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からくの一人遊び

音楽、小説、映画、何でも紹介、あと雑文です。

朝顔

2016-08-08 | 日記


朝顔です。元気に咲いていますねえ。
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じょみず屋さん

2016-08-05 | 小説


「昔はじょみず屋さんがいたのにな」

妻が生ごみを指定のゴミ袋に放り込んでいるのを見て、私は何気なく呟いた。

「じょみず屋さんって?」

「知らないのか?」

妻とは二つ違いなので、知っていると思っていたが、意外と二歳の世代間は重い。時々こういった疑問が私に投げかけられる。

「リヤカーで各家庭を回って、生ごみを回収する仕事を生業としている人のことさ。まあ、言ってみりゃ、残飯屋さんってことかな」

「残飯ってまた懐かしい言葉ね。で、その残飯屋さんは生ごみを集めてどうするのよ」

「養豚場にね、持っていくんだ。豚の餌にするんだ」

「へー、結構エコな仕事なのねえ、そんな仕事あったのねえ」

妻の間抜けた顔を見て、私は可笑しくなった。同じ昭和30年代生まれ、じょみずやさんは昭和40年代半ばまでは存在していたはずだから、その言葉は知らなくてもそういった職業があったことは憶えていなくてはならない。

「お前はお嬢だからなあ」

私はそう茶化しながら、ふと記憶の奥底にあるものがひょっこり姿を現したのを感じた。

そういえば、のぶくんはどうしているのだろう?

私はたばこを一本胸ポケットから取り出し、換気扇のスイッチを入れ、その下で吸った。


のぶくんと出会ったのは私が9歳のころのことだっただろうか。

そのころ私は県営のアパートに住んでいて、孤独な毎日を過ごしていた。

3年生になって半年、内気な私はクラスに馴染めず、特にこれといった友達もいなかった。

毎日、学校から帰ってくるとまず学校の宿題をかたづけ、それからゴムボールを持って外に出た。

外に出た私はアパートの角を回り、アパートの壁の前に立つ。それから10メートル程離れると壁にボールを投げつけては跳ね返ったボールを素手で捕球する。私は時間が過ぎるのも忘れて毎日その遊びに没頭した。

そんな私が遊びにきりをつけるのは決まって”じょみず屋さん”がリヤカーを引き、姿を現す時刻だった。

じょみず屋さんの姿を認めると、くさい、くさいと言って鼻をつまんで家に避難するのである。

その日も一人遊びをしている最中に、こちらに向かってくるじょみず屋さんの姿を発見し、家に帰りかけたときであった。

ふと振り返りみると、じょみず屋さんの様子が普段と違うことに気が付いた。

いつもは大人一人でリヤカーを引いているのだが、リヤカーの後ろにもう一人こどもの姿があった。

恐らく中学生になったばかりの少年だ。

私はその場に佇み、リヤカーが私の前を横切るのを見、少年を見ていた。

すると少年は私の視線に気が付き、すれ違いざま、私に向かってニコッと笑いかけてきたのである。

ちょっと待って。

少年が前の大人に声をかけると私が立っている少し先でリヤカーは止まった。

彼は振り返った大人に「ここでいいか」と言うと、その場を離れ私のもとに近づいてきた。リヤカーはまた動き出すと先を行ってしまった。

「野球か?」

私の前に立った少年は私が握っているゴムボールをちらりとみてそう言った。

「・・・そ、そそうだけど」

私は知らない人間に突然話しかけられ、ドギマギした。

「ひとりか?」

「う、・・うん」

「なら、俺と一緒に遊ばんか。キャッチボールくらいできるだろ?」

「で、でも、さっきの人に付いてかないといけないんじゃ・・・」

「大丈夫、このアパートひと回りしたらまた戻ってくるから」

「うん、それなら・・・」

私は仕方がなく、少年とキャッチボールをした。

キャッチボールをしながら短い会話をした。

名前が信夫だということ、中学生だということ、今日からお父さんの手伝いをしているのだということ等々その短い会話の中で知った。

最初はいやいや始めたキャッチボールだったが、こうして二人でボールを交換していると少しづつ楽しくなってくる。

やっぱり、ひとりよりふたりだ。私がそう思っていると彼の父親がリヤカーを引いて戻ってきた。

僅か15分のキャッチボールだった。

私は名残惜しかったが、辺りも暗くなってきたし、やめる他なかった。

「じゃあな、また明日」

私にボールを返すと信夫と名乗った少年はリヤカーの後ろに回り、後部を押し押しもと来た道を帰って行った。


それから私とのぶくんは毎日15分のキャッチボールを楽しむことになった。

勿論、天気の悪い日はのぶくんは来ることが出来なかったが、それ以外は毎日彼が来るのを心待ちにしていた。

たった15分、限られた時間だったがそれで十分だった。

私たちは毎日顔を合わせ、キャッチボールだけではなく会話を楽しむ関係にまで進展していった。

私が友達がいないと嘆くと彼は一生懸命”友達ができる方法”なるものを練ってくれた。

私が虐められたと聞くといじめっ子撃退法なるものを伝授してくれたりもした。

そして日を追うごとに、彼は私にとって、なくてはならない存在になった。

いつのまにか、のぶくんは私の友人と呼べる間柄になったのだった。


そんなのぶくんとの付き合いが8か月ほど続いたある日、私の家にある問題が持ち上がってきた。

父が夕食のあと、息子たちを呼び、ちゃぶ台を挟んでみなを自分の前に座らせた。

何を言うのだろうと身構えていたところ開口一番こう言ったのだ。

「夏にはここを出る予定だ。S町に今家を建てている。転校することになるので、今から心しておくように」

父の言葉に私は驚きを隠せなかった。

友達と離れちゃうの?いやだよ。

そう思わず父に直訴した。

だが、決定事項は決して翻ることはなかった。

父にしてみれば、一国一城の主になるチャンスだ。それにもう事態は動き出している。

父が考え直すはずがなかった。

私は明日のぶくんになんて言おうと考えて、その日一晩眠られなかった。


次の日、眠い目をこすりながら、のぶくんを私は待っていた。

ともかく父の決定のことを話さなければ、と思っていた。

引っ越しをすると言えば彼はどんな顔をするだろう。

そんなことばかり考えていた。

もうすぐ彼が来るころだ。そう思っていたところにリヤカーが来た。

「よお」

のぶくんはいつもと同じようにリヤカーの後ろを押しながら私に笑いかけてきた。

リヤカーを先に行かすとのぶくんは私のもとに近づいてきた。

彼が一歩一歩こちらに向かってくるたびに心臓の音が激しく波打った。

「あと一歩・・・」彼が私の前に来たとき、私は心の中の「えいや」という掛け声とともに口を開いた。

「僕、引っ越しすることになったんだ」

それを聞いたのぶくんは一瞬驚いたような顔を見せ、でもすぐに笑顔に戻った。

「はは、そりゃ良かったじゃん」

「良かった?」

「だってそうじゃん。ここら一帯はうちもそうだけど貧乏人の巣窟だぜ、お前は一生ここにいるつもりだったの?」

「・・・・そんな」

思わぬ彼の答えに私は絶句した。言葉がそこから先、続かなかった。

「俺は出ていきたい。こんなとこできることならすぐにでも出ていきたいよ」

笑いながらそう言う彼の言葉には毒があった。毒は彼の口からまき散らされ、私を包み込む。

私は我慢ができず、そこから逃げ出してしまった。

「おい、どうした」彼の言葉が後ろから追いかけてきたが、私は構わず逃げた。

逃げて逃げて、気が付いたときには家の中で膝を抱えて泣いていた。


その日を境に私はもうのぶくんを待つことをしなくなった。

彼が怖くてしかたなかった。またあんなことを言われたらと思ったらいてもたってもいられなかった。

私は家に閉じこもり、必要なときにしか外出しなくなった。

彼に会いたくなかった。

でも一方で、彼に会わなければと思う気持ちもなくはなかった。

彼は友人だ。それは変わることはなかったのだ。

私はもんもんと家に閉じこもり、日々葛藤していた。

その間に6月になり、7月が過ぎ、8月を迎え、ついに引っ越しの日を迎えることになった。

午前中に大型トラックが来て、家族総出で荷物をトラックに積込み、私は母とともにトラックの助手席に乗り込んだ。

父と兄たちは後ろの荷台の空いたスペースに乗った。

それではさあ出発という段階になったときに何やら声がする。

サイドミラーを見ると、のぶくんがこちらに駆けてくる姿が映し出されていた。

「ああ、友達ね。行ってあげなさい」

母の声に押されて私はトラックのドアから飛び降り、おずおずとのぶくんのもとに近づいて行った。

「これ」

のぶくんは虫の入った虫かごを差し出した。

これはなんだと覗くとカブトムシが一匹いた。

カブトムシは大きな角を持った赤茶色い光沢のある立派な雄だった。

「これさあ、この間、愛宕山に行って捕って来たんだ」

「すごい」

「これ、お前にやるよ。・・・ええと、なんてったけ。・・・そうそう餞別ってやつよ」

「いいの?」

「いいさ、そのために捕って来たんだ」

「・・・ありがとう」

私はこの三か月の間、のぶくんに会わなかった自分を恥じた。

いろいろと葛藤はあったけどのぶくんはやっぱり自分の好きなのぶくんだった。

私はかごを受け取ると、再度トラックに乗り込んだ。

そしてサイドの窓を開け、身体を乗り出し、のぶくんにバイバイをした。

運転手が「さあ行くよ」という仕草をし、トラックが動き出した。

すこしずつのぶくんから離れてゆく。

のぶくんは離れていくトラックを確認すると、もう我慢できないといったように声を張り上げた。

「俺、偉くなるぞ!!偉くなっていつかお前に会いに行くんだ!!」

その言葉を合図にしてトラックはスピードをあげたようだ。のぶくんの姿はどんどんどんどん小さくなり、やがて見えなくなってしまった。





「ここでたばこを吸わないでって言ったでしょ。外で吸いなさい、外で・・・」

妻が角を出してきた。

私は「おお怖い」とキッチンを抜け出し、灰皿を持ってベランダに出た。

外を眺めると、真ん前に富士山がどんと構えていた。

私はあれ以来自分の生まれた土地を訪れたことがない。

のぶくんともそれっきりだ。

今度の休みにでも行ってみようか。

そして今もその場所に住んでいるであろうのぶくんに会ってこういうのだ。

よう、年取ったな。



Mary Hopkin - Those were the days

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八時半の女

2016-08-03 | 音楽


思うに我が家の黒芝コロくんは、基本的に人間嫌いなのだ。

その根拠は、人間とみればのべつ幕無し吠えるし、ケージに近づいてきた無垢な3歳児を、激しく吠えて泣かしたりするからだ。

勿論、飼い主である私には少しは気を許してくれているが、それでも機嫌が悪い時に近づくと吠える。

これを人間嫌いと言わずして何と言おう。

そんな気の荒いコロであるが、実はまったく人間を寄せ付けない訳ではない。

ごくたまににであるが、ある特定の人間をコロは引き寄せ、受け入れる。

心に大きな悩みを抱えているものであったり、孤独であったり、ともかくそんな人間たちをコロは引き寄せる。

彼らはみな心の安寧を求めてコロに近寄り、語るだけ語ると満足してまた自分の帰る場所に戻ってゆく。

私は彼らのことを”コロの親友”と呼んでいる。

今回はそんな”コロの親友”の一人である日菜子ちゃんのちょっとした物語について語ろうと思う。



日菜子ちゃんに初めて会ったのはいつ頃であろうか?

恐らく3年ほど前だったと思う。

その日私と妻は親戚のお通夜に呼ばれ、疲れて玄関のドアを開けようとしていたときだった。

コロがなにやら激しく吠えているのが聞こえた。

ああ、そういえばコロの夕食がまだだったなと思い出し、私は喪服のままコロがいる庭の方に回った。

コロ、悪いな、今用意するからなといいながらケージに近づくと、しゃがんでコロの方をみている人影があった。

「誰?」

私がそういうと、人影はこちらを向き、私に笑いかけてきた。

「私が誰だかわかりますか?」

そう問いかけられて私はあわてた。なにしろ人影はまだ20前後の若い娘だったからだ。

私の繋がりにそんな若い娘はいない。せいぜい姪か会社の事務の女の子だ。

私が考えあぐねていると、彼女はまたニコっと笑い、立ちあがった。

「嘘。分かるはずないですよね、だって初めて会ったんだもの」

「・・・初めて」

「そう、初めて。・・・・でも母はあなたをよく知っているわ」

「お母さん?」

「そう、3丁目のM原」

そう言われて私はハタと思い出した。

たしか30年ほど前に、中学生のときの同級生が3丁目にお嫁に来て、住んでいるということを母から聞いたことがある。

3丁目は隣の地区であるが、出不精である私は30年の間、その事実を確かめようとはしなかった。

「また来ていいですか?」

「えっ」

「私、日菜子っていいます」

「・・・・・」

「ずいぶん前から気になっていたの。学校の行き帰りにこのうちの前を通ると吠えられて、・・・でも一度そのワンちゃんに会ってみたいなって」

「・・・・・」

「また来ます。今日は吠えられちゃったけど、次からは吠えられないようにするわ」

彼女はそう言い残すと、庭沿いの道に出てじゃあと3丁目の方向へ駆けて行ってしまった。



それから彼女は定期的にコロのもとに現れるようになった。

毎週水曜日、夕食後私たち夫婦がテレビを観ながらゆったりしていると、決まって8時半にコロがけたたましく吠える。

私が庭に下りてゆくと、彼女は「また吠えられちゃった」と舌をだす。

それを毎週懲りもせず彼女は繰り返すのだ。

私は彼女のことを8時半の女と呼んだ。そしていつのまにか毎週の彼女の訪問を心待ちにするようになっていた。



ある時、恐らく10回目の訪問のときであろうか。いつものように私は彼女の訪問を待っていた。

でも8時半になってもコロは吠えない。9時近くになっても同じだ。

私は待ちきれなくなり、庭に下りていった。

ケージに近寄ると、側でしゃがんでいる日菜子ちゃんがいた。

私は彼女のもとに行こうとしたが、途中で躊躇して立ち止まった。

彼女の目に光るものを見たからだ。

コロは吠えもせず、彼女をただじっと彼女を見守っている。

「あ、Tさん」

日菜子ちゃんは私に気が付くと涙を隠して下を向いた。

「吠えなかったね」

「うん、やっと私のこと認めてくれたみたい」

「ねえ、顔をコロの方に近づけてごらん」

彼女はゆっくりと顔をケージの外から近づけるとコロは鼻先を伸ばし、まるで涙の跡を消すように丁寧に彼女の顔を舐めだした。

「くすぐったい」

「でも優しいだろ」

「うん、優しい」

「こいつは気性は荒いけどほんとは優しい奴なんだ」

「うん、わかる」

日菜子ちゃんは一通り顔を舐めてもらうと、いつもの笑顔を私に向けた。

そして、気を取り直したのか自分の両手で顔を軽く叩き、立ちあがった。

「さてと、Tさん。私帰るね」

「ああ、おやすみ。またな」

「おやすみなさい」

彼女は庭から道に出て、2,3歩歩み始めたところで振り返った。

振り返って、こう言った。

「母は中学時代ずっとTさんのことが好きだったんだって」

突然の代理告白に私は狼狽した。狼狽して咳が出た。

「じゃあ、また来ます」

日菜子ちゃんは私の様子を面白そうに窺うとまたくるりと回り、3丁目の方向に駆けて行った。



その日を境に日菜子ちゃんはコロのもとに現れなくなった。

それでもいつか来るだろうと私は、最初の2か月位水曜日の8時半を期待していたのだが、彼女は決して現れることはなかった。

私は落胆した。落胆して彼女のことは”ただのきまぐれだったんだろう”と思うことにした。

そしていつしか彼女のことを忘れかけたころ妻が風の噂を手に入れてきた。

「M原さんとこ離婚したんだって。コロのところに来ていた日菜子ちゃんっていったっけ、その子と奥さん出て行ったみたい」

妻の言葉に私は驚いた。

驚いて、あああの涙の訳はそれだったのかと合点した。

私は庭に下り、コロのもとに行って彼に語りかけた。

お前はあの日、なにもかもわかっていたんだな。

私はコロの喉元を撫で、それから彼の身体を優しく抱きしめた。




森田童子-さよなら ぼくの ともだち



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仙台へ行こう

2016-08-02 | 音楽

8月の後半に息子たちの下宿先へ行く。

二人とも仙台市内に住んでいるので日程を組むのは楽である。

長男は一般のアパート、次男は大学の友人と一軒家でシェアを組んでいる。

カミさんは「せっかく同じ仙台にいるのだから、一緒に住めばいいのにねえ」と言っているが、外に出たからにはお互い自分の世界を持ちたいと思うのは仕方がないことであろう。

昨今、奨学金の滞納が問題になっているが、二人とも奨学金を活用している関係上そのことには今から頭を痛めている。

果たして卒業後、ちゃんと就職できるのか?もし失敗したら奨学金の支払いを留保してもらわねばならない。

親としても悩みが尽きないところである。

まあ、授業料も全額免除にしてもらっているし、その分お金を貯めて一部返済も考えているので何とかなるだろう。

今はただ息子たちに会うことを楽しみにするのみである。

あー、早く息子たちに会いたい。

いつまでも子離れできない親、・・・・かな?


Roxy Music - Jealous Guy [Live,1982]


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ようこそ我が家へ

2016-08-01 | 音楽

雨が降ってきたので慌ててコロの住んでいるケージに向かう。

ケージは上部に屋根がないので、シートを被せてやらないと雨が入り込んできて大変だ。

うかうかしているとコロの”巣”の前が水たまりになりびちゃびちゃになってしまう。

私はケージにシートを被せ、ほっと一息ついた。

「元気かい?」

腰をかがめてコロに呼びかけると彼は”巣”の奥の方に丸まって縮こまっている。

心なしかびくびくしているようにも見える。

彼は雨が嫌いなのだ。

「お前も臆病もんだなあ」

そう声をかけてみても、いつもの勇ましさはどこへやら、彼は決して”巣”から出てこない。

いつもは道行く人々に吠えまくるくせに、雨の日は人が通っても見やしない。

困った奴だ。

私はふーとため息をついて彼をみる。

おまえももう10歳になるのか・・・・

私はふと彼と出会った頃のことを思い出した。


あの日私たち一家は、ペットショップを何件か見て回っていた。

お目当てはハムスターだ。

子供たちも大きくなってきたことだし、ここらで生きることの大切さを知るために小動物でも飼うかと私が発言したことがことの発端である。

なぜハムスターなのかと言うと、一緒に住んでいた私の父親が犬猫嫌いで、まあゲージの中で飼う分にはいいだろうという条件のもと、小動物のなかでも一番飼いやすそうなハムスターになったのだ。

でもいざペットショップに行ってみると、いろいろな動物が目に入る。

やれインコがいいだの、金魚でもいいんじゃないなどとのたまうものどもがでてきた。

私たちは、ペットショップを回るうち本来の目的、ハムスターのことはすっかり忘れていた。

そして恐らく4件目であろうか、そこでやっとハムスターのことを思い出し、妻と二人、相談し、ここで買おうということになった。

私は息子たちに意思を伝えるため、目をやると息子たちがその場にいないことに気が付いた。

「おい、あいつらはどうした」

妻に問うと、知らないと言う。

知らないでは済まされない、

慌てて私たちは店内を探した。

店内はそれほど広くはないのに二人ともすぐには見つけ出すことが出来なかった。

途中でハタとまだ探していないコーナーがあるなと思い出し、そのコーナーに行ってみた。

発見。

息子たちは店内の奥にある犬のコーナーにいたのだ。

傍らに定員らしき人物が立っており、次男がなにやら黒き物体を抱き、長男がその様子を見ていた。

子犬か。

近づいて、次男と子犬を見る私。

「犬はダメだぞ」

私が言うと、

「分かっている」

と次男。

「でも、こいつ可愛いだろ」

次男が子犬の喉元を撫でてやると子犬は天使にでも抱かれているように幸せそうな顔をする。

「そうだな」

「顔近づけると舐めてくれるんだぜ、こいつ」

「そうか」

「こいつさ、大人しいんだ。さっきから吠えもしない」

次男はなかなか子犬を手放そうとしない。

次男は子犬をぎゅっと抱きかかえたまま、私を見上げた。

私を見るその目はまるでマリアさま様にお祈りをささげるキリストのような目だ。

私は残酷に思いながらも、彼から子犬を引きはがし傍らにいる店員に手渡した。

「バイバイ」

次男の寂しげな顔が私の目に映った。


結局ハムスターを飼うのはやめた。

次男がいらないと言い出したからだ。

私たちは諦め、車に乗り込み帰途についた。

帰りの道中、次男は一言も言葉を発していなかった。

ミラーを見ると暗い顔をしている。

「どうした」

あまりに無口なので、私が声をかけると彼は首を振るばかりで何も答えなかった。

「コロのことが忘れられないんだよな」

「コロ?」

「あいつ、さっきの犬のことそう呼んでいたんだよ」

長男がそういうと次男はキッと目を見開き、長男を睨んだ。

「コロか」

確かにさっきの子犬にはぴったりの名前だ。

よっぽど気に入ったんだな。

次男は長男と違い、今まで我がままを言ったことことがない。なんでも我慢して心の内に仕舞い込んでしまうしまうタイプだ。

それは、四人兄弟の三男坊の私も同じだった。なにをするのも兄が先、我がままなど言ったことがなかった。

でも、たまには・・・、たまには我がままを通してもいい時があったんじゃないか。

私は次男の今の姿に過去の自分を重ね合わせていた。

よしっ!

私は車をUターンさせ、元来た道を引き返した。

「どうしたの?」

妻がびっくりして私にたずねた。

「戻るんだよ」

「どこに?」

「さっきの店にさ」

「なにか忘れ物?」

「そう、忘れ物。・・・引き取りに行くんだ、・・・コロをね」

「え?本当?」

次男がびっくりした声で叫んだ。

「でも、祖父ちゃんが・・・」

「祖父ちゃんも分かってくれるさ」

私は確証もなくそう言った。確証はなかったが、何故だか父はうんと言ってくれるようなそんな気がしていた。

私は車を走らせながら、コロを迎えにいったら何をしてあげようかと考えていた。

迎えに行ったら、まず次男がコロを抱きかかえて車に乗り込む。

一緒に車に乗ったコロは今までの自分の世界と違う世界があることに気付くだろう。

恐らく落ち着かないに違いない。

それを次男が一生懸命宥めてあげる。

やがて、コロの驚きは興味へと変わりじっと移り変わる外の景色をみる。

そして家に着く。

家に着いたら?そう、家に着いたら・・・・、

私は真っ先に車から降り、我が家の扉を開け、コロにこう言うんだ。

我が家へようこそ。



Time Travel (Budokan'78 ver.) / 原田真二

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