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インマヌエル宇都宮基督教会牧師 山田 隆・勢津子
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牧師・礼拝説教(要約)

2018年05月07日 05時31分00秒 | メッセージ
【先週の礼拝説教回想】4月29日
・説教者  山田 隆牧師
・引照聖句 ヨハネの福音書12章44~50節
・説教題  世のさばきではなく救い
▼47節「だれかが、わたしのことばを聞いてそれを守らない者がいても、わたしはその人をさばきません。わたしが来たのは世をさばくためではなく、世を救うためだからです」。
 聖書は、人の罪を暴き、罪を宣告し、断罪するので、いやだ、という人が多いと思います。しかしそうではないことを、今読んだ個所からお分かりのことと存じます。
◎キリストご自身、人々の罪の責め苦を人に変わって断罪され、十字架において血の値を払い、命をかけてくださいましたから、悔い改めて信じれば赦され救われることとなりました。
 このところ、世でも地位の高い人、大衆に知られて感化を与えている人が、女性に対してセクハラ行為で週刊誌や新聞などで暴かれ、涙ながらにお詫びし、その地位を辞すことが目立っています。世にこれらのことが溢れているのではないかと懸念させられます。
 主イエスは「色情を持って女を見る者は、姦淫を犯したことになる」と語られました。半分以上は女性が人間社会を占めていますが、これを一つとっても人は罪深い者です。ですから、余程しっかりした心と精神を持って、キリスト者は自戒しなければならないことを示します。神を内側と外側でどんな時にも持つものでなければ、汚れて罪深いことになります。
◎律法学者とパリサイ人が、姦淫の女を現場から捕えて、キリストの前に引き出し、律法を引き合いに、この女に石を投げうちして殺すべきかを問いました。主は「あなたがの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げなさい」と言われた。この人たちは良心に恥じて去りました。女と主イエスのみを残して去りました。主は女をたしなめ、罰せず、再びするなと言い渡して去られました。
 自らと人々の罪の心や経歴を知ったら、どんなに人は罪深く、汚れているかが鮮明にされます。男性ばかりでなく女性も変わりないはずです。
◎主はこの女に、わたしも罰しません、これからは、決して罪を犯してはなりませんと仰せられました。
 主は罰より赦しを好まれます。神と聖書のことばの取り違いを警戒しましょう。私たちの深い罪のために十字架にかかられたのは、私たち一人一人の罪を贖って、それを知って悔い改めて救われる道を開いておられることです。悔い改めて再びしない者と変えられて。
▼神は罰するよりも赦しを好まれます。

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