雨が降っても蒸し暑さは続いているが、夏はもう盛りではない。
異常気象と言われながらも、草木も空も風も夏は終わると告げている。
『週刊新潮』25日号が伝える秋篠宮家のご様子に、輝く秋がはじまる気配を私は見た、と、思ったのだが。

😐 これは稲ではなく、粟の収穫です。
『週刊新潮』8月25日号




相手の父親は口が堅く、息子と佳子さまの関係を断固否定。
学習院仕込みでなくても普通そうでしょう。小室母子に良識も常識も通用しないだけです。
😃 この歯科医院は以前から秋篠宮家が御一家で通われている「かかりつけ医」で、どなたかが治療を受けられている間、街角に警備の人が立つので、それと解ると書いてある。
長男が好漢なので、囃し立てたのか。
常識的に考えて、この好漢息子、彼女いるんじゃない?
記事中、注目したいのは、この部分。

上皇上皇后と秋篠宮御夫妻がしめし合わせて、悠仁殿下と上皇が話し合える機会を作っているという。
上皇后がお好きな「さりげなく、それとなく」で、「お散歩の途中でたまたま会いましたのよ。たまたまお寄りしましたのよ。」スタイルのようですが、和船の続きなら良いことではありませんでしょうか。
和船から随分間があいてしまって、上皇のお話も覚束なくなってしまいましたが、それでも、ね。
『秋篠宮』の中で、秋篠宮殿下は、美智子さまにつれられて毎週末、昭和天皇のもとへご機嫌伺いに行っていた思い出を語られています。
秋篠宮殿下は昭和天皇から「天皇」を感じら取られたようですので、悠仁殿下も覚束なくなった上皇から、何かを感じ取られることでしょう。
😐 本当に和船の続きであって欲しい。
出番が無くなった上皇后が、存在感を示すため考え出したとは思いたくない。
もし、たとえ、そうだとしても、悠仁殿下が上皇と共に過ごされる時間を持たれることは良い。できれば、昭和天皇だったらどんなに良かったか。年代が違うので望むべくも無いことですが。
『週間新潮』は、記事で「秋篠宮殿下も紀子さまも、悠仁殿下を将来の天皇とは意識していなかった。」と書くが、ウソはやめましょうね。

ウソをつくと、舌を切りますわよ。
良いことですが、本当なら「示し合わせて、偶然を装って」ではなく、堂々と仙洞御所や御用邸で交流できる筈なのですけどね。
なんだか吹上あたりを気にしてコソコソと交流されているようで、、、。(>_<)
あかりさん
足を引っ張る、なんてトンデモない。あかりさんの熱いコメントに励まされて書いています。
>「皇太子家に第2子を、秋篠宮家に第3子を」
次世代が全員女子という状況に不安を感じていた国民の正直な気持ちだし、まっとうな願いじゃないですか?
でも、雅子さまは勿論、国民の中にもこの言葉に猛反発した者もいましたねー。
そういう方々がこの後「愛子派」になっていったのでしょうね。
彬子さまのブログには百合子さまから聞かれた貞明さまの話もありましてね、宮廷文化のみやびさにうっとりしてしまいます。
牡丹さん。
良いことですが、本来ならもっと堂々と交流できる筈なんですよね。
なんとなく吹上あたりを気にしているように感じてしまいます。
本当は旧東宮御所を秋篠宮皇嗣家に使って頂きたかったのですが、このくらい良いことがあってもいいのではないかと思います。
彬子さんの書き物のことは何も知らず、あかりは「皇室ファン」ではない、と肯きました。悠仁親王のお誕生で無事に後継者ができたと国民が喜んだ、でも雅子さんが男児を産めばそれは変わる、と誰もが知っていました。時の宮内庁長官が「皇太子家に第2子を、秋篠宮家に第3子を」と言ったのも、当然だと思いました。雅子さんに第2子が望めないと分かったのは長官発言の前か、後か?当然皇嗣殿下なら裏の事情もご存じだったでしょう。
でも、あかりは「やはり皇統は皇太子のところで、と美智子が言った」という上皇の発言は、雅子さんの第2子誕生を促す言葉だと思いましたよ。これらの流れは、完全に自然で、フ~ンとは思っても何も感じませんでした。皇室ファンでないあかりが少しずつ異様に感じだしたのは、悠仁親王の扱いからでした。最初は、ふと何かの皇室ブログを読んだことからで、けっこう激烈だなあと思いましたね。まさか、今のようにセッセとコメントするとは想像もしませんでした。でも、令和になってブログも少なくなり、このまま愛子天皇になるのかもと怒りを感じ出しました。あかりが書けるのは皇統に限ってだけで、如意さんのブログしかないと思って応援をしたくなりました(むしろ、足を引っ張っている?)。
彬子さんの書いた物を少し読んでみまして時折覗きたいと思いました。前に書きましたが、貞明皇后さままで残っていた宮中の日常的な挨拶、習わしなど、お祖母さまに聴いておいて欲しいですね。貴重だと思います。
良いことですね。上皇ご夫妻が引っ越されたことも悪いことばかりでなかったということでしょうか。