50のひとり言~「りぷる」から~

言葉の刺激が欲しい方へ。亡き父が書きためた「りぷる」(さざ波)を中心に公開します。きっと日常とは違った世界へ。

英次は体と両腕を・・・

2014-12-26 21:04:32 | 小説
英次は体と両腕を平行に、「おじさんは先生ですか」といってするうちに、山田は名札の文字から目を離して、一個の魅力から解かれた具合いにきょとんとしている。薄汚れた野球帽を脱いだ髪を、山田はしきりに撫で、照れているのだった。
「ちぇっ、おだてに乗せやがった。英次くん。なるほど賢そうな名前じゃないか。かわいそうに、三十五歳でこの男まえで美人の嫁を貰っていたとしても、決しておかしくないんだ。それはおとうさんが書いた?」
「うん」
「ほう」
と山田は吐息に同情の色を滲ませた。芝生の毛虫の死骸を、植えこみに蹴りこんでいた。季節ごとに見かけた英次を仲間の手前のあり、捕える機会がなかったが、その文字に対する劣等感を持ち続けていたので、一円にもならぬ仕事は二の次にした。英次に先生と呼ばれて聞き慣れない分だけ、山田は機嫌よくしたのだろう。仲間同志がよくした口調に戻ると、晴天下には山田の目に眩しい紺の背広姿を、毛虫を見ていた睥睨の目に戻っているのだ。
それは、英次の唯一ひたすら嫌悪した目なのだった。妙子が相手の際でも勝手にそう決めこんだ山田の目であって見れば、英次は構えてしまって逃げ出したくなる。

(つづく)

男の方は社会奉仕に・・・

2014-12-25 21:36:13 | 小説
男の方は社会奉仕に気負ってきたのが、退屈している時に例の若者が現れた。普段には仲間がいるのに、今日は道行く無関心の人ばかりなのであり、孤独の作業が何だかみじめなような気分がしていた・・・・・・「まあそんなものだ。害虫を殺す人、なるほど違いない」失業対策事業で雇われていて、街の緑を守るなどと、ある種のみじめさとキザさ加減を英次の言葉がふり払っていた。
「私は山田。君は?」
「・・・・・・」
「名なし?」
と山田は英次の胸を窺う。名札の文字に、雄吉の筆跡に感動的な気配と取れそうな表情をしながら、小声を発した。
「いい町に住んでいるんだね。おじさんはちょっと見直した、正直。毛虫ねえ、これは害虫に違いないが、そうといい切れないんだな。蝶になる」
とまじめになる。

(つづく)

道端に植えこみがあり・・・

2014-12-24 21:43:28 | 小説
道端に植えこみがあり、毛虫が這うのを英次は興味ありげに見つめて留まる。仕事場は中心街に位置する公園で、南に面して裁判所の白い建て物を見て、手入れの行き届いた草木の道々で、英次自身はうまずたゆまず日暮れ近くの時になる間を過ごすつもりだった。そうして端目のんびりと見えるリュックの背広姿は奇異と、不気味さや面白さが交じり、不思議な童貞男の雰囲気と行きあう者の目にいわせたようである。
「毛虫に触れるとカブレルぜ。おにいさん」
とふいに横あいから声がかかる。作業服の男は日焼けした顔がほころぶと鋏の先を伸ばして、毛虫を叩き落として芝生に踏んづける。その英次の雰囲気が彼を親しませたのだろう。見苦しくつぶれた毛虫が現れ、英次は靴で物真似に毛虫を素早く踏んづけていたのだ。よろしいと男は満足、先生と生徒の間柄を遠い過去に辿る心持ちであった。彼は、四十歳で、隅には休日の社会奉仕も気分がいいものだと、英次にともなく呟いている。
「害虫を殺す人ですか」
と英次妙に言葉が滑らかに出るのだった。

(つづく)

搦手門を出ると左手に・・・

2014-12-23 23:07:23 | 小説
搦手門を出ると左手にとった。英次は城址をくるり三周するのが日々の仕事。習慣になっていて、舗道の喧騒に出たり、緑陰に入ったり、今は樹木の光の散らばりを気隋に踏んでいる。リュックが、通りがかりのOLに美しい真顔をつくらせる時、城址の太陽を中心に回る星のように、英次の姿は昼さがりに時計の役をしていた。星は孤独なのが常だったが、英次はこの道にある時には一周二周、三周とお気に入りの気持ちだったのだ。もっとも目顔に輝きを宿している。
「もうこんな時なの」
OLは数年間続いた英次の姿に気づくとそういって、会社の噂話を続けて行った。「私たちを課長はこき使って。一度は抗議しなくてはと思うわ」
「それに、エッチなの。喜ぶとでも思っているのよ。あの課長が出世に無縁なのは当たり前ですわね」
「あなた気をつけて。不満の受け口にならないように、課長の」
「うまくやりましょう。喫茶店でサボッちゃいましょうか」
賛成々々と次第に小さく行き過ぎていた。爽やかな微風が颯爽たるOL二人の背後を追い立て、英次の行く手にそれが一層、仕事に対する意欲を煽った。英次に触れてくるものは風、でも仕事に励みを与える風との触れあいのように思えば、自然に身が弾んだ。触角が仕事に誘ったのだろう。

(つづく)

「て?」・・・

2014-12-22 20:36:28 | 小説
「て?」
「武器を探してこい」
「本気?」
「平気」
「公園の害ってわけよ」
「臭いものはやっつけましょう。勇気ある人が好きなのよ、私は」
「決まりっ」
「棒切れを集めてくるよ」
「止せ」
と一人が小柄の前を塞いだ。英次はリス相手の時間に比べて、何かその賑やかさが楽しい時間を確かに過ごしていると、その声を冷ややかに感じるのだ。梢の中に消えたリスを仲間のせいにして、その男は相手の胸の前で見おろして諭すようにこういった。「監獄行き、覚悟あるの、あるなら止めはしない。結構楽しんだのだし。退屈しのぎになったし、御天守の広場でダンスをしに行こう。どう皆。パフォーマンス」と。
英次にはその声が説教じみて伝わり、おぞましくさえも響いてくるのだった。違和感が悩ますものの類に入る言葉は皆、英次の心を乱した。城址、草木、街、建て物、人影、リス、青年の声々、耳目が全身だった・・・僕がキライになって行ってしまうのかなと英次は思うものであった。寂しくはなくて、がっかりしながら、彼らが遠ざかって行く声や足音を耳にした。・・・・・・

(つづく)