50のひとり言~「りぷる」から~

言葉の刺激が欲しい方へ。亡き父が書きためた「りぷる」(さざ波)を中心に公開します。きっと日常とは違った世界へ。

卓上に盛る粽が・・・

2014-12-07 17:39:23 | 小説
卓上に盛る粽が手つかずのままであり、お椀を英次が例のように傾かせて卓上に滴った。汁の滴りがもしも背広にかかった時には、英次が猫を踏んづけたような騒動だったろう。彼は櫛目の髪に、整った面長の高い鼻と広い額、それに紺の背広に赤いネクタイと見た目に立派なサラリーマンだ、しかし次の言動が常に妙子の悔し泣きを誘った。卓上を指さし、「ママ、ママ」を英次が呼ぶばかりであった。
妙子は出窓にぷいと張りついている。それが今日このごろの息子に対して取った妙子の態度で、初めには雄吉の目を丸くさせたものだ。建てこむ隣家との間の狭隘な五月晴れを覗くようにする。出窓に飾る三色すみれに苛立ちを慰め、世間に引け目を持つ人間がよくする妙子の目。隣家を避ける。その目を鉢花は現にやわらげてくれた。英次のくぐもり声は助けを求めるが、妙子は聞かないふりだった。子供に向く脳の退行を救うとか、お子さまより自分を大切になさいとか、そうすることで巡り巡って相手が救われて行く道とか、一条一条念仏のように胸の中にぶつぶつともっぱら刻んでいた。
「ママぁ」

(つづく)