので途中であきらめて引き返してきたとのことでした。グリューナー・バウムから先は車両通行止めになっているのに、歩いているとときどき行きに帰りにホテルのプライベートバスが砂煙をあげながら走り抜けていきます。ご婦人の情報ではこのプライベートバス、一般客も乗せてくれるそうです。

でも、まだどう考えても30分は上りが続くと思われてきたころ、ヨハンは心のうちであきらめ予定を変えることに決めていました。予定ではプロッサウまで行って、帰りは同じ道を歩き、今回もまた去年と同じようにライターバウアーで夕飯するつもりでした。どうせ頑張ってももうグリューナー・バウムからの最終バスに間に合わないし、朝から山をずっと歩き続けてきた最後にこの急坂です。あきらめてプロッサウで夕食にすれば、休憩で疲れはとれるし、また帰りの8km、あとはバート・ガスタインのホテルに戻ればいいだけなので、なんとか歩けるだろう。そんな気持ちに切り替え、ゆったり、ゆったり山道をあがっていきました。

通常のぼりとなるとヨハンに輪をかけたようにペースを落として、なんだかんだ理由を見つけては道草をするロザーリウムなんですが、なんかの勘が働いたのでしょうか、もくもくと先をどんどん急ぎ足に登っていきます。
そして向こうから大声を張り上げています。
「バスの最終~~!」
どうやらいち早くゴールに到着したようです。
山歩きに出かけてくると、日本に戻って写真を整理しているときに、元気なうちはいいのですが、あるポイントから急にぱたりと撮影した写真の枚数が減っていることに気が付きます。本人の疲れが心から余裕を奪ってしまっているわけですね。( プロの山カメラマンはペースを落とすことなく歩きながら、なおかつプロとしてよく何百枚、何千枚とぱちぱち写真を撮り続けていかれるもんですね、そう考えるとテレビ番組なんかは、もっと重い機材を背負って、あるときははるかかなたから登っているキャスターを写したりしているのが、本当に超人技にしか思えません、まだまだ甘いぞヨハン!!! )

せっかくケチャハタールのどん詰まりまで歩いてきたのにまだ写真を撮っていませんでした。
あわてて、カメラを取り出し、Prossau の山小屋を撮影。



2012年8月18日撮影

手前にホテルバス、その横に馬車が見えています。
このとき17時。もう最終バスは出発寸前でした。ロザーリウムが必死に止めています。
最終バスでお客が満員でなかったから運ちゃんも待っていてくれました。
そして、ヨハンはまだこのとき多少未練がありましたが、山小屋の方もこの最終バスが出ると営業終了~♪となることを知り、つくづくときどき発揮されるロザーリウムの生き抜く勘のしぶとさに感動します。

発車したバスは、しかし、少し走っただけでストップ。乗客の一人が、小屋にストックを忘れた、とりに行くからここで待っててくれ、とバスを駆け下り、坂道を必死に駆けあがっていきます。おかげであとから来た馬車がバスを追い越していきます。でも、ストックを持ってお客が戻るとバスは出発。猛スピードで砂煙をあげて山を駆け下りていきます。

バスが山道を駆け下り、Himmelwand を過ぎた頃でしょうか、本日三度目、あのバスで一緒だったご婦人が歩いている傍らをホテルバスは通り抜けていきます。

かくして、余裕でグリューナー・バウムに到着。
ライターバウアーでの夕食という当初の予定通りとなり、バート・ガスタインに戻る最終バスを背中に感じながら、美味しい夕食を堪能いたしました。

最終バスの出た後の帰り路、またホテルまでヴィルヘルム・プロムナードを歩くことになりましたが、暮れなずんでいくケチャハタールのこの散歩道、疲れはもう増すこともなく、あたりの静寂にただただ癒されていきました。

2012/09/19 ヨハン