日々の思い

日常の出来事、思いを書き続けて、自分を見つめて行きたいと思っています。

晩秋の宇治田原

2016-11-19 08:21:41 | 日記
「すると彼は言った、『あのかたが罪人であるかどうか、わたしは知りません。ただ一つのことだけ知っています。わたしは盲人であったが、今は見えるということです』。」ヨハネ9:25



天気予報を見て17日の方が良いと解りながらも16日に久し振りに宇治田原へ行きました。やはり霧は無いです。なかなか自分の思う日には何かと用事で行けないものです。でも行けた事に感謝しなきゃ。



早朝ですから日の出はまだで、柿や木に光が当たらないと駄目ですね。



ススキは今や見頃です。至る所にありました。



毎度毎度の場所です。この納屋も今に壊れるか、取り壊される運命でしょう。ポイントになり大事な納屋ですから。そういった納屋が他所で2件無くなりました。また高速道路の工事が始まって益々田原も様変わりしますから、撮っておかねば。



この場所もよくお世話になったものです。宇治田原ももっと違った場所に良い被写体があるでしょうが、どうしても同じ場所に来てしまいます。



この一帯はお茶も柿も多いので御贔屓ではありますが、反対側は手入れされなくなりました。残念。

上の言葉
イエス様によって見えない目を癒してもらった人の言葉ですが、とても力があります。この言葉が知識や伝聞ではなく、自分の身に起こった紛れもない事実を語っているからです。私達の信仰の弱さはイエス様を実験体得していないからです。盲人であった彼はその障害のゆえにイエス様に触れ、主を自分のものとしました。(KE)

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