今日はいよいよピティナピアノコンペティション松本地区予選。
朝先生のピアノをお借りして練習した後、いよいよ子供たちは松本市民芸術館へ。
もちろん僕と妻も一緒です。
娘と一緒にステージへ。
娘がお辞儀をしている間に補助ペダルをセットして椅子を調節。
補助の親はそのままステージ脇で待機。
去年までは息子の背中を見ていたけど、松本で娘の背中を見るのは初めてだ。
今までで一番良い演奏だったと思う。
娘の背中がとても大きく頼もしく見えた。
数年前に息子の背中を見て感じたのと同じだ。
娘のグループB級 ( 小学生3・4年生の部 ) の審査発表の時、ちょうど息子たちD級 ( 中学校1・2年生 ) の受け付けが始まり、僕は付添いのため発表は見られず。
息子と一緒にいると、会場入り口に審査結果が張り出された。
見てみると、娘は予選を通過してなかった。
奨励賞をいただいた。
通過ラインの点数と娘の点数を比べると、本当に僅かな差。
悔しいなぁ。
いよいよ息子の演奏。
聞いていてとても心地よい演奏だった。
手に汗を握ったけど。
ただ、息子以外の参加者の演奏がとてつもなく素晴らしく聞こえ、どうにも不安になってきた。
審査会議中会場の屋上に上り、妻と息子について心の内を話し合う。
二人とも、息子の通過は相当厳しいという結論。
諦めモードで審査発表会場へ。
努力賞が読み上げられる。
息子の番号は無い・・・
奨励賞が読み上げられる。
息子の番号は無い。
とうとう予選通過者発表。
息子の番号が呼ばれた!!
そして嬉しいことに同じ教室のAちゃん ( ←何かと話題のAさんとは全くの別人です ) も。
半ば諦めていたので、久しぶりに目頭が熱くなってしまった。
難関だと聞いていたD級でまさかの通過に息子は驚いているかと思いきや
『 ぼくさぁ、本当は大丈夫だとチョットだけ思っていたんだよ。 でもお父さんとお母さんがダメだっていうからさぁ、ダメなのかなぁ? っと思って、どうせ呼ばれないから一番後ろの席にいたんだよ。 』
帰宅後、宿題の日記に今日のコンクールの事を書き始めた娘。
鉛筆が動くたびに表情が崩れ、とうとう涙が流れ出てきた。
お兄ちゃんとAちゃんが通過したのは嬉しいんだけど、一人だけおいて行かれたような気になってしまい、悲しくなりそして悔しくなってしまったそうだ。
あともう0.2点。
審査員の誰か一人が0.2点多くつけてくれたら・・・
今から28年前の県民文化会館大ホール。
全日本吹奏楽コンクール東海大会。
あと一人だけ。
あと一人の審査員がAをつけてくれたら全国大会へカマキリ先生と共に進むことができた。
あの時流した悔し涙。
だから娘の気持ちは痛いくらいによく分かる。
でも “ たられば ” を語っても何も始まらない。
1か月後の長野地区予選。
情熱の真っ赤な薔薇を胸に咲かせよう!!