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うざね博士のブログ

緑の仕事を営むかたわら、赤裸々、かつ言いたい放題のうざね博士の日記。ユニークなH・Pも開設。

秋艸道人の和歌--ろ

2007年05月03日 06時18分32秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ

      はつなつの
        かぜとなりぬと
            みほとけは
       をゆびの
         うれに
           ほのしらすらし

     會津八一:南京新唱

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秋艸道人の和歌--い

2007年05月02日 06時15分38秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ

       おほてらの
         まろき
          はしらの
           つき
            うけを
       つちにふみつつ
        ものを
          こそおもへ

     會津八一:南京新唱(自詠自書色紙「唐招提寺にて」)
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楡周平の本を

2007年04月29日 07時35分14秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ
今日は連休の2日目、天気は晴れ、野外は青葉繁れる爽快な季節。
 この期間、核家族の若い夫婦の家庭は大変だ。あっちこっちへ家族サービスで忙しい。今の家庭は子供中心だからだ。
 世間はそのようである。うら悲しいおじさんはどうするか。その辺を一人うろちょろするか、金もないし相手もいないし。
 あるいは、猫の額ほどの庭に出て草木の様子をながめるか。蠢きはじめた小さな虫たちを観察するか。そろそろ蝶々もトンボも来ている。それとも、のんびりベッドに横たわりながら、近所の生活音にまぎれつつも野鳥の鳴き声に耳をそばだてて、合い間の静寂を楽しもうとするか。 
 前文同様にして、以下もよしなしごとを綴る。

 ここでわたしの読書傾向とはかけはなれるが、ミステリー作家を紹介する。
 楡周平と言う作家である。今日の讀賣新聞、‘本よみうり堂’著者来店にインタビュー記事が掲載されている。「陪審法廷」(講談社・¥1,700.)という新作である。楡周平は1996年に国際謀略小説でデビューしそれ以来、今までプライベートは伏せてきていたのだが、この記事では意外なことに顔写真入りだ。以前、「週刊新潮(?)」に家電流通業界の小説を連載していた。
 経歴では、父親は外国船員で慶応大学を卒業後、外資系の会社に勤めたとある。

 わたしの育った田舎は山峡の町であり、当時は人口一万八千人程度の炭焼き・養蚕・葉タバコ(松川葉)・ササニシキの稲作で生計を立てる純然たる専業農家の集落になる。現在はJR線で東北本線と大船渡線の中間に位置し、あのフカヒレで有名になった遠洋魚業の宮城県気仙沼港と、どちらにも今ではクルマで大体30分以内で行ける。
 情けない話になるのだが、わが町の昨今は、最近の新聞・週刊誌にも取り上げられ財政破綻の町として県内外で知られてしまった、そしてそれを理由に昨年の一関市との合併時にもはじかれた。
 それでも県立高校があり、初期の頃は普通科に加えて全国でも珍しいタバコ科を設置し最盛期には全校生徒300人余りの規模であった。(わたしたちの在校時代、日本一小さな高校と言われた)しかし時代の流れで来年3月を期し近所の高校に統合が完了。つまり、母校がなくなるのだ。
 世の中は変わるもの、人生は様々、所詮人間は勝手な生きもの、喜怒哀楽のうち、良いことは覚えておくことにして悪いことはすぐ忘れるようにしよう。

 実は、楡周平がこの高校の出身になる。わたしの数年、後輩にあたる。むろん、全然分野が違うので、面識はない。
 まあ、その世界ではベストセラー作家であり、なにかの機会で書店に立ち寄ったら、店先で平積みしていると思われるので手にとって見てください。
    
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春雷

2007年04月05日 06時36分03秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ
 
 
 4月4日。今日は昨日までと打って変わって、肌寒い。季節は変わり目。あしたは二十四節気で言えば“清明”。一年の内では世間と人事は変わりっぱなであり、時候はいまだ三寒四温の頃合いである。
 五時をまわるとそろそろうす暗くなってくる。雲行きが怪しい。来るな、来るなと思う間にしとしとと小雨になる。間歇的にどどっー、とにわか雨になった。やがて小降りになる。
 そのもの静かな合い間を縫うようにして、どどーんどしーん、どしーんと、と雷鳴が響く。2階の道路側に面した小窓は机と一緒になって小さく振動する。
 わたしは、この頃、ミニ書斎の簡素な机に向かって文章をまとめたり考え事をしている。だが、もやもやした頭も少しはメリハリがついた気がする。
 そうかそうか、これからは活発な季節だなあ。あれやこれや、自分にはこれしかないこれしかできない、などと考えているとなんだか消極的になってしまう。小さくまとまってしまう。交友範囲が狭くなってしまう。
 それでは駄目だ。

 これからは若葉萌えいずる浅黄の時季、青葉繁れる深緑の時節、とそんなふうにして生きとし生けるもの、森羅万象が一瀉千里に移りゆく。
 そういえば、今度の休みには満開だろうから“吉高の大桜”を見に行こう。
    
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青春残酷物語

2007年04月04日 01時31分04秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ
 
  ♪貴方だけには言えない事がある
    それは死ぬまで言わない
    鳴り響くベルに消される
    窓越しの貴方のさよならの言葉
    傷つくことに気付かないままに
    暮らし続けたあの頃は
    今にして思えば楽しかったものね
    私は夢を追えないで
    一人今汽車にのる
    貴方は何も知らないままで
    この駅に立たずんでいる
    青春はいつも残酷なほどに
    美しいドラマの幕を下ろしてゆく
    
    体に宿した小さな
    貴方の命を抱きしめて見つめる
   貴方だけには言えない事がある
    それは死んでも言わない
     少年のかげりをの残したまま

    (作詞・作曲:谷村新司)
    
 いきなり歌詞を記したが、曲名は‘青春残酷物語’と言う。かつての松竹映画、大島渚監督のものとは異なる。あまり知られずにいる歌だ。
 わたしが天王州アイル内の会社に勤めていた頃に、業務部門を充実させようと職安に求人をかけたら応募してきた中年女性がいた。新入りだからと、食事に誘い、カラオケに行った時に彼女が歌った曲だ。海外旅行が好きで歳は40過ぎで独身、面接、採用はわたしがおこなったのだが、結果として仕事も出来ず、性格が好ましくなく配属替えもしたのだが1,2年しか在籍しなかったと思う。結果的に、わたしに女性を見る目がないことになり、しばらく自己嫌悪に陥った筈である。

 そのときに彼女が歌ったのがこれだ。そのとき彼女はぶっきらぼうに、これは谷村新司のそうあって欲しい願いを表現したもの、と言ったのでわたしは内心エッと感じた記憶がある。振り返ると、あれはむしろ彼女の未熟な恋愛経験をあらわしたものと思うのだ。
 ともあれ、谷村新司には雄大なもの、雄々しいもの、センチメンタルなもの、旅情ものなどがあるが、これは意外なジャンルだ。
    
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追憶の北海道・十勝川モール温泉

2007年04月02日 02時36分22秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ

 ふりかえると、わたしにとって初めての北海道旅行は平成5年の5月である。
 道東、帯広市にある‘真鍋庭園’へ北方樹木とコニファー(球果樹木)を見学に行ったときになる。それはお客様の建築設計事務所、S氏を同伴してのもの。当時、担当していた《天王州アイルプロジュクト》関連の業務上の出張になる。全体として、こういう道行きは熊本2回、島根・岡山と和歌山の各1回、北海道2回に及ぶ。

 真鍋庭園の広い苗畑の一角には北国のモデル庭園をしつらえてある。季節は、内地から一ヶ月以上も遅い新緑が芽吹きエゾヤマザクラが満開の頃。ここでは日本の長野県の上高地と、敷地に接して流れる札内川河畔にしかない珍しいケショウヤナギ原生林も見た。
 S氏とは二人連れで、わたしにとってとても気の会うひとまわり上の先輩だ。いつも坊主頭で小柄なおとなしい性格、と言えるかもしれない。凛とした個性、わたしには上品な気持ちのいい人に感じられていた。生涯独身主義を貫いた。
 明日は札幌市内のホテルに宿泊予定。
 一日目は音更町の十勝川モール温泉の‘観月苑’に宿泊する。当時は夕食後、ホテル内のカラオケスナックに繰り出すのが常であった。その夜もいろいろ盛り上がり、中盤ほどにS氏が聞きなれない歌を歌った。八代亜紀の<花束(ブーケ)>である。

  
 ♪ひとり暮らしに慣れたのに
  愛も気にせず生きたのに
  罪な心が届けられ
  わたし女を思い出す

  こんなキザなことは
  あなたに違いない
  郵便受けにブーケを
  さして帰るなんて
  何を話すつもり
  あなたがわからない
  死んでもいいと泣くほど
  つらくさせておいて
  ひとり暮らしに慣れたのに
  愛も気にせず生きたのに
  罪な心が届けられ
  わたし女を思い出す

  時の流れだけが

   (作詞:阿久悠  作曲:服部克久)

 わたしには初めて聞く歌だ。八代亜紀のあの演歌調とはメロディがまったくちがいフォークぽいしっとりした曲だ。やたらだだ広い宴会場じみたスナックで、その女心の歌詞をSさんは澄んだ声で可憐に歌う。立教大学を出てすぐに志を立て直し東京農大農学部造園学科に学士入学、一度郷里の福岡で土木コンサルタントを自営していたらしい。所属の建築設計事務所のなかでは識見を持ち一目おかれた存在であった。

 わたしは41歳の生意気盛り、S氏はその4年後の一月に「死にたくない、死にたくない」と痛みを訴えながら病死した。
             
 
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ところで、あなたは何者?

2007年02月17日 09時15分48秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ

 先日、都内K駅前のカラオケに行った。わたしにとって久々のことだ。
 歌った曲は世代年代を飛び越えて、
 親父(オドウ)  白い一日  わかってください  時代遅れ  君を忘れない
 津軽のふるさと  銀の雨  男と女の欠片  天城越え  今は幸せかい
 君恋し  海は恋してる  津軽平野  サルビアの花  赤いハンカチ
 雪国  昴  花水木  天使の誘惑
 と、19曲を無差別に歌った。
 ほぼこの順番で料金は中ジョッキ5杯とつまみで、〆て¥5,100。若い男
 性と二人きりである。彼は歌は達者で7曲位。午後5時半から2時間きっ
 ちりであった。

 三年と半年前の6月の中旬に、費用は27,000円、ボランティア“自
 然体験活動リーダー養成講座”に二泊三日の日程で参加した。場所は南
 房総の山中の清澄山近くの三島湖という小さな湖畔の国民宿舎である。3
 0人弱の参加者の顔ぶれは、20代の大学生の男性女性、フリーターと3
 0から40歳ぐらいの若いお父さんと行政の関係で市役所の公務員であっ
 たが、なんといっても多かったのが60歳以上の現役をリタイアしたおじ
 さんと、おばさんである。
 ところが非常に残念なことに、わたしの年代はいなかった。

 2班に分かれて宿舎と周辺のフィールドを行動するのだが、わたしの班の
 インタープリターは千葉大大学院を卒業したばかりの25,6歳位の若い
 女性でありキヨスミミツバツツジの研究をしていた。現地で彼女と色々と
 話が弾み、歩きながら林床・シダを観察していく。
 そこで、どうもわたしは植生・植物に詳しいことがメンバーに知れ渡った。
 しょうがない。あげくにはその期間、先生役を装うことになった。
 しかし、メンバーの中に70歳近くのその場で竹細工をつくりあげる大変
 器用な人がいた。鎌ヶ谷市のリクレーション協会で既に一生懸命に社会ボ
 ランティア活動をしているそうだ。山々の林道沿いで、その方と色々と植
 物、世間話をしていたのだが、そこで忘れられない言葉を言われたのであ
 る。「あんたは一体、何者?」

 カラオケの選曲も、実はそうである。年齢不詳、性別不問、正体不明。流
 行も世代も関係ない。聞きたいから歌うのであって上手下手は関係ない。
 ちなみに、今、覚えたい曲は細川たかしの‘望郷じょんから’と夏川りみ
 の‘涙そうそう’である。

 キヨスミミツバツツジ:日本の植物希少種。千葉県の清澄山にしか生育して
 いない。
               

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「夢を与える」綿矢りさ、を読んで

2007年02月10日 09時06分15秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ

  わたしの関係する会社に、早稲田大学の教育学部時代の綿矢りささんの同
 級生がいて、その彼がどうぞといって貸してくれた小説「夢を与える」を読
 んだ。(河出書房新社‘文藝・2006 winter’)
  原稿用紙500枚。まず「インストール」で文藝賞をとり、次ぎに「蹴り
 たい背中」で芥川賞を受賞以来の3年と半年後の第一作だそうである。
  その23歳の知人はわたしが若い頃に文学青年であったことを知り、親し
 い綿矢りささんの小説の出来具合を案じていたものらしい。
  わたしにとって、無論、彼女の小説は初めて読む。
 
  他の読みかけの本を放っぽりだし、通勤電車の中で三日間かけて昨日で読
 み終えた。
  最初は使う言葉に日本語らしい語感が感じられず修飾の少ない硬質の文章
 に辟易していて、無理もない文章修行も人生経験(?)も少ないし1、2度
 やめようかと思っていたのだが徐々に引き込まれた。終わり方に完成度を感
 じたが、ややしなやかに剄い文体に新しい境地を展開できるのかなあという
 可能性を思う。
  もともと、小説というフィクションを創作する意志の強靭さは持ち合わせ
 ているらしくそれは頼もしく思う。なぜなら、これが才能にとって一番必要
 なファクターであるから。
  題材に通俗性が感じられるものの、この人はストーリーテラーに独創性を
 見出していくべきなのか、古い例で恐縮ものだが、たとえばイギリスのサマ
 セット・モームのように。
  小説の売れ具合にもよるが、これはいずれ映画化されそうな予感を感じる。


  どうも忌憚なく書いてしまったようだ、おじさんはいやですねえ。


  
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いまだ暗い休出予定の朝に・・・・・イ⑥

2006年11月18日 05時47分21秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ

  ・霜田辺り 幽玄の地へ 朝日出づ

  初雪をJR線車中より見る
  ・眼蓋に星とびて ま白き一面田舎にぞ似る

  これで過去の句集からの採録が終わります。次回以降は映画、読書を題材に
  でもテーマにしていく予定である。

  今回のおすすめの映画はクリント・イーストウッド監督の硫黄島2部作。
  ‘父親たちの星条旗’と‘硫黄島からの手紙’である、まだ見ないうちから
  推薦しておきます。たとえようもない最大の悲劇である戦争をあつかってい
  る。人間がこれでもかこれでもかというふうにバタバタ死んでいきます。
  人間の人間たる所以は何か?

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高台寺、醍醐寺三宝院をめぐって・・・・・イ⑤

2006年11月12日 05時50分24秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ

  11月9日、思わぬ機会を得て京都の庭園に行った。大阪出張の帰りの午後、
  定期観光バスに乗り、紅葉はいまだしの曇り空のなかである。
  実は、京都の庭園めぐりは今まで封印していた。

  ・ねね殿は 堰月池になにを見む

  数年前のライトアップ時の情景を思い出して詠む
  ・こおろぎの音 夜のとばり落ちて 心騒ぐ


  ・音なしの 朽ち葉を踏みつ 醍醐の春

  ・鶴亀のにわ このようにして過ぐ三宝院
  
  ・凶事を 小春日和の地に念じる哉

  
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立冬をむかえつつ・・・・・イ④

2006年11月07日 04時59分57秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ
 
 中国・昆明市の街はずれ
  ・物売りの声ども避けつ 母想う

  上海にて  
  ・銀輪らがこすれ合って進めり 鈴懸の路
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立冬をむかえつつ・・・・・イ③

2006年11月06日 04時55分03秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ
  
  近江、三井寺にて
  ・散り紅葉 遠きより来て園城寺

  ・鈍色に雨中の一閃 頭を垂れて秋の宵

  地区運動会にて
  ・白線へ子供らのたぎりたつ 桜紅葉

  旅先での回想、日常生活でのよしなしごとを文にのせて吐露することを覚
  えているわたしは、もしかしたらそれだけでしあわせなのかと述懐する。

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立冬をむかえつつ・・・・・イ②

2006年11月05日 06時19分35秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ

  もうすぐ立冬だ。過去の句集の秋の作品がたまっている。10月に更新を怠
  ったせいだが、森羅万象、季節は移りゆく。これからは面倒だから時系列に
  そろえて数回にわけてUPしていく。
  まずは、平成3年と4年の作。
  年の頃40歳の初めか、仕事も人生も脂ののりはじめた頃、孤軍奮闘と言え
  ば上品過ぎるが思い込みと思い過ごしを感じて、今にしては失笑の内容であ
  る。

  ・硝子戸越し 木の葉ざわめき栗を剥く

  JR錦糸町駅周辺にて
  ・秋濃くセイタカの野に山羊二匹
 
  JR新検見川駅構内にて
  ・駅階段駈けのぼり来て 厚物咲 

  ・秋冷えにわかってなるかと口を噤ぎ
               小道を往きつ遠き黒山

  ・ホテル出て妙に胸騒ぎ 駅の雑踏
           人の背を晴れがましきと申し訳なく思う

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雑詠・・・・・イ①

2006年11月03日 17時19分54秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ
 
  以下は、勤務に出る途次に想が湧きその都度メモしたもの。なかなかいい
  具合にはまとまらない。それにしても季節は正直に変わっていく。自然の
  摂理ではあろうが。

  大阪出張へ、
  ・重ね着し 尾花にすり寄る昏き朝
 
  ・朝霧に 急く足浮いて 夏ズボン

  秋寒の車中にて、
  ・山の端に朝日引きつれ 冷えし膝


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昔の友人・・・・・⑳

2006年10月10日 04時57分14秒 | 俳句・短歌、またはエッセイ

  福島の友人を訪ねて
  ・機織りの音 酔いつつきく秋霖

  ・山間の 物の音に猪口を交わす

  18で上京以来の知人、その後会っていない。どうしているか、Sさんは
  このときはまだ結婚前で無性に寂しがっていたので、飲み屋で二人でマイ
  クを持ち騒いだものだ。カラオケも流行り初めの頃。
  さてさて、思えば色々な人生行路であったものである。

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