あれよあれよと7月。朝、掃除して布団を干してみて、いい天気と思ったけれど、いざ出かけてみると、南に向かうにつれて、もわーっとした湿気の重い、それでいて、熱い空気。こんな日にレッスンなんて…。大汗注意報…笑。レッスンの数日前から、少し身体が重くて、症状からして、膵臓が衰弱しているもよう。レッスンまでにはなんとか体調をプラスマイナスゼロの状態に…。
身体をほぐしながら、…ふむふむ、今日は人数が少ない…ってことは…?!レゴンみっちりといきました。。。
一回曲をつけてみんなで踊ってみて、それから、パーツパーツでおかしいところを。
その後からが、鬼の特訓でした。参加メンバーは8人だったのですが、一人1回、先生(=幸恵さん)の左隣で、通しでみっちり踊ることになりました。(人数分、踊るのーーー驚)
ひとりひとり、適切なアドバイスとともに、それぞれが弱い部分を補う体操なんかも、みんなでやったりなんかして。身体の癖というのか、ひとりひとりそれぞれ違ったもので、それはそれは、なるほどなーと思いました。
で、なんとなく後ろ向きな私、最後に踊りました…(もっと早く踊っておけばよかったかなーという体力、燃料切れ寸前)
とにかく必死で踊りました。見えてなかったです。いちばんはじめのレットーン(目の動き)で、右目のコンタクトが目玉の中、どこかへいきそうだったこともあるのですが、それが戻ってからも、真似しなきゃって思いがいっぱいで、自分ではめいっぱい同じつもりで踊っているつもりではいたのですが…。
終わってから聞かれました。「何が違ったと思う?」
(は、、見えてなかった)「…分かりません」…「背中抜けてるところとか…かな。」
「いつも言ってるところ、今日も言ってたと思うけど、『肚』が…×××」
(あーーー、永遠の課題、肚が全然ダメなんだ。動かないんだー)
いつもになく、レッスンの場がシンとした。
「どうしたらいいんでしょうねー」
まるこ、あまりのふがいなさに、泣きそうになる。
その時は、振りも覚えて、なんとなく皆で楽しく踊れればそれでいいじゃん…なんて決して思えなかった。片意地なんですかねー。
「身体の問題っていうよりも、心(考え方、精神???このいずれかの言葉だった)のほうかもね?」
「枠にはめて、きちんと整頓して…×××、枠の外側から見るというか…」
「そもそも、踊りは、むかーしむかーしからあったものです…」
(縄文時代に、踊っている人たちの姿がなぜかイメージできた)
(だんだん哲学的に…。あぁぁぁあぁ。)
でも、言わんとすることは分かる。肚が動かないのは、私の本能が、身体が、なぜ踊るのかということを分かっていないからだ。そして、分かるというか、自分の中から踊ろうとしていないからだ。そんな気持ちになったことがないからだ。
そう考えると、人生の中で、ただの一度でも、本当にわき上がるような本能のままに、身体を動かしたり、何かを表現したことって、私には無いのかもしれない…と思えてきて…。
踊りでは無理でも(…もう開き直ってどうする?)、これでいいのか、我が人生?!
おっと、舞台をレッスンに戻すと、
「(踊りは)深いですー」と言いつつも、糸口も何も見つからないままの私。
そして、今日、背中やらお腹まわりの筋肉痛だけが、あのレッスンのみっちり具合を痛みで教えてくれる。で、本能の筋肉痛はない。肚の存在も分からないままだ。
身体も思うように動かせないのに…というのが正直な気持ち。
なんか、踊りが苦行に思えてきた…笑。2006年夏間近。(20060709)
身体をほぐしながら、…ふむふむ、今日は人数が少ない…ってことは…?!レゴンみっちりといきました。。。
一回曲をつけてみんなで踊ってみて、それから、パーツパーツでおかしいところを。
その後からが、鬼の特訓でした。参加メンバーは8人だったのですが、一人1回、先生(=幸恵さん)の左隣で、通しでみっちり踊ることになりました。(人数分、踊るのーーー驚)
ひとりひとり、適切なアドバイスとともに、それぞれが弱い部分を補う体操なんかも、みんなでやったりなんかして。身体の癖というのか、ひとりひとりそれぞれ違ったもので、それはそれは、なるほどなーと思いました。
で、なんとなく後ろ向きな私、最後に踊りました…(もっと早く踊っておけばよかったかなーという体力、燃料切れ寸前)
とにかく必死で踊りました。見えてなかったです。いちばんはじめのレットーン(目の動き)で、右目のコンタクトが目玉の中、どこかへいきそうだったこともあるのですが、それが戻ってからも、真似しなきゃって思いがいっぱいで、自分ではめいっぱい同じつもりで踊っているつもりではいたのですが…。
終わってから聞かれました。「何が違ったと思う?」
(は、、見えてなかった)「…分かりません」…「背中抜けてるところとか…かな。」
「いつも言ってるところ、今日も言ってたと思うけど、『肚』が…×××」
(あーーー、永遠の課題、肚が全然ダメなんだ。動かないんだー)
いつもになく、レッスンの場がシンとした。
「どうしたらいいんでしょうねー」
まるこ、あまりのふがいなさに、泣きそうになる。
その時は、振りも覚えて、なんとなく皆で楽しく踊れればそれでいいじゃん…なんて決して思えなかった。片意地なんですかねー。
「身体の問題っていうよりも、心(考え方、精神???このいずれかの言葉だった)のほうかもね?」
「枠にはめて、きちんと整頓して…×××、枠の外側から見るというか…」
「そもそも、踊りは、むかーしむかーしからあったものです…」
(縄文時代に、踊っている人たちの姿がなぜかイメージできた)
(だんだん哲学的に…。あぁぁぁあぁ。)
でも、言わんとすることは分かる。肚が動かないのは、私の本能が、身体が、なぜ踊るのかということを分かっていないからだ。そして、分かるというか、自分の中から踊ろうとしていないからだ。そんな気持ちになったことがないからだ。
そう考えると、人生の中で、ただの一度でも、本当にわき上がるような本能のままに、身体を動かしたり、何かを表現したことって、私には無いのかもしれない…と思えてきて…。
踊りでは無理でも(…もう開き直ってどうする?)、これでいいのか、我が人生?!
おっと、舞台をレッスンに戻すと、
「(踊りは)深いですー」と言いつつも、糸口も何も見つからないままの私。
そして、今日、背中やらお腹まわりの筋肉痛だけが、あのレッスンのみっちり具合を痛みで教えてくれる。で、本能の筋肉痛はない。肚の存在も分からないままだ。
身体も思うように動かせないのに…というのが正直な気持ち。
なんか、踊りが苦行に思えてきた…笑。2006年夏間近。(20060709)