50のひとり言~「りぷる」から~

言葉の刺激が欲しい方へ。亡き父が書きためた「りぷる」(さざ波)を中心に公開します。きっと日常とは違った世界へ。

若者たちにまさるとも・・・

2014-12-21 21:13:00 | 小説
若者たちにまさるとも劣らない図体をリラックスさせるような英次に、ポップスを浴びせかけながら彼らは彼らで、強がりに酔うのだろうが、子供の日を拗ねるような首狩り族の青年たちのような心だろうか、中には足を踏み踊り出す者が見える。小石を手の平に転がす者、男女が肩を組む二人、腕組みして突っ立つ者、たった一人で木の幹にリスを見つめる者がいて、英次がかれらに目をくれないことから調子に乗る者が目立つのだった。クッサ、クッサと小柄が足を鳴らす。二、三人の同調者を見ているが、やがてエスカレートする気配だが、
「死臭かも知れないわよ。立ち往生した、思想を発見した直後に立ったまま死んでしまった。哲学者が昔いたというわ。あの先生の話はデタラメが混じり信用できなかったけども」
「女はすぐこれだからな」
「じゃ試して見せろ」
といわれ、小石を英次の背中に投げて見せて、子供の緊張感のようなそれが走り、
「動いた。動いた」
「縮こまったじゃんか。天才が近くにいてたまるもんか。ざまあ見ろ」
とまた小石を拾って投げた。ベンチに小石は音を立てた。英次が憤慨して立ち向かうのを期すふうに、一人を除く男らが身構え、女らがあとずさりしていたのだ。さらに縮こまる英次を見つけると、皆でけたたましい笑声の散弾を飛ばした。温室の花をいたずらにちぎり取ろう、ウップンバラシをして痛めつけて行こうとするのに似るのだった、彼らの言動は。沸き立つポップスに沸き立つ彼らで、
「やる?」
「えっ」
「たたむ」

(つづく)

彼らには羞恥心を・・・

2014-12-20 22:35:53 | 小説
彼らには羞恥心を抱いていた。羞恥心と尿意と欲情は英次の場合まったく同じ感情。結局は尿と精液を一緒に放出してしまったのだが、五月の日ざしが体を包むので英次はむしろすっきりして、気分がよかったくらいだ。だからお弁当を平らげた。リスがリンゴを茂みの斜面に転がす仕事を、英次は微笑を投げて見た。弁当箱をリュックに入れて、バナナを取り出す。バナナを剝き、頬張った。眼下に街々を眺める。いつまでもその英次の仕事が続いている。孤独な仕事だった。その仕事には、広い世界中にたった一人の、という句を加えねばならない。温室に咲く花のような英次だから。夏めく太陽の下で。と突然英次の隣のベンチを求める青年が、
「臭あっ」
と叫ぶようにいっていた。近くにある国立大学の生徒に違いない。七人の男女が英次の周囲を、いや前方が石垣が迫るので三方から遠巻きにするのである。肩をすぼめる英次は紺色の立派な背広を着ているのを、
「このおっさん、サラリーマンらしいけれど」
「クッサ、臭っ」
不良青年に迷惑。英次はぼんやりとそう思う時に、体が面映ゆい感じに嬉しく騒ぎ出している。彼らの声は耳に届かないで英語の音声の、わめき立つ音楽を浴びている。前方の市街が遠ざかると、城址の高み、太陽の直下の汗ばむ陽気で英次を包む。

(つづく)

「わかっているよ。・・・

2014-12-19 22:25:47 | 小説
「わかっているよ。仲間は仲よくしなくちゃね」あたかも英次は以前の記憶に頼るように、職場で常に思った記憶を無意識に引き出している、そんな声を投げ与える。が頭の曖昧な事情である英次。本能に条件反射をするばかりのリスに懐き、なじみ、親しむ限り、会社へ行くという思いを日々かたくなに保ち続けることを、その英次の声が表していた。
弁当箱を膝の上に開ける英次は、会社のビルを出た角の食堂で同僚と共にいる気分だった・・・卵焼きが好き、おイモは太るから嫌い。一個の梅干しが英次の念頭にふと妙子を浮かばせる、けれどもすぐに梅干しを茂みの中に捨ててしまった。リスたちを逃げ腰にさせると英次は、叱られたような赤面をつくるのだ。
「怒りっぽいのはよくない」
よくないと見あげているリスたちがいる。神妙な英次だった。嫌われては取り返しがつかなくなる思いがして、「ごめんなさい」もどもどと身を揉むのだった。好悪の感情が異常な反応をしたが、思考が半ば麻痺した英次はそんな場合には、決まって尿意を催していたものであり、気分に支配される尿意と欲情を同時に覚えてしまう、症状が重なってきたので、急ぎ股間を手の平で被っているのだ。それは誰にも信じて貰えない苦痛と、英次にのみ覚える快感の一瞬の訪れだ。眼下の街がゆがむ時、手の平に冷たいものを感じて、それはおさまっている。リスたちには感づかれなかったようだった。

(つづく)

英次は市中の公園にきて・・・

2014-12-18 21:17:18 | 小説
英次は市中の公園にきて、空腹をもっぱら覚えながらベンチに腰かけている。欲望は食欲が占めたところでリュックを股間の地に、やおら据えると、城址の高みから消防署や市庁などを見晴らす。昼休みの小さな人影の賑わいを路上に見おろすことで、何となく会社へきている気分らしくなった。現に英次の背後を過ぎる誰かには、リュックが見えず英次に昼休み時のサラリーマンを疑わないのだった。ある中傷や軽蔑の視線はそこでは避けられた。
リンゴ、バナナ、お弁当とリュックの中を探る時、英次は遠足に似る気分へと移ると、二つの気分が肉体に記憶されていたものの現れ。といえば似非サラリーマンの英次なのだ。眼下、すぐ近くの茂みにリスが走り寄って、英次に親しみ始めた。日々ここを訪れたので、リスが会社の同僚になり、そこが英次の会社であった。何となく英次は会社へきていて、二個のうちのリンゴを一個足もとに転がしてやるのも、その同僚との親睦を大事にしたいのだからである。リスが一、二.三と顔見知りの数だけが今日も集まり、英次にはかわいさから眺めるのではなくて親しい間柄として、互いに見つめあって、英次がリスに、
「あげる」
と一かじりしたリンゴをそっと添えてやっている。するとリスは抱えきれない好意を、両手を差し出して受ける具合にちょこちょこ寄りつく。尻尾がふさふさして、ネズミじゃない私はリスだから礼儀を知るというのだろう。頭を何度も英次の方にふる。

(つづく)

こんなに夫婦の妥協が・・・

2014-12-17 21:25:17 | 小説
こんなに夫婦の妥協が早いのは、英次が体だけでも元気なのがせめてもの救いと絶えず慰めあったからだった。徹底的な痛手とならなければ、徹底的な意思の疎通を欠くままにいれる、おかげなのだろう。雄吉はちらりそう考えては、妙子の変化にぬかりなくいそいそと従っていた。・・・そういえば朝刊紙に向かった時、雄吉の目が社会面とスポーツ面に限られた裏には、あの妥協と慰めを秘めたものだった。会社に縁が切れた後、会社へ行くといい張る英次が住んで、その言葉を暗黙裏の禁句にするはずの父母だったが、いずれにしろ二人三脚のようになった。ダイニング・キッチンから玄関にきた。家を空にして五月晴れの住宅街に出るともう、雄吉と妙子の間には英次がいなかった。
「おはようございます」
「こんにちは」
路上の挨拶を交わし、交わしに何の不思議もない。日常性があふれる街を、緑の市が開け、世界中の花々が咲き乱れる広場を目ざして行った。前の夫婦のように手をつなぎ、あるいは鉢花を胸に誇らしく帰る男女のように歩きたいものだった。けれども額を撫でて、
(お二人は鬼の居ぬ間に選択ですが)
街の風がそういって吹くような気がして、雄吉は妙子に一歩先を譲った。
「サルビア、サルビア、サルビア・・・」
と妙子は家を出た時から、そう念仏のように思いながらきていた。

(つづく)