お気楽でのんびり屋、45歳パパの『幸せのおすそわけ』

不景気の中40歳で会社を自主退職した無責任パパは、何事にもお気楽でポジティブシンキング!他愛ない日常の幸せをおすそわけ!

小学校のプールの思い出

2013-06-13 23:28:00 | 育児

 問題。私は誰でしょう?

     

 そうです。長女「ひいちゃん」です。

 小学校で水泳の授業があるので、水中メガネを買ってきました。メガネはしなくてもいいのですが、友達はするみたいなことを「ひいちゃん」が学校で聞いてきたので買いました。

 本当はスクール水着を買うのが一番の目的だったのですが、ママが気に入ったスクール水着(アタシはスクール水着なんてどれも一緒だと思っているのですが…)の合うサイズが無かったので、家に帰ってからネットで注文しておりました。
 合うサイズが無いと言いつつ、サイズ合わせの出来ないネットで買うとは"???"っぽい行動ですが、水着は伸縮する素材ですし、もしサイズが小さくても妹がいるからいいんだそうです。

 でも、うちのタンスには下の子に着せようとしまい込んだまま、もう三姉妹の誰も着られなくなった小さいサイズの服が、新品のまま肥やしになっていたりするのですが、そんなことを言い出すことはもちろんご法度です。

 さて、もうすぐ水泳の授業が始まる「ひいちゃん」。
 まだ泳げないどころか、潜ることさえ出来ません。ビート板を掴んで、顔を出してバタ足して進むことを本人は泳いだと言っている…そんなレベルです。

 小学校の授業でどれだけ進歩するのか、見ものといったところでしょうか…。

 アタシが、浮き輪やビート板もなく、自力で泳げるようになったのは1年生の夏。今も子供たちと良く行く総合運動公園のプールでした。
 父親(ジイちゃんのことです)に『こうやると浮くよ』と、身体が浮くことを自慢げに見せていたら、『そこからこうやって泳ぐんだ』と言われて泳げたんだと思います。もちろん息継ぎなんて出来ないので、プールの壁を蹴っても5m程度しか進みませんでしたが…。

 初めて25mを泳げるようになったのは小学校6年。場所は「ひいちゃん」がこれから授業で使う同じ小学校のプールです(「ひいちゃん」はアタシの後輩ですから当然ですね)。何を隠そうこの小学校のプールはアタシが小学校6年生の時に完成したもの。アタシ達の年代が初泳ぎをしたんです(って威張っても、今の子供からすればただの年寄りだという証明にしかなりませんが…)。それまではプールの授業がある日はバスに乗って市営のプールに通って授業をしていたんです(プールの日は遠足みたいな気分でした)。

 で、25m泳げたのは夏休みが明けて、水泳の検定の日。それまでは息継ぎが出来ても1回か、2回。15mくらいのところで苦しくなって立ってしまっていたアタシ。それがそのコースの担当の先生(担任ではない、野球部顧問のコワイ先生でした)の激に、途中で立つに立てなくなって溺れそうになりながら25m先の壁に辿り着いた記憶は今でもハッキリ覚えています。最後はクロールというよりは犬掻きみたいで、プールの水をたっぷり飲んで、25m泳いだという達成感より、冷たい水を飲み過ぎたせいでプールサイドに上がった途端、頭がガンガン痛くなりました。

 お陰で中学生以降は、水泳の授業でもいたって平均的なレベルを維持することができましたので、中学校・高校で水泳の授業がある度にあのコワイ先生の激を思い出したものです。

 「ひいちゃん」もその小学校のプールでどれだけ泳げるようになるのか、どんな思い出を作るのか、楽しみにしています。ま、帽子を被り、水中メガネを装着するのでさえ一苦労なのですから、期待はしてませんがね。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿