この3月で会社を辞めた人たちも、新たなる場で生活を始めているのだろう。先日帰りの電車で遭遇した10年以上前に定年退職した先輩は、退職後も同じ地域の同じころ辞められた方たちで集いの会を定期的に開いて飲んだり魚釣りなどを楽しんでいた。しかし、1人が亡くなったのを契機に、その仲間から退いた先輩もいる。長年いろいろ思いながらも家族ぐるみで付き合ってきた仲間も、いつそうした「別れ」とまではいかなくとも疎遠な関係を招いていくとも限らない。そこにはそれぞれの思いがあって、それぞれの判断がある。周りからみれば「なぜ」と思うところであるが、それがわたしたち人間なのである。
今親しくしている仲間が、いつ疎遠となり、また音信普通となるやもしれない。わたしはここ何年かの間に、失われたものはどうしても回復できないと思い、いくつもの糸を切ってきた。それはわたしの判断、あるいは身勝手という見方もあるかもしれないが、そこまでして八方美人でいられるほど鈍感ではなかった。人とひとは、それなりに互いが思うからこそ繋がるものであって、片思いだけでは何も始まらないし、自らが損をすることもある。それを悩むのが人であり、そうした厄介な思いをしたくなければ自ら糸口を切るのは自己保全のようなもの。そし何かの機会に、相手がそれに気がつけばそれぞれの思いはどこかで修復もできるものだ。それがそれぞれの思いの蓄積だと思う。
例えば同僚がある部署に配属され、その部署に身を置いて以降、何も会話がなくなったとすれば、もはやそれはそれまでの糸口を切断したようなもの。こちらの環境が何も変わっていないのに、相手側が変わったことで無口になったとすれば、そもそもがわたしとの糸口は切られた、あるいは耳を傾けるに値しない関係になったという気持ちを抱くのはわたしだけではないだろう。この春何人かいろいろなことで関わった人たちが、会社を辞めていった。3月の末日に、そんな1人からメールが入った。近年の傾向なのだろうが、会社内が危ういにもかかわらず、下から上への意見はなかなか発せられない。ところが陰ではいろいろ不平不満を口にする人も多いし、また口にはせず諦めている人も多い。彼はふだん話しやすい人たちには不平を漏らしたが、上へそれを伝えるのは下手というかしなかった。数年前同じ部署にいたときも、一緒に仕事をしている上司に対してその仕事に不可解な疑問を抱いていたにも関わらず、無駄に時を費やした。思うのなら口にして自らが納得できないことを示すべきところをそれをせずに、周囲がそれを問うと疑問を口にした。従順なのかもしれないが、無駄を省くという視点ではとても良策とは言えなかった。
わたしはこれまでにもわたしよりは若い人たちに「無口」という形で糸を切ったような関係を置きながら思いを示してきた。もう10年以上前に辞めた同僚とは松本時代に空間を共にした。彼の若さに無口という表現で人とひとの関係を意識しろと教えた。彼は数年後再びわたしと同じ班で働いた。彼がわたしの意図したものをつかんだかどうかは解らないが、無口を越えたつながりをわたしに求めた。わたしの思いもあって退職後は再び糸は切られたが、彼は彼なりにわたしの思いを解ってくれたと思っている。そういう意味では何かヒントを与えてくれるきっかけが必要だというのは言うまでもない。いろいろ関わったにもかかわらず、何も意志表示せず辞めていった人たちもいる。それにくらべたら末日に届いたメールは、わたしのこころを少しでも和らげてくれたことは間違いない。
今親しくしている仲間が、いつ疎遠となり、また音信普通となるやもしれない。わたしはここ何年かの間に、失われたものはどうしても回復できないと思い、いくつもの糸を切ってきた。それはわたしの判断、あるいは身勝手という見方もあるかもしれないが、そこまでして八方美人でいられるほど鈍感ではなかった。人とひとは、それなりに互いが思うからこそ繋がるものであって、片思いだけでは何も始まらないし、自らが損をすることもある。それを悩むのが人であり、そうした厄介な思いをしたくなければ自ら糸口を切るのは自己保全のようなもの。そし何かの機会に、相手がそれに気がつけばそれぞれの思いはどこかで修復もできるものだ。それがそれぞれの思いの蓄積だと思う。
例えば同僚がある部署に配属され、その部署に身を置いて以降、何も会話がなくなったとすれば、もはやそれはそれまでの糸口を切断したようなもの。こちらの環境が何も変わっていないのに、相手側が変わったことで無口になったとすれば、そもそもがわたしとの糸口は切られた、あるいは耳を傾けるに値しない関係になったという気持ちを抱くのはわたしだけではないだろう。この春何人かいろいろなことで関わった人たちが、会社を辞めていった。3月の末日に、そんな1人からメールが入った。近年の傾向なのだろうが、会社内が危ういにもかかわらず、下から上への意見はなかなか発せられない。ところが陰ではいろいろ不平不満を口にする人も多いし、また口にはせず諦めている人も多い。彼はふだん話しやすい人たちには不平を漏らしたが、上へそれを伝えるのは下手というかしなかった。数年前同じ部署にいたときも、一緒に仕事をしている上司に対してその仕事に不可解な疑問を抱いていたにも関わらず、無駄に時を費やした。思うのなら口にして自らが納得できないことを示すべきところをそれをせずに、周囲がそれを問うと疑問を口にした。従順なのかもしれないが、無駄を省くという視点ではとても良策とは言えなかった。
わたしはこれまでにもわたしよりは若い人たちに「無口」という形で糸を切ったような関係を置きながら思いを示してきた。もう10年以上前に辞めた同僚とは松本時代に空間を共にした。彼の若さに無口という表現で人とひとの関係を意識しろと教えた。彼は数年後再びわたしと同じ班で働いた。彼がわたしの意図したものをつかんだかどうかは解らないが、無口を越えたつながりをわたしに求めた。わたしの思いもあって退職後は再び糸は切られたが、彼は彼なりにわたしの思いを解ってくれたと思っている。そういう意味では何かヒントを与えてくれるきっかけが必要だというのは言うまでもない。いろいろ関わったにもかかわらず、何も意志表示せず辞めていった人たちもいる。それにくらべたら末日に届いたメールは、わたしのこころを少しでも和らげてくれたことは間違いない。
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