50のひとり言~「りぷる」から~

言葉の刺激が欲しい方へ。亡き父が書きためた「りぷる」(さざ波)を中心に公開します。きっと日常とは違った世界へ。

「いえ、何でもない・・・

2015-01-31 19:45:11 | 小説
「いえ、何でもないこと」
「困りますわ」
「じゃいいなおせばいいのね。皆さんも気をつけなくっちゃダメよ。これでいいかしら」
マンションの街では声に乗った噂話は、凶器にも等しかったと、それは久しい妻の関係から男にはよくわかるが、背もたれに深くベンチに腰かけなおして、そのピノキオの鼻を指で突っつく。小公園に唐突な太陽が降りそそぐと、女らが子らも一気にほがらかな光を漂わせている。今は巨大なマンションの街を化している街の、人影がまばらな街の午後だった。
「だからクモのお話。アダルトビデオってあるじゃない、そんなつもりで聞いてね」
年上女は滑り台の階段を背にしながら、そういって巧妙、と男は思う。女らを聞き守る風に、微風にそよぐ青葉に目線をそらしてる。ちょっとした蜘蛛騒動に、男はあの憂鬱が遠のいているようだった。

(つづく)

「毒グモだったら、・・・

2015-01-30 21:14:51 | 小説
「毒グモだったら、たいへんでした」
いやあねと年上の女がいった。しなう腕や華奢な胸を男は頭の隅に呼びもどし、毒蜘蛛に違いない人間らに満ちみちた都市の、あらゆる風景がごちゃまぜに思いうかべられる。青葉の端にマンションのビルの頂きに、薄雲に太陽が西に傾いていっている。あの蜘蛛の行方は知れない。砂場で子らが助かっているではないか。
「意外とナイーブなんですね」
と頭の中で若者の呟き、男は苦笑をこらえる。
「あなただって、気をつけなくちゃダメよ」
「あら、どういうことかしらあ」
「どういうことだろう」・・・・・・若い母親に対してと男も象の滑り台の方に耳を傾けた。

(つづく)

とその時だった。雷鳴が・・・

2015-01-29 20:09:09 | 小説
とその時だった。雷鳴が、男には猛禽めく雷鳴が降ったのは。女らの声と雷鳴と。と男は生来の怖がりだが、一瞬立ちつくしてしまった風でも、女の声に助けられたもので、
「さいわい雨はなさそう」
遠のく雷鳴で、男はピノキオの図柄のベンチにどっかと腰かけていた。
女が、砂場で黙然と遊ぶ子らに駆け、イチョウの梢に小さい蜘蛛の巣を見る。男は女を目で追った。とっさにクモが打ち落されたらしい・・・・・・大都会の蜘蛛。マンションの谷間、遠のく雷鳴、それでもそよぐ風が初夏のあの香を運んでくると、男に蜘蛛を思う余裕を生むようだった。彼はふといっている。
「仕様がない。クモは巣を張れば、それは獲物がかかるかも知れまいが、命あってのモノダネ・・・・・・」
そう男は巣を張らないで生きたがった。強く、
「この方が第一安全だろう。ぼくの方がさあ」
という呟きを目線の中に泳がせる。

(つづく)

彼のいった彼女は、男には・・・

2015-01-28 20:06:31 | 小説
彼のいった彼女は、男には姪だった。彼は友人の子息で、さすがにおしゃれなとこが買えると男は思った。初夏の街角になれていた目がロビーになれるとそう思い、男の目には風景がすでに別世界の情緒な風貌であった。若者は濃艶な色のポスターを端目にしながら、今度はさも恥ずかしそうに気どっていて、
「彼女のことで・・・・・・つまりその、ぼくたちのことですが・・・・・・」

目にしみる青葉。マンションの谷間と呼んだ小公園がある。男はとぼとぼと、児童公園風な像の滑り台のある小公園に、たむろする女らに招かれる風に入っている。招かれる風に? 男は先日の若者の彼女姪に、その女らをつと目に重ねていたらしい。たれこめた雲の矩形の空だった。それから男の憂鬱はわずかに薄らぐようだったが、
「あらっクモが」
と軽く呼ぶように若い母の声がきた。

(つづく)

演劇好き。ヒイキの・・・

2015-01-27 19:47:54 | 小説
演劇好き。ヒイキの演目や女優となると男はもう、いても立ってもいられない。
偶然男が知人の子息にでくわしたのは劇場の、ロビーだった。冒頭は、『迷惑』だった。
「あ、おじさま、おじさまじゃないですか。奇遇う。彼女のきっと神通力か何かでしょう」
と若者、異常な明朗さを印象にしてきた。男はロビーに入るなり、さも親しくつかつかと捕まえられた。ふいをつかれて、つと釣られた魚のように腰かけたものだ。演目には曽根崎心中で、男はそれに加えてロビーの演出に釣られていただろう。ふいに、おじさまと彼にこられて、面くらった。「どうしたの?」

(つづく)