アララギに鰯より
節分以降節分の習俗を注意深く見つめてきたわけであるが、先日柊以外のものを使って鰯を玄関など戸口に掲げる例を阿南町新野で見てきた。柊に鰯が通常かと思い込んでいたが、そうでもないことを知るとともに、では長野県内では何が使われているのかという思いが募った。そこで長野県内において節分に戸口を中心に掲げられる魔除けにどういう木、あるいは植物が使われているか調べてみることにした。ここでは『長野県史』民俗編の東南中北の4巻の資料編のうち、(二)「仕事と行事」より節分の項にある「はらい・その他」から分布図を作成してみた。掲げられる事例のほとんどが魚を柊などの枝に挿すもので、魚はその多くが鰯となる。事例には「鰯」とは表現されず「目刺し」とか「たつくり」、あるいは「ごまめ」といった表現があげられるが、いずれも鰯の一種と言える。そのいっぽう挿す木には多様性が見られる。事例の中には木の種類を示していないものも多く、「木の枝」とか「串に刺す」といった具合に具体的な表記のないものも多い。したがって樹種が解らないような表現の事例は分布図から除外している。
分布図からも解るように、柊を使っている例が一般的、というわけではない。そして柊に関しては下伊那郡に特徴的に事例として見られるが、他地域ではマイナーな存在と言える。県内で最も多い例と言えるのが豆がらである。この中には「大豆の枝」という表現のものも含むが、逆にこの豆がらという事例は下伊那郡では1箇所しか認められない。豆がらは松本周辺に夥しく分布するとともに、佐久地域を中心に東信にも集中する。そして豆がら地域には他の事例が少ないという特徴を示す。また、諏訪地域では「かや」という答えが多く、下伊那の遠山谷にも集中するが、「かや」と表現されているものの、「茅」であったり、「榧」であったりして、その答えは不明である。あえて「茅」あるいは「榧」と表記されているものもあり、その事例域から推定すると諏訪地域のものは「茅」、遠山地域のものは「榧」と思われる。樹種が表記されていないものに多いのは、「串」と書かれているだけのものである。「串」というと竹を想像させるがはっきりとは言えない。竹系のものは全県的に点在するが、明確に「竹」と判断できる例は少ない。下伊那地域ではこれらの他に、ヒノキ、モミ、松といった常緑樹が挙げられていて、多様性がうかがえる。先ごろ新野で確認されたイチイ(アララギ)例は、大鹿村と旧日義村の2例のみと少ない。木曽南部の「ビンカの木」というのも特徴的である。
分布域という捉え方では、空白域が顕著に見られる。下伊那地域に多い分布が上伊那には周縁部をのぞいてまったく見られなくなる。また北信域にも無いとともに、中信の北部域にも見られない。このあたりがどういう意味なのか、実際のところ魚を挿す木あるいは植物という視点からのみ分布図としているため、ほかの節分習俗と絡めて捉えないといけないのかもしれない。たとえば『長野県史』民俗編第2巻(二)南信地方(長野県史刊行会 昭和63年)の539頁にある「節分」の分布図で解ることは、諏訪地域は「魚の頭と十二書きを門口に飾る」地域、上伊那は「木戸口で火をたく」地域とはっきり分けられ、下伊那は「魚の頭を門口に飾る」、あるいは「カニカヤを戸口にはる」が混在するとともに、「木戸口で火をたく」地域が下伊那北部に見られ、多様性に富むと言える。この多様性がそのまま今回の魚を挿す木あるいは植物にも現れているといえるだろうか。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます