みんなの僧

24で僧侶になり54で住職になるまで夢や悩みを聞き続けて30年。

被災地を回られた御本尊

2011-04-09 16:00:28 | 日記
拙僧とともに被災地や避難所を回られた御本尊、阿弥陀如来さま。

御本尊を収めさせて頂く仏壇はタフだった。

拙僧もタフ体力の持ち主で昨日、馬淵首相補佐官と面会したあと夜中一時まで東京で用事をして、その後奈良に向かった。

奈良に九時に着き、大神神社の春季大祭をのぞいて次に橿原神宮に行き、その後、上忍の里に帰った次第。

途中仮眠は15分。

そして今は後片付けと 明日の法事の用意。。

ちなみに馬淵さんも休みはまったく無いとの事。
なににおいても気力を支える体力が要でアル。

首相補佐官を表敬訪問

2011-04-09 12:00:32 | 日記
奈良への途中、東京に立ち寄り、8日四時半頃馬淵首相補佐官を訪ねる。
被災地に赴く前に、供養と弔いに行って参りますと話していたので、現地の詳細報告と拙僧の感想をお伝えした。

出来る限りの事の一つ。

また、補佐官の秘書のOさんは宮城の女川の出身。知人や親戚を亡くされたので より詳しく話させて頂いた。

被災地の現実は現実とは思えない。

被災地のある男性が言われていた

「現実ではなくて夢であってほしいのよ!明日目が覚めたら、以前の普通の毎日になっていてほしいのよ!」

そう 思う……

南無観自在菩薩 帰って参りました。

2011-04-09 11:35:27 | 日記
3月31日930に里の寺を出て、本日4月9日1130に戻って参りました。総走行距離3027㎞

色んなデータや情報、書かなくてはいけない事、書き辛い事 いっぱいある。

記憶ロムから引きずり出しつつ ブログする。
みんなの僧は紛れもない浄土系宗派の僧侶であるが、東大寺お水取りの声明が大好きである。

中でもナムカンジィーザイ!と掛け合う声明は最高にenergy!

疲れた魂にファイトイッパーツ!みたいな
何時もナムカンジィーザイは拙僧を力づけてくれる。
3027㎞ 色々ありましたが無事でありました。

南無観自在菩薩

南無帰依法

南無帰依佛

南無阿弥陀佛

ご遺体安置所での法要 O小学校体育館にて

2011-04-09 09:00:55 | 日記
ご遺体安置所のあるO小学校の体育館に着いた。

S小学校とはまったく状況が違う。

騒然としている。

警察車両だけで20台近く駐車している。刑事さんの車や救急車を入れると40台以上がある。

どんどん救急車が到着し、ご遺体を運び込んでくる。
入り口を間違えてご遺体を洗浄し、納棺する所に入り込んでしまった。

あまりにご遺体を洗浄するのに集中して みんな拙僧に気づかない。

以前のブログで、納棺は葬儀屋さんのプロがする と言うのは間違いだった。
どんどんとご遺体が運び込まれてくるので、救急病棟のように忙しい。

遺体の腐敗を防ぐため 勿論暖房は無い。

テキパキと洗浄し、納棺する消防隊員や警察関係者の額からは汗が滴り落ちる。
テキパキと素早いが、一人一人のご遺体の扱いは 至極丁寧である。

この修羅場に及んでも 節度 礼節を忘れずにいる日本人は素晴らしいと感じた。
「あっ!スイマセン!僧侶さんはあちらへ!」

と隊員が拙僧に気づき、入り口を教えてもらった。
体育館をぐるっと周り、体育館の正門についた。

中に入る。S小学校とは違う。まったく違う。

まさに修羅場だ。ご遺体は何百とある。市役所職員・警察関係者・消防隊員がひっきりなしに出入りする。
ご遺体の身内の方々だろうか?数人連れで何組もやってこられる。

安置所だけど安らかではなかった。

拙僧が居た一時間あまりで数人のご遺体が運び込まれてきた。

市役所の職員さんに、安置所に来た理由を告げ法要をしようとするが、体育館内が騒然としていて読経するのは場違いだ。

まだまだこの体育館では緊急事態が進行し、続いているのだった。

体育館入り口から体育館内へ続くエントランスに 焼香台や燭台があり、曲がりなりに法要は出来そうだ。
皆さんの任務や業務に差し支えないように 配置や声の大きさ、所作等に気を配り、S小学校と式次は同じく進行した。

読経を始めても、ひっきりなしに警察官は出入りする。通常なら気になるが、場所が場所だし、何より事態が事態なのだ。

読経してる内に修羅場の喧騒は聞こえなくなり、S小学校と同じく 次元の違う集中力を持って 供養とお弔いの法要をした。

法要は終わったが、一人一人のご遺体への お声掛けしないと何かが届かないような気がして、許可を取り お声掛けを始めた。

回り始めると こちらのご遺体には 家族や親族に身元が分かるように 発見された時の持ち物と共にその時の顔写真が貼ってある。
絶句した。

中には半身だけのご遺体もある。

言葉を失う。

気を振り絞って お一人お一人に供養・弔いの念仏を手向けさせて頂く。

顔写真の表情は、個性の差はなく 不思議にも一緒であった。

残念 無念 と 恐怖 慟哭そして諦め。

しかと心に刻み込んで ご遺体、ご遺体にお声掛けしてまわる。

最後のご遺体にお声掛けし終わった時には、忙しく慌ただしく動いていらっしゃった警察官の方々や消防隊員の人々が 深々と挨拶をしてくださった。

「こちらこそ」

南無帰依法

南無帰依佛

南無阿弥陀佛