ママが仕事の土曜日。
ジイちゃんも清掃活動に出かけるという。
うちのジイちゃんはむかしむかし専売公社に勤めていて(退職の頃には日本たばこ産業㈱と変わっていたが…)、たばこの営業をしていた。
そんな経緯で大病を患った後の今でも、すんごく値上がりした今でも、タバコが止められないでいるのだ(別に止めても差し支えないので、止めないのは本人の意思であるのだけれど…)。
ま、それは別として、定年退職して15年も経つのに"たばこ産業OB"として、県内でイベントなどがあると清掃活動…いわば"吸い殻拾い"に出かけていく。
バアちゃん曰く、『ジイちゃんの吸い殻が、家の前の側溝の蓋の隙間には数え切れないほど溜まっているはずなので、清掃活動に出かける前にドブの掃除をして欲しい』とのことなのだが、もはやジイちゃんに側溝の蓋を持ちあげる程のパワーは無いのでそれは許してあげて欲しいと思う。
さてさて、今日の清掃活動の行き先は蔵の町として有名な栃木市の「とちぎ秋まつり」の会場だという。
ジイちゃんがそこに行くことを聞くまで、栃木市のお祭りがあることなど知らなかったのだが、せっかくなので「ひいちゃん」と「ふうちゃん」と出かける事にする。
でも、ジイちゃんは昔の仕事仲間と行くというので、別行動であった。
栃木市のメインストリートを使って山車がいっぱい出ていた。どの山車の上にも立派な人形が由緒ありそうな衣装を着て立っている。
高い位置にあるので、近くで見ると衣装はみすぼらしいものなのか、近くで見るとより豪華絢爛なものなのかはよくわからない。
この地域の子供や大人が山車を引いて練り歩くのである。
祭りの範囲がどこからどこまでなのか判らないほど車両通行止めの区域は広く、長い。
その広いエリアの道の両脇には、お祭りらしさを引きだす屋台がズラリと並んでいる。
できれば一通りブラブラと眺めてから、美味しそうなモノを食べたり、子供に何か買ってあげたりしたいと思ってはいたのだが、やはり4歳と2歳の子供にそんな説明をしても判ってくれないのである。
スーパーボールすくいの前を通り過ぎると「ひいちゃん」が立ち止まる。
『やりたい…』
う~ん、"やる"と言い切らないところが可愛いが、メインストリートに出てまだ2分と過ぎていない。もしかすると別の場所のスーパーボールすくいのほうが、大きくてキラキラしたものが流れているかもしれないのだ。
『あっちの端まで行って、戻ってきたらやろうね』
『やだ…、やるの』
普段あまりワガママを言わない「ひいちゃん」だが、"ガチャポン"と"わたがし"と"スーパーボール"にだけは強い執着を持っていて、泣きベソをかいてまで欲しがるのだ。
そんなやりとりをしているのを「ふうちゃん」は素知らぬ顔で見ている。
こういう場所にくると「ふうちゃん」は走り回りたくてしょうがないだけで、あまり屋台には興味がないらしい。お姉ちゃんが買うモノ、やるコトに倣うという感じである。
で、結局2人はスーパーボールをすくう。アタシの気持ちは汲んでくれないのだ。
家にスーパーボールを持って帰るとバアちゃんが『またそんなの買ってきて!』と怒るのだが、お祭りの人ごみの中で泣きベソをかいた娘を連れて歩くことに比べたら、バアちゃんに怒られたほうがまだいい。
そんなこんなで娘たちの要求するまま、ソフトクリームを食べ、やきそばを食べ、ジュースを飲み、バアちゃんへのお土産である"岩下の新ショウガ"(岩下食品の本社も工場も栃木市にあるのでテントで売っていた)を買い、ママへのお土産である有名店のマカロンを買い、当然のようにわたがしを2つ買い、おまけにケーブルテレビのテントでもらった風船を2つ持って、いざ帰ろうとしていたら、「ひいちゃん」が『ジイちゃんどこにいるのかな~』と言い出した。
確かにこのお祭り会場のどこかにいるのだろうが、これだけ広くて、これだけの人なのに見つかるかどうかわからない。
なのに「ひいちゃん」は『探そうよ~』といってきかないのだ。
この荷物を持って、手を繋げない状態で自由気儘な娘2人を連れて、夕方になれば家で会えるジイちゃんを探すなんて、気が重くなる話であるが、とりあえずは会えなくても探そうとしないことには「ひいちゃん」が諦めそうになかったのである。
アタシはとりあえず、清掃をしている集団がいないかどうか探すことにした。それにしても午後になって人が増えてきているので、ウロチョロ歩く「ふうちゃん」が迷子にならないか気が気でない。
400mくらい歩いたろうか。緑色のジャンパーを着て清掃活動に協力を呼び掛けている人々がいた。そのうちの一人に清掃をする人の集合場所を聞き、福田屋百貨店の北側にあるその人たちの拠点となるテントに辿り着いた。
日本たばこの関係者っぽい人にジイちゃんの名前を告げて、どこにいるか聞いてみても、そんな15年も前に退職しているOBの名前など把握している人はいなかった。おそらくOBの年寄りたちはおおよその参加人数くらいしか管理されていないようであった。
ウロチョロする「ひいちゃん」と『ジイちゃんいないの?』と訊いてくる「ひいちゃん」を見ながら、アタシは途方に暮れていた。ここにいないとすれば、どこを探せばいいのやら…。
と、思っていたら遠くから『ひいちゃ~ん』と呼ぶ声がした。
ジイちゃんだ。
緑色のジャンパーを着て、普段とは違う格好だが、間違い無くうちのジイちゃんであった。
『何見てきた? 何食べた?』と、ジイちゃんは嬉しそうに娘たちに聞いている。どうなることかと思ったが、とにかく会えて良かった。
あてもない"ジイを探して三千里"は終わりである。
さ、ジイちゃんはお仕事があるから、帰ろう。
と、また延々と車を停めた臨時駐車場まで歩かねばならない親子3人であった。
(つづく)