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インマヌエル宇都宮基督教会牧師 山田 隆・勢津子
 TEL 028-621-8661 ※24時間対応しております

牧師・ミニチャーチ集会(兼祈祷会)(要約)

2017年01月17日 06時36分49秒 | メッセージ
・聖書:マタイの福音書25章35~43節。
『 あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、わたしが渇いていたとき、わたしに飲ませ、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、
25:36 わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気をしたとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいたとき、わたしをたずねてくれたからです。』
25:37 すると、その正しい人たちは、答えて言います。『主よ。いつ、私たちは、あなたが空腹なのを見て、食べる物を差し上げ、渇いておられるのを見て、飲ませてあげましたか。
25:38 いつ、あなたが旅をしておられるときに、泊まらせてあげ、裸なのを見て、着る物を差し上げましたか。
25:39 また、いつ、私たちは、あなたのご病気やあなたが牢におられるのを見て、おたずねしましたか。』
25:40 すると、王は彼らに答えて言います。『まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。』
25:41 それから、王はまた、その左にいる者たちに言います。『のろわれた者ども。わたしから離れて、悪魔とその使いたちのために用意された永遠の火にはいれ。
25:42 おまえたちは、わたしが空腹であったとき、食べる物をくれず、渇いていたときにも飲ませず、
25:43 わたしが旅人であったときにも泊まらせず、裸であったときにも着る物をくれず、病気のときや牢にいたときにもたずねてくれなかった。』


これまでみなさん方は人に尽くしてこられました。たとえでは、人々に対してその人々が、空腹時、渇いている時、旅人であったとき、裸であった時、病気をした時、牢にいたとき必要なものを与え、見舞い、世話をしたことは、これを語られている主イエスにしたことだと主は語られる。当たり前にしていて、報いの日に思いのほかとびっくりさせられる。純粋、無垢で、或いは信仰によって、するべき当たり前のことであると日常は生きてまいりましょう。
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牧師・礼拝説教(要約)

2017年01月16日 05時28分28秒 | メッセージ
【先週の礼拝説教回想】 1月8日
・説教者 山田 隆牧師
・引照聖句 ガラテヤ人への手紙6章9節
・説教題  「飽かずに善行を」その2
▼信仰は飽かずに善行をもって進むことを骨子としていると言えましょう。これは、イエス様ご自身が人々の蔑み、侮り、侮蔑、不理解等を耐え忍んだことから学び、御霊を受け教えられてのことでしょう。
 ローマ2:7「忍耐をもって善を行ない、栄光と誉れと不滅のものとを求める者には、永遠のいのちを与え、党派心を持ち、真理に従わないで不義に従う者には、怒りと憤りを下されるのです。神にはえこひいきなどはないからです」。
 忍耐の部分を私たちは評価しないで、許しと自己中心の時代になって、神の願いと戒めを緩くし、耳触りの良い言葉の教師を求めることが教会にもはびこっています。Ⅱテモテ4:2~7.パウロでさえ、伝道、牧会は大変な戦いであることが分かります。 
▼皆さん方はよくぞ、主と牧会者について来られました。悟るところは、一寸したことで、嫌にならず、人の分まで働いてくれました。しかし、きっと手放しで、大丈夫、安全だ、もう教えられることはないという人は一人もありません。その中で、
▼私たちはそれぞれ、神の忍耐と憐れみを受け進んでいることを、告白し、祈りましょう。善行は内的なものでそれが外に現われたものでなければなりません。不純な動機でするのは忌わしいものとなり、神と人に嫌われます。
 個人的に、神の戒め、愛と奉仕と、犠牲を神と教会にし続けましょう。
▼教会は個人個人が証し者とされて、その家族や仲間を主に導く、集められ、遣わされる集団です。皆様方が戦いの中で造られて行くならば、他にそんな人は捜しても滅多におりませんから、ついて来るに違いありません。
 パウロのように、ローマ人、ギリシャ人、異邦人にはそのように対して、魂を捕えましょう。ただし、ミイラ取りがミイラになり果てませんように。
 現今、あらゆることが疑いをもって接しなければならない時代となりました。聖霊とその実を養いつつ、歩みましょう。
▼主は今も、後も、天に召されるまで、誉れを頂くまで、飽かずに善行を続けましょう。
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牧師・エッセイ 

2017年01月15日 16時01分40秒 | メッセージ
『まことは地から生えいで、義は天から見おろしています。まことに、主は、良いものを下さるので、私たちの国は、その産物を生じます。』(詩篇85篇11、12節) 

祈 り
☆9日、東京中目黒教会での、関東新年聖会の、郷家一二三講師による説教。マルコ14:27~42より、「ゲッセマネの祈りを主イエスとともに」午後の宣教会ではマタイ9:9~13から「燃え立つ神の憐れみがあなたを召しておられる」と題して語られ、共に新鮮な恵みに与りました。
☆当教会の教会総会が、次日曜礼拝後に開かれますので会員の方は出席してください。欠席の方は、委任の旨を牧師にお伝えください。礼拝時間帯の内で双方を終えたいと願っています。ご協力を。

♪今週半ばの集会♪
(火)三浦綾子読書会   教会  1:30~   「道ありき」19 
(木)ミニチャーチ集会  11:00~
(土)公園CS      15:00~ ニュー富士見ヶ丘2号児童公園
19日の集会の場所については教会にお問い合わせください。
☎028(621)8661


教会学校金言☞ 『だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。』(ルカの福音書18章14節)  遜る心を受け入れてくださる神に感謝して祈ることを学びました。


次聖日の礼拝説教  ヘブル人への手紙6章1~10節「もっと良いことを確信して」
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牧師・余白余録

2017年01月11日 04時22分34秒 | メッセージ
  デニス・キンロー著「エマオの道で」1月1日後半
「・・旧約聖書の預言者たちはモーセやダビデたちよりもさらに偉大な王がやがて王座に着くことを伝えました。彼らはまた新しい心を伝えられた民の住む大国についても語りました。その王国では神の律法はもはや人の心と生活を外から縛る命令ではなく、新しくされた心から湧きあがってくる喜びにあると。そして洗礼者ヨハネは天の国が近づいたことを人々に伝えることが自分の使命であると宣言しました。
 旧約聖書に登場する神の民の真のしるしとは彼らの顔が未来に向けられ自信と期待が刻まれていることです。だとすれば主の降臨、十字架と復活、そしてペンテコステ以降に生きる私たちは、なおさら未来に向けて自信と期待をもって進んでいくことができます。
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牧師・礼拝説教(要約)

2017年01月09日 04時08分19秒 | メッセージ
【先週の礼拝説教回想】 1月1日
・説教者 山田 隆牧師
・引照聖句 ガラテヤ人への手紙6章1~10節
・説教題  「飽かずに善行を」
▼元旦・聖日
元旦が日曜聖日と重なるのは7年に1回と言えるのでしょうか。しかし、驚きと珍しさを感じます。
 皆様はそれぞれ大晦日の昨夜を過ごし、新しい年明けを主によってお迎えになったことでしょう。世は教会も悩ましい中を進んでおります。
 今年の教会の標語はガラテヤ6:9「善を行うのに飽いてはいけません」です。
 皆様は本日教会に出て、元旦礼拝を守っておられます。イエス様を信じ、罪ゆるされて、光の中を歩まれています。今年も霊的にも、健康的にも養われ守られてまいりましょう。
▼世は大変濁って、自分の思っていること、行動が重大な結果を免れないことであることが解らないでいます。前世、ノア時代、地上が人間の罪が増幅し滅ぼされたことが創世記6~8章に出ています。神は大洪水をもたらして、その時代の人類を滅ぼされました。主権とさばきは聖と愛であられる神にあるのです。
 ただしノアの家族と一つがいの生き物は箱舟に入り、生存して救われ、今の世に継がれました。正し窮状はいま申した通りです。
 ただし、6:5は「主は、地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった。」とあります。40日40夜、雨を降らして、地を水で覆い、人類と生き物すべてを滅ぼされました。しかし、これらが改まった後に、8:21「わたしは、決して再び人のゆえに、この地をのろうことはすまい。人の心の思い計ることは、初めから悪であるからだ。…」と主は心の中で決意されたと書かれています。
 しかし、現代、預言によれば「火」で裁かれることは明らかです。人間の相互不信から。
▼多くの善があります。しかし、クリスチャンでも、小さな善でも、多くはできないでしょう。最も良い至善はやはり身内からです。家族、親子兄弟姉妹へ。ガラテヤ6:10後半節には「特に信仰の家族の人たちに善を行いましょう」とあることに留意しようではありませんか。
 ガラテヤ書は使徒パウロが書かれたものですが、大も小、多と少も、5:16~23の人となることが幸いです。肉ではできません。不順なものに傾きます。人に見せたくし、秩序に反抗しやすくなったりしかねません。
 だれでも善をする時は神に似ていますが、悪を行う時は、やがて裁かれ滅ぼされる悪魔に似てしまいましょう。
▼9節「善を行なうのに飽いてはいけません。失望せずにいれば、時期が来て、刈り取ることになります。」をご一緒に読みしましょう。
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牧師・エッセイ 

2017年01月08日 14時29分52秒 | メッセージ
『恵みとまこととは、互いに出会い、義と平和とは、互いに口づけしています。』(詩篇85篇10節) 

祈 り
☆元旦と日曜礼拝が重なった先週の礼拝の出席者は内側に記しています。
☆定例の教会総会は1月22日に開催いたします。会員は出席してください。出られない方は口頭でお知らせください。
☆明日は中目黒教会で関東新年聖会があります。

♪今週半ばの集会♪
(月)関東新年聖会   インマヌエル中目黒教会10:30~
(木)ミニチャーチ集会 13:30~
(土)公園CS     15:00~ ニュー富士見ヶ丘2号児童公園
12日の集会の場所については教会にお問い合わせください。
☎028(621)8661

ガーデンスポット
南天

教会学校金言☞ 『求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。』(ルカの福音書11章9節)神を信頼して諦めずに求め続けることを学びました。

次聖日の礼拝説教   創世記28章10~22節「まことの神の家」
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牧師・ミニチャーチ集会(兼祈祷会)(要約)

2016年12月29日 04時27分19秒 | メッセージ
・聖書:マタイの福音書2章13~17節
2:13 彼らが帰って行ったとき、見よ、主の使いが夢でヨセフに現われて言った。「立って、幼子とその母を連れ、エジプトへ逃げなさい。そして、私が知らせるまで、そこにいなさい。ヘロデがこの幼子を捜し出して殺そうとしています。」
2:14 そこで、ヨセフは立って、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトに立ちのき、
2:15 ヘロデが死ぬまでそこにいた。これは、主が預言者を通して、「わたしはエジプトから、わたしの子を呼び出した。」と言われた事が成就するためであった。
2:16 その後、ヘロデは、博士たちにだまされたことがわかると、非常におこって、人をやって、ベツレヘムとその近辺の二歳以下の男の子をひとり残らず殺させた。その年令は博士たちから突き止めておいた時間から割り出したのである。
2:17 そのとき、預言者エレミヤを通して言われた事が成就した。


今年も憂いに満ちて終わろうとしていますが、こうして集うことができて感謝です。クリスマスは罪と欲が乱れる世となっていますが、私たちは質素でも、このような過ごし方ができることを、主の前に感謝です。
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牧師・余白余録

2016年12月28日 10時16分51秒 | メッセージ
 デニス・キンロー著「エマオの道で」訳本から
12月25日 最大の祝福が最小の存在へ ルカによる福音書2章8~21節
「羊飼いたちは、見聞きしたことが、全部御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。」(20節)
羊飼いの物語を読むごとに、感謝せずにはいられません。あの晩羊たちの世話を終え、丘の中腹でたき火を囲む羊飼いたちの会話が聞こえてくるような気がします。
『なあ、おい、なんてつまらない人生なんだろう。面白い事件はみんなエルサレムで起こっていると言うのに、僕たちはこんなところに追いやられて、一生除け者扱いだ。僕たちのあるものといえば、臭い羊と星の瞬きくらいなもんだ』
 ところが突然、天の御使いが現われて無味乾燥な彼らの人生を打ち破り、この世界が聞いたこともないような最高のニュースを届けます。天使の御告げは、彼らがエルサレムの町へ急いで行くなら全世界の歴史を左右する方にお会いできるだろう、というものでした。念願だった人生最大な出来事、大事件に個人的にあずかる機会が訪れたのです。羊飼いたちは半信半疑で互いに顔を見合わせます。天使たちの大軍勢が現われて、賛美の声を響かせます。その歌声が消える前に、羊飼いたちは、預言者たちが預言し、聖徒たちが夢見た救い主にお会いするために、ベツレヘムの馬小屋に向かって走り出しました。
 クリスチャンはだれでも平々凡々として何の変哲もない日々を永遠なる方が打ち破ってくださった瞬間を体験しています。神ご自身を私たちを訪れてくださった救いの時です。クリスマス、この聖なる日に主がその聖なる臨在をもって私たちの人生に入ってきてくださることを期待します。


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牧師・エッセイ 

2016年12月25日 21時32分22秒 | メッセージ
『私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。』(ローマ人への手紙8章32節) 

祈 り
☆昨日の燭光礼拝に出席された方のために。
☆貧しい人々、病める人々に主の満たしと癒しが豊かにありますように。
☆新しい年に臨むにあたり、各自の聖書のみことばを頂く用意をしましょう。
☆31日の除夜は各自祈って年を越しましょう。
翌日は元旦礼拝ともなります。11時から。
※今週半ばの集会はありません。ただ、教会堂の掃除があります。参加者があれば感謝です。
◎次聖日は元旦礼拝を兼ねます。

教会学校金言☞ 『光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。』(ヨハネの福音書1章5節)  イエスが闇に輝く光、すべての人の救い主として、この世に来tくださったことを感謝することを学びました。


次聖日の礼拝説教   ガラテヤ人への手紙6章1~10節「飽かないで善行を」
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牧師・三浦綾子読書会(要約)教会

2016年12月21日 05時01分17秒 | メッセージ
・とりなしの祈祷
・読んだ著書の箇所:「道ありき」(一八)
「だから、突如死に襲われたりしたら、さぞみっともない死様をするだろうなと思っていた。ところがその時のわたしは、意外にもまことに諦めがよかった。(仕方がない。いま死ぬのか。それもよかろう)という、平静さがあった。無論意志を恨む気持ちなどみじんもなかった。そして最も不思議に思うことは、父母兄弟、友人のことを思うより先に、毎月千円の報酬を受けていた肺結核患者の会同生会の書記の仕事の引き継ぎを、第一に考えたことである。これは、言ってみれば、療養片手間のアルバイトで職業ではなかった。日頃それほど重要に考えていなかったことが、どうして意識に上ったのだろう。
 普段親しくつきあっている前川正にさえ、ひと目会いたいとも思わなかったのである。この経験でわたしが得たものは、第一に、人間は死を恐怖しているが、いざとなると案外簡単に死を肯定するものだ、ということである。そして、第二には、案外自分という人間を知らないで生きているものだということであった。自分が死ぬ時には、多分こうだろうなどと想定してみても、全く思いがけない一面を見せるものだと、つくづく思った。つまり、どれほどもわたしはわたし自身を知ってはいないということである。無論、今後死に面した時のわたしは、この時のわたしとは全く違った面を、またみせることだろう。」
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