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インマヌエル宇都宮基督教会牧師 山田 隆・勢津子
 TEL 028-621-8661 ※24時間対応しております

牧師・エッセイ 

2016年12月04日 15時53分57秒 | メッセージ
『主はまた、しもべダビデを選び、羊のおりから彼を召し、 乳を飲ませる雌羊の番から彼を連れて来て、御民ヤコブとご自分のものであるイスラエルを牧するようにされた。彼は、正しい心で彼らを牧し、英知の手で彼らを導いた』(詩篇78篇71、72節) 

祈 り
☆いよいよ最後の月、師走。クリスマスの待降節を迎えております。イエス・キリストの誕生に思いをめぐらせ、敬虔と喜び、感謝と讃美の時を過ごしましょう。
 この季は家族や友人、知人や隣人を、この際は去っている方々を回復に導く好機でもありましょう。
▼12月25日の聖日に、洗礼を受ける方がありますように、主に祈ってまいりましょう。
▼表通り駐車場にクリスマス案内板が掲げられました。
▼教団関係の出版物が届いております。

♪今週半ばの集会♪
12月 7日(水)三浦綾子読書会「塩狩峠」10:30~ とちぎ福祉プラザ
12月 8日(木)ミニチャーチ集会    13:30~
12月10日 (土)公園CS      15:00~ ニュー富士見ヶ丘2号児童公園
12月8日の集会の場所については教会にお問い合わせください。
☎028(621)8661

ガーデンスポット
落葉   山茶花

教会学校金言☞ 『すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。』(ヨハネの福音書1章9節)  マリヤの信仰から学び、救い主の誕生はすべての人のため、また自分のためであることを学びました。


次聖日の礼拝説教   マタイの福音書2章16節~23節「殺意の中の聖誕と成育」
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牧師・今月のことば 12月

2016年12月01日 08時25分54秒 | メッセージ
今月のことば
牧者の広場 2016年12月
「 あなたが私たちを悩まされた日々と、私たちがわざわいに会った年々に応じて、私たちを楽しませてください。あなたのみわざをあなたのしもべらに、あなたの威光を彼らの子らに見せてください。私たちの神、主のご慈愛が私たちの上にありますように。そして、私たちの手のわざを確かなものにしてください。どうか、私たちの手のわざを確かなものにしてください。」
【旧約聖書詩篇90篇15~17節】

今年も世は、犯罪が一段と低俗で普遍化してしまったと思われます。12月に入り紅葉は、所によって深紅で豪華な装いをして最後を飾ってくれた。人の生涯もこれに等しいのではないか。少なくとも肉体の外観ぐらいは美しくなれないものだろうかと願ったりした。
 人の場合は、肉体は土になってしまうが、霊は永存し神の裁きがあることを覚えなければなりません。魂は消えることがなければ、その責め苦はなんと耐え難いものでしょう。
 キリストの人としての来臨は、人の霊と肉体を罪から救い、神の子とするためでした。今日も、この瞬間も「御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つため」(ヨハネの福音書3章16節) 死んで滅びることと、自ら滅びの人生をたどることとの大きな違いを思いましょう。
 神と人との最大の素晴らしいプレゼントは、御子を信じて永遠のいのちをもつことです。

宗教法人 インマヌエル宇都宮キリスト教会   牧師 山田 隆
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牧師・余白余録

2016年11月30日 06時54分10秒 | メッセージ
  本田弘慈著「キリストの愛の奥義」4章:敬虔の奥義の一部から
「男性を知らぬ純潔のマリヤに、神の霊によって救い主が受胎し、誕生された。これは、今日間でキリストを信じられない人々の大きなつまずきとなっています。
 しかし、それに応答することが『敬虔の奥義』であると言えるでしょう。夫婦生活なくして、神を敬い、畏れ祈り深くあったマリヤに、神の霊によってキリストが宿られたことは驚くべきことです。けれども、それは決して不思議なことではなく、全能の神においては十分に可能なことであり、奥義として当然信じ、受け入れられることではないでしょうか。これをパウロは先のみことばで秘儀また奥義として私たちに示しました。
 神が人類を罪より贖うためには、罪のない、罪の遺伝をもたない神の御子の誕生が必要でした。旧約時代において、神のささげものになる牛や羊はいつも無傷でなければなりませんでした。それは罪深い傷だらけの人間の罪を贖うためには、純真で無傷のものでならなかったからです。ですから、アダム以来の人間の罪の遺伝子をもっている者であっては、人間の贖罪にはふさわしくなかったのです。無傷で純白な人こそ必要でした。神以外に罪のない者はありません。それで、神の御子の誕生が必要であったのです。そのために、神はご自分のひとり子イエス・キリストを惜しまずに私たちにお与えくださいました。それは贖罪愛によるものでした」。
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牧師・礼拝内容

2016年11月28日 04時49分40秒 | メッセージ
【先週の礼拝内容】 11月20日
■国外局による
ビデオ宣教報告会
■聖餐式
聖書朗読、司会者(マタイの福音書24章31~42節)
「人の子は大きなラッパの響きとともに、御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで、四方からその選びの民を集めます。いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。
そのように、これらのことのすべてを見たら、あなたがたは、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。
まことに、あなたがたに告げます。これらのことが全部起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません。
この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。
ただし、その日、その時がいつであるかは、だれも知りません。天の御使いたちも子も知りません。ただ父だけが知っておられます。
人の子が来るのは、ちょうど、ノアの日のようだからです。
洪水前の日々は、ノアが箱舟にはいるその日まで、人々は、飲んだり、食べたり、めとったり、とついだりしていました。
そして、洪水が来てすべての物をさらってしまうまで、彼らはわからなかったのです。人の子が来るのも、そのとおりです。…」

聖餐式:その一部 祈祷:式文
 
天の父、全能の神様、私どもは今から、御子イエス・キリストの命じられた聖餐の礼典に与り、主イエス・キリストの私どものための御苦しみを記憶し、新しい信仰を抱いて、自らをその贖いにつなぎ、献身を更新しようとしています。いま、聖霊の光に照らされ、すべての罪を悔い改め、十字架の救いを信じ、御子イエスの血の力を仰ぎつつ聖前にいる私どもを憐れみ、キリストの御体と御血に与らせてください。聖前にあるこのパンとぶどうの液を聖別し、これらが信仰をもって受ける私たちの霊肉のために用いられますように、お願いします。そして、主の御再臨のその日まで、心を傾けて福音のために尽くす者となりますよう、主イエス・キリストの御名によって、感謝とともにお願いいたします。アーメン
分餐
賛美
祈祷


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牧師・エッセイ 

2016年11月27日 15時51分57秒 | メッセージ
『私たちは、あなたに感謝します。神よ。私たちは感謝します。御名は、近くにあり、人々は、あなたの奇しいわざを語り告げます。』(詩篇75篇1節)

祈 り
☆本聖日よりアドベント(待降節)です。聖誕の祝福を味わいましょう。洗礼者が起こされますように。
☆クリスマス用チラシが用意されております。
☆例年の飾り付けがなされました。
☆インマヌエルリーフは豊郷台団地で今年は終了しています。近隣の来会者が主によって備えられますように。
☆正門の2本の支柱のペンキ塗り補修を主牧従事。
☆栃木県は風邪が流行っている由。日常の手洗い、うがいなどを心がけましょう。予防注射も。

♪今週半ばの集会♪
11月29日(火)三浦綾子読書会「塩狩峠」『藻岩山』13:30~
豊郷地区市民センター(学習室3)
12月 3日 (土)公園CS      15:00~ ニュー富士見ヶ丘2号児童公園
☎028(621)8661

ガーデンスポット
紅葉  落ち葉
 

教会学校金言☞ 『彼は光ではなかった。ただ光についてあかしするために来たのである。』(ヨハネの福音書1章8節)  救い主イエスを「光」と認識しクリスマスを迎える心の準備を始めることを学びました。

次聖日の礼拝説教   創世記1章27節~2章3節「非常によかった神の創造」
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牧師・三浦綾子読書会(要約)教会

2016年11月24日 04時43分07秒 | メッセージ
・とりなしの祈祷、健康の戦いの中にある兄弟姉妹のために
・読んだ著書の箇所:「道ありき」(十七)前川正へ三浦綾子の手紙のくだり
「私は、ヴァンプという私へのレッテルを別に否定はいたしません。特別美しくもなく、賢くもない、何の取り柄もない女が、いつも何人かの男性と交際していれば、そういわれても仕方がないんです。でも、私の血の中に、ただ一滴の男性の血も流れていないことを、不思議な哀しさで思います。だれかに肉体の全てを捧げていたとしたら、『私は聖女よ。ヴァンプではないわ』と、言ったかもしれません。わかって?正さん。
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牧師・ミニチャーチ集会(兼祈祷会)(要約)

2016年11月22日 05時10分35秒 | メッセージ
・祈りの諸課題の祈祷
・聖書:主牧 ヘブル人への手紙12章14~16節
「すべての人との平和を追い求め、また、聖められることを追い求めなさい。聖くなければ、だれも主を見ることができません。」
多くの罪や、試みや苦難の中で、キリスト者は試され、造られてまいります。そこで、人々への愛や同情、助けが喜んでできるようになるものです。主と兄弟に愛された皆様はそのような人に違いありません。さらにもっと円熟させていただきましょう。
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牧師・礼拝説教(要約)

2016年11月21日 05時32分53秒 | メッセージ
【先週の礼拝説教回想】 11月13日
・説教者 山田 隆牧師
・引照聖句 テモテ第二の手紙3章13~17節
・説教題  「学んで確信したところに」
▼このテモテへの手紙の背景
 67年頃、ローマの獄中から信仰に導きパウロの伝道旅行にも付き添ったりして今はエペソの教会を託されている愛弟子テモテに、最後の手紙として書き送ったのです。個人的色彩の濃い内容です。個人的な要件を依頼しています。
▼3章は、終りの日についての警告が書かれています。伝道と教会を建て上げ、牧会していくことは、苦難の連続で、10~13節、「しかし、あなたは、私の教え、行動、計画、信仰、寛容、愛、忍耐に、 またアンテオケ、イコニオム、ルステラで私にふりかかった迫害や苦難にも、よくついて来てくれました。何というひどい迫害に私は耐えて来たことでしょう。しかし、主はいっさいのことから私を救い出してくださいました。 確かに、キリスト・イエスにあって敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受けます。しかし、悪人や詐欺師たちは、だましたりだまされたりしながら、ますます悪に落ちて行くのです。」
▼本題、14節「けれどもあなたは、学んで確信したところにとどまっていなさい」です。
 そのことを考え証しているのは、次の二ヶ節に含まれているのです。聖書の教えと証しです。聖書とそれに生きた主イエスと、聖徒に倣うことです。
 ある手引書のヘブル人への手紙にはクリスチャンに対する五つ(または六つ)の警告があって、「無関心、頑固、不信仰、停滞、後退、不潔を警戒しなければなりません。しかし、これらのものからも、『完全に救うことがおできになる』(7:25)全き救いがおることを感謝しましょう」とあります。
 やがてお互い天に召されて、神と聖徒の前に証しされることになります。自分も他の仲間も救われ、全うされなければなりません。
▼ですから、今も、これからも、本日の章14節「学んで確信したところにとどまっていなさい」となります。


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牧師・エッセイ 

2016年11月20日 15時28分38秒 | メッセージ
『あなたの山鳩のいのちを獣に引き渡さないでください。あなたの悩む者たちのいのちを永久に忘れないでください。』(詩篇74篇19節)

祈 り
☆来週日曜日からアドベント(待降節)に入ります。教会内外の飾り付けなどに一同進んでいたしましょう。
☆上田教会に転任された、古川恵子牧師は、慣れない地での奉仕に励まれておられます。尚も祈りを。
☆先週礼拝と芋煮会に参加されたご家族、関係者のために。
☆風邪などで体調不良で欠席されている方々のために。
☆四日市の山田謙嗣牧師は、教職論文の作成中であること、宇都宮教会の牧師たちの健康の気遣いをしてくれております。
☆風邪が流行っておりますので予防体制を摂りましょう。

♪今週半ばの集会♪
11月22日(火)三浦綾子読書会「塩狩峠」13:30~ 豊郷地区市民センター(学習室3)
11月24日(木)ミニチャーチ集会 11:00~
11月26日 (土)公園CS      15:00~ ニュー富士見ヶ丘2号児童公園
24日の集会の場所については教会にお問い合わせください。
☎028(621)8661
 

教会学校金言☞ 『今、神、主よ。あなたこそ神であられます。あなたのおことばはまことです。あなたは、このしもべに、この良いことを約束してくださいました。』(Ⅱサムエル7章28節) 神に信頼する者には祝福の約束が与えられることを学びました。

ガーデンスポット
紅葉と落葉  カエデモミジ  ミズナラ  コナラ系


次聖日の礼拝説教   ピリピ人への手紙2章1~11節「キリスト・イエスの中にあった心」
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牧師・聖書に学ぶ会(要約)

2016年11月17日 05時14分21秒 | メッセージ
・新しい来会者のための祈り
・学んだ聖書の個所。マルコ6:30~44「イエスに養われた5000人と弟子たち」
6:30 さて、使徒たちは、イエスのもとに集まって来て、自分たちのしたこと、教えたことを残らずイエスに報告した。
6:31 そこでイエスは彼らに、「さあ、あなたがただけで、寂しい所へ行って、しばらく休みなさい。」と言われた。人々の出入りが多くて、ゆっくり食事する時間さえなかったからである。
6:32 そこで彼らは、舟に乗って、自分たちだけで寂しい所へ行った。
6:33 ところが、多くの人々が、彼らの出て行くのを見、それと気づいて、方々の町々からそこへ徒歩で駆けつけ、彼らよりも先に着いてしまった。
6:34 イエスは、舟から上がられると、多くの群衆をご覧になった。そして彼らが羊飼いのいない羊のようであるのを深くあわれみ、いろいろと教え始められた。
6:35 そのうち、もう時刻もおそくなったので、弟子たちはイエスのところに来て言った。「ここはへんぴな所で、もう時刻もおそくなりました。
6:36 みんなを解散させてください。そして、近くの部落や村に行って何か食べる物をめいめいで買うようにさせてください。」
6:37 すると、彼らに答えて言われた。「あなたがたで、あの人たちに何か食べる物を上げなさい。」そこで弟子たちは言った。「私たちが出かけて行って、二百デナリものパンを買ってあの人たちに食べさせるように、ということでしょうか。」
6:38 するとイエスは彼らに言われた。「パンはどれぐらいありますか。行って見て来なさい。」彼らは確かめて言った。「五つです。それと魚が二匹です。」
6:39 イエスは、みなを、それぞれ組にして青草の上にすわらせるよう、弟子たちにお命じになった。
6:40 そこで人々は、百人、五十人と固まって席に着いた。
6:41 するとイエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて祝福を求め、パンを裂き、人々に配るように弟子たちに与えられた。また、二匹の魚もみなに分けられた。
6:42 人々はみな、食べて満腹した。
6:43 そして、パン切れを十二のかごにいっぱい取り集め、魚の残りも取り集めた。
6:44 パンを食べたのは、男が五千人であった。



問「岸辺にひしめくようにして待っている群衆が、イエスの目には『羊飼いのいない羊のよう』に見えたとありますが、これは外面のみすぼらしさだと思いますか、それとも内面的なことだと思いますか。
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