50のひとり言~「りぷる」から~

言葉の刺激が欲しい方へ。亡き父が書きためた「りぷる」(さざ波)を中心に公開します。きっと日常とは違った世界へ。

彼らには羞恥心を・・・

2014-12-20 22:35:53 | 小説
彼らには羞恥心を抱いていた。羞恥心と尿意と欲情は英次の場合まったく同じ感情。結局は尿と精液を一緒に放出してしまったのだが、五月の日ざしが体を包むので英次はむしろすっきりして、気分がよかったくらいだ。だからお弁当を平らげた。リスがリンゴを茂みの斜面に転がす仕事を、英次は微笑を投げて見た。弁当箱をリュックに入れて、バナナを取り出す。バナナを剝き、頬張った。眼下に街々を眺める。いつまでもその英次の仕事が続いている。孤独な仕事だった。その仕事には、広い世界中にたった一人の、という句を加えねばならない。温室に咲く花のような英次だから。夏めく太陽の下で。と突然英次の隣のベンチを求める青年が、
「臭あっ」
と叫ぶようにいっていた。近くにある国立大学の生徒に違いない。七人の男女が英次の周囲を、いや前方が石垣が迫るので三方から遠巻きにするのである。肩をすぼめる英次は紺色の立派な背広を着ているのを、
「このおっさん、サラリーマンらしいけれど」
「クッサ、臭っ」
不良青年に迷惑。英次はぼんやりとそう思う時に、体が面映ゆい感じに嬉しく騒ぎ出している。彼らの声は耳に届かないで英語の音声の、わめき立つ音楽を浴びている。前方の市街が遠ざかると、城址の高み、太陽の直下の汗ばむ陽気で英次を包む。

(つづく)