私の近くの修道院 子供の頃にちょっと日曜学校に行った教会
今は高齢化して、手押し車を押してスーパーに行く尼さんを時々みかけます
(シスターというのでしょうが)
このまま行くと修道院が老人ホーム化するのではないか、等と危惧したりします
(失礼かとは思いますが
北原怜子さんは、ご存命であれば、85才になられます
修道院にいたら、高齢シスターになりますが。
修道院の方達は、当然ご自分たちで炊事をなさると思われますが、
買い出しに行くシスターの高齢さを考えると、若い(中年でも)シスターが
いかに少なくなっているのか、と思ってしまいます
つまり、北原怜子さんの活動なさっていた頃と、今との違いを思います
当時でもご両親は、修道院志願を大変嘆き悲しまれたという話ですが、
今の世で、シスター志願の人がどれほどいるでしょうか、と考えてしまいます
当時であったからこそ、北原怜子さんの悲劇は生じたのではないか、と思います
私だって、今は自己犠牲否定派になりましたが、
昔は「尊い、自分には到底できない行為」
だと思っていたはずです、思っていました
自分を捨てて他の者の為に、ですよね?