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憂国の花束

右でも左でも無く、上でも下でも無く。

祖国日本よ! 誇り高くあれ。

あきらめが悪い女系派

2021-12-28 14:51:07 | 皇位継承
 <安定的な皇位継承の確保などの課題を議論する政府の有識者会議>は①皇族女性が結婚後も皇室に残る案、②旧宮家男系男子を現存宮家の養子として復籍させる案③①②で皇族数を確保できない場合、旧宮家男系男子を直接に復籍させる案を最終報告書として提出した。
男系の目から見れば、運用次第では男系男子による皇位継承が継続する可能性を大きくすることが出来る、と、まずはホッとした。

女系天皇容認派は「女性宮家、女系天皇について言及が無い。」として、引き続き女性宮家創設、女系天皇の実現に向けて活動を継続している。



皇位継承検討委員会、来月設置 立民、先送り報告書に危機感で
12/27(月) 19:11 共同通信

立憲民主党は27日、皇位継承策を先送りした政府の有識者会議報告書には問題が多いとして、検討委員会を来月設置し、党としての考え方をまとめる方針を決めた。皇位継承問題に長く関わっている野田佳彦元首相をトップとし、国会での議論で主導的な役割を果たすことを目指す。この日の準備会で野田氏は報告書に関し「危機感を持っている。安定的な皇位継承を確保するための諸課題について整理しておらず、先送りしている」と批判した。 

 委員会は泉健太代表の直轄組織とし、委員長に野田氏、委員長代行に長浜博行元環境相、事務局長に馬淵澄夫国対委員長が就く。

😐 野田佳彦氏のライフワーク化したようですが、野田氏はもうこんな所でしか存在をアピール出来ないのでしょうか。しかも間違った方向へ導こうとしていらっしゃいます。

女系派のかたは女性皇族に継承権を認めなかれば、皇族数が減少に歯止めがきかない。と言われますが、そうでしょうか?

旧宮家男系男子復籍を認めれば、皇族は安定的に供給され続けます。
女系派は「引き受ける旧宮家男系男子がいるかどうかも解らない。」と言うが、特権をもった皇族、宮家当主として手腕を振るってみたいという男子はいらっしゃるのではないか。
今上は女性にもてなかったくせに「好みの顔ではない」と振ってしまったが、久邇晃子さんは本人も周囲も大いにその気があったと聞く。
学習院哲学科卒後東大で医者になった晃子嬢は本物の才媛です。皇太子妃になることを厭わなかった晃子さんも、周囲も平成の皇室のありかたに思うところはあったのでしょう。
そのように、現在の皇室の在り方に疑問をもっている旧宮家男系男子の方々はいるのではないかと想像するのですが?

GHQが天皇と直宮家三家を残したといっても、秩父宮、高松宮にはお子さんが望めなかったので、実質的には皇位継承に関しては天皇と一宮家が残されたのと同じですね。
女系派のひと、皇族数を増やしたい人は、戦後時期宮家が三家残されただけだったので、こうなった、と言いますが、皇位継承の観点からみれば、天皇家と一宮家が残されただけです。それでも昭和、平成、令和、次、次々、までは繋ぐことができた。
旧宮家男系男子復籍でお子さまが望める宮家が三宮あれば充分でしょう。
女性宮家など全く必要ありませんね。


悠仁さまは庭上で拝礼されていません。

2021-12-28 00:26:14 | 悠仁殿下
悠仁さまについて検索していて、気になるブログ記事がヒットした。
皇族は生まれて50日目に一般のお宮参りに当たる賢所皇霊殿神殿に謁するの儀を行う。
記事では”愛子さまは賢所殿上で拝礼し、悠仁さまは庭上で拝礼した。”と書いてあるが、そのようなことは無い。

産経新聞 2006年11月14日の記事 
悠仁さま“お宮参り”

秋篠宮家の長男、悠仁(ひさひと)さまのお宮参りにあたる儀式「賢所皇霊殿神殿に謁するの儀」が14日午前、皇居・賢所仮殿で行われた。


 悠仁さまがお住まいのある東京・元赤坂の赤坂御用地から外出されるのは初めて。秋篠宮邸で身を清めた後、天皇、皇后両陛下から贈られた白い「御初召(おうぶめし)」に着替え、ご夫妻と一緒に皇居に向かわれた。

 賢所仮殿では、宮内庁楽部が神楽歌を奏で、掌典長が祝詞を読み上げた後、松田慶文宮内庁御用掛に抱かれた悠仁さまが拝礼された。秋篠宮ご夫妻も見守られた。この後、ご夫妻と悠仁さまは皇居・御所を初めて訪れ、両陛下にあいさつされた。

 悠仁さまはご誕生から70日目。儀式は生後50日で行われるのが慣例だが、秋篠宮さまの外国ご訪問などで時期が延びていた。宮内庁によると、13日現在の身長は58.5センチ、体重は5244グラム。これまでに病気もなく、天気のいい日は紀子さまに抱かれて、宮邸の庭や赤坂御用地内を散歩されている。姉の眞子さま、佳子さまも喜んで世話をされているという。

😐 ブログ記事では<内廷皇族の内親王愛子さまのほうが、宮家の親王悠仁さまより格上>という主張のもと「愛子さまは殿上で拝礼、悠仁さまは庭上で拝礼」と書かれているのですが、それはおそらく賢所仮殿を誤解されたからではないでしょうか。

宮中三殿は2004年(平成16年6月)から2008年(平成20年)3月まで耐震工事(事前調査、移動の儀式含む)を行っている。その間三種の神器などご神体は賢所仮殿へお移しされていました。
悠仁殿下は2006年〈平成18年〉9月6日の御誕生なので、宮中三殿はまだ耐震工事中。なので賢所仮殿で賢所皇霊殿神殿に謁するの儀を行ったにすぎません。ご神体は”奉遷の儀”をもって賢所仮殿へ移されていますので、仮殿でもそこが正式な神殿となります。「悠仁さまは仮殿で儀式を行ったから愛子さまより格下」ということではありません。

些細なことですが、新聞記事を引用して主張されていますので、悠仁さまを貶めたいかたに利用されはしまいか、と気になります。
その時宮中三殿が耐震工事中だったと思い出す人は少ないでしょう?