旅行記

私の旅行記を中心としたブログです。貧乏旅行ではないものの、無駄なコストをかけない旅行を目指しています。

台北・シンガポール・ジョホール・バンコク旅行 その5

2008-01-30 00:58:27 | Weblog



朝です。





Orchid Cafeで朝食。
ここの朝食はかなりいいです。
オムレツも美味しくて、大きい。
少し食べ過ぎましたw




ということで、カンチャナブリへ。
本当は、鉄道でカンチャナブリへ行くつもりだったのですが、
またしても、昨日、飲みすぎたようで遅くなりました。
仕方ないので、バスで行くことにして、南バスターミナルへ。
渋滞を避けるため、とりあえずBTSでナショナルスタジアムまで
出てみます。




ナショナルスタジアムで降りて、タクシーを拾おうとするのですが、
どの運転手も知りません。
"サウスバスターミナル"と言ってみても、"サイタイ"と言ってみても。

結局、6台目の運転手が、"サイタイ"でわかってくれました。
おー、カンチャナブリに行くんだな!と。
タクシードライバーは、"ローテク"だから知らないんだよ、と。
トヨタは"ローテク"じゃないけど、とリップサービス?もw
もちろん、タクシーはトヨタカローラです。

意外に距離があって、メーターで99B。


で、ついてみると、非常に新しくて綺麗なターミナルです。

山のように窓口がありますが、カンチャナブリ行きは、一番奥です。




カンチャナブリまで103B。





切符を買った窓口で、乗り場を聞こうとしたら、ちょうどそのバスの車掌さんが
横にいて、乗り場まで引率(?)してくれましたw




出発。







途中、何箇所か停まりましたが、エアコンバスで快適に
カンチャナブリバスターミナル到着。
所要時間約2時間。




さて、ここからどうやってクウェー川鉄橋(メクロン河永久橋)まで行くか?

自転車サムローの勧誘が激しいです。
いろいろ観光地を回るコースを提案するので、時間が無いから鉄橋までの片道
だけでいくら?と聞くと、150Bと。
相場がまったくわからなかったのですが、とりあえずボッタクリだと
思って、それは高すぎる!と言ってみると、100Bでいいと。
相場は50B?とも思いましたが、鉄橋までは約5kmあるようなので
50Bは無理かと思って、100BでOKしました。

で、サムローの彼は、"チャ"さん。




乗ってみて初めてわかりましたが、本当にノロノロ運転です。
人力だから仕方がないんでしょうが、私にはあまりあわないようです。




途中の連合軍共同墓地。




非常に綺麗に整備されていて、欧米人でいっぱいです。





日本軍慰霊塔で慰霊。




「この慰霊碑は 第二次大戦中 泰緬鉄道建設に従事し亡くなられた連合国軍並びに関係
の方々の霊を慰めるために 昭和19年2月当時の日本軍によって建てられたものであります。
在タイ日本人有志は 毎年3月 亡くなられた方々の霊を慰めるためにここに集まり 
慰霊祭を行っております。」




ということで、クウェー川鉄橋到着。
約束通り100Bを払おうとしたら、
そのへんを自由に観光してきたらいい、
30分でも1時間でも待ってるから、と言って100Bを受け取りません。
要は、帰りも乗せて帰りたいよう。

いくらか聞くと、最初ははっきり言いませんでしたが、
断ると、ノーマネーと。
追加なしで帰りも乗せていくから、と。

どういうことか最初は意味がわかりませんでしたが、例えばレストランに
連れて行けばコミッションが得られるし、観光施設に連れて行っても
コミッションが得られるので、ここで100Bだけ受け取って
別れてしまうわけにはいかないのでしょう。




待っとくからというので、まあどうでもいいやと思って、橋へ。




実は、この鉄橋は、大部分が戦後になって補修されたものです。
1944年以降の米英軍の爆撃によって橋の中央部が破壊されたため、
戦後、日本政府の戦後賠償の一環として、横河橋梁(現横河ブリッジ)と
日本橋梁によって補修されました。




橋からは水上レストランも見えます。
サムローの彼は、ここに連れて行きたいんだろうな・・・
コミッションのために。




キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━ !!!!!













ということで一往復してくると、サムローの彼が待ってました。




いいものがあると言うので付いて行くと、SL。








これは本物の当時の機関車。






で、機関車を見終わると、サムローの彼が、食事するだろ?と。
やっぱりw

別に、水上レストランで食事をするのは構わないし、彼にコミッションが
入ってもいいのですが、残念ながら食欲が無い・・・
朝食を食べ過ぎたのと、暑さとで、とても食べる気にはなりません。

チープだからと必死でしたが、お腹が空いてないので飲み物だけならと。

すると、諦めて、彼がコミッション契約してる?売店へ連れて行かれました。

シンハビールが40B。
ま、こんな場所なんでそんなもんでしょう。
彼にも、ジュースを。




そして、今度は、ミュージアム行くだろ?と。
ま、それならとOKして、World War Ⅱ Museumへ。
ここは、1993年にチャンスィーリー家が作った博物館です。

ちなみに、この写真はこの博物館の入り口にある、タイの昔の王様です。

入り口で、サムローの彼は料金を払わずに入るので、2人分払うのかな?と
思ってたら、窓口のおばさんは"1人?"と。
よくわからないまま、1人と答え、1人分(40B)だけの支払い。
たぶん、人のいい人は2人分払うのでしょう。




基本的に、展示は、欧米人の目線でのものが多いです。
日本軍が連合国軍の捕虜に対して、いかにひどい扱いをしていたのか、という展示です。

カンチャナブリに来ているのはほとんどが欧米人なので、商売としての博物館は、欧米人の
喜びそうな展示にせざるを得ないのはわかります。
しかし、大東亜戦争当時、なぜ、亜細亜で欧米の兵士が日本軍の捕虜になったのか?
というところの説明がありません。
たとえば、1942年にシンガポールで捕虜にされたイギリス軍兵士の話が紹介されているのですが、
そもそもなぜ1942年に、亜細亜のシンガポールに、イギリス軍の兵士がいたのかの
説明がありません。

亜細亜人を武力によって支配し、「奴隷」あるいは「三級市民」などとしていた欧米人のことには触れられていません。
亜細亜で独立国が、シャム(タイ)と大日本帝国のみであったという事実には触れられていません。




最初の木造の橋の痕。
















マイペンライ友の会による解説(?)





この博物館は、カンチャナブリ関係の展示は全体の半分ぐらいで、無関係の戦争関係の
ものが寄せ集めされているような感じです。

そんな中で、気になる展示(翻訳)がありました。

この博物館の展示には、タイ語と英語の解説がついていたのですが、
かつて、日本の某団体によって日本語の翻訳がつけられました。
それは評価すべきことだと思います。
たとえ、その展示が、欧米人のみの目線で作られた偏ったものであったとしても。

しかし、この写真の解説の日本語訳をみて驚きました。

これは日露戦争時の奉天の戦いの写真です。

「戦火を交えた後、1905年、奉天の塹壕で兵士は互いに友好的になった」
という直訳のあと、なぜか(?)がついています。

この(?)は何でしょうか?
この写真の解説にのみ(?)がついてます。
もちろん、原文のタイ語、英語にはついてません。

つまり、友好的になったという解説が受け入れられないということなのでしょうか?
捏造だと言うのでしょうか?
であれば、なぜ、他の展示には疑いの目を向けないのでしょうか?

特定の価値観でやる"翻訳"は翻訳ではありません。
自分たちの主義・主張からして、日本軍の兵士とロシア軍の兵士とが友好的で
あると困るのかもしれません。
しかし、そうであれば、他の全ての翻訳にも(?)を付けなくてはいけません。
そうしなくては、この翻訳のみを見た日本人は、その主張を正しいものだと誤解してしまいます。

非常に残念です。



ちなみに、博物館を出る際、入場券を購入した窓口で、サムローの彼は
10Bのキックバックを受けていました。
もし、私が2人分の入場料を払っていれば、キックバックはもっと多かったのかもしれません。





博物館を出て、もうバスターミナルへ帰るだけだったのですが、どうしても気になったので、
サムローの彼に、日本軍慰霊塔にビールを供えたいと言って、もう一度日本軍慰霊塔に
寄ってもらうことにしました。
もちろん、ビールは彼の契約してる?売店で購入しました。

できれば日本のビールがよかったのですが、なかったのでシンハビールを購入して
供えました。

連合軍共同墓地には多くの欧米人が来ていますが、この日本軍慰霊塔にはほとんどひと気がありません。
是非、多くの人に行ってもらいたいです。








ということで、バス乗り場に到着。
バンコクまでの切符を買って、いよいよ、サムローの彼に支払い。
約束は100Bですが、本来、片道の約束だったところを往復乗ったわけだし、
レストランにも行かなかったので、チップ込みで140Bを渡そうとしました。

しかし、予想通りというかなんというか、時間が長かったので200Bとか
言ってきます。
別に、日本人からすれば、あと60B渡しても、たいした金額ではありません。
でも、ここで言い値で渡してしまうと、ますます日本人が舐められます。

結局、あと20B上乗せして、合計160Bを渡して、バスに乗り込みました。
彼はまだブツブツ言ってましたが、おそろくそれはパフォーマンスで、
160Bで十分すぎるぐらいだったんだと思います。
売店と博物館からのキックバックもあるわけなので。








帰りのバスは途中の停留所で満席に。
なぜか隣の席のタイ人に「ニイハオ!」と言われました。
もちろん、「ニイハオ!ニイハオ!」と挨拶しておきましたw




2時間半ほどでサイタイ到着。

とりあえず顔を洗おうと、トイレに行くと、どうやら有料。
タイ語で書いてあるのでよくわかりませんが、10という数字があったので10B
払ってトイレへ。
いくらなんでもボッタクリだろ!と思いながら、顔を洗ってトイレから出てくると
入り口のおばちゃんに呼び止められて、7Bを返されました。
どうやら、3Bだったもようw
タイ人は正直です。


さっさと帰って、プールで泳がないといけないので、タクシーに。
「シェラトングランデ・スクンビット」と言ってもわかりません。
「BTSアソーク」というと、なんとなくわかったようなのですが、
いきなり反対方向へ。
え?
ソーリーソーリーと言って、正しい方向へ。
メーターも35Bに戻すので、素で間違っているようです。
なんとかホテルにたどり着いたときには、メーターは190B。
悪意は無いようなんですが、道を知らないみたいですorz


ホテルへ戻ったら、The Living Roomへ。

お酒を飲んだら、プールです。
夜10時まで泳げるはずなのですが、プールは真っ暗。
誰も泳いでません。

プールサイドのThe Salaの人に聞くと、やはり泳げるようです。
ということで、真っ暗な中、一人でひたすら泳ぎましたw

真っ暗でしたが、このプールはなかなかすごいです。
真っ暗な中のブルーライトはミステリアス。
さらに、水中に入ると、音楽が聞こえます。
水中に音楽を流しているのです。





ということで、なんとかプールで泳げたので、満足。
今日も終わりです。

おやすみなさい。
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