■6月8日/MSG N.Y./164ポンド契約12回戦
元3団体統一ミドル級王者 ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン) VS IBFミドル級8位 スティーブ・ロールス(カナダ)
心配していた通り、ラスベガスでカネロに統一王座を強奪されたゴロフキンが、実戦のリングに帰ってくる。
2012年に念願だった渡米を実現以来、丸8年(約9年)に渡って良好な関係を継続してきたチーフ・トレーナー,アベル・サンチェスと決別し、ジョナサン・バンクスを新たなヘッドに招聘。体制を一新しての再出発となった。
アテネ五輪の銀メダルと世界選手権での金メダルを筆頭に、アマチュアで輝かしい実績を残し、2006年にドイツでプロデビューしたゴロフキンは、2010年8月のWBA暫定王座獲得をきっかけに、それまで傘下にいたウニヴェルズム(ドイツ最大手のプロモーションの1つ=2012年に経営破綻)との関係を清算。
クリチコ兄弟が立ち上げたK2プロモーションズ(ロサンゼルスにオフィスを置く)に身を寄せ、マッチメイクを始めとする実務のすべてを任されていたトム・レフラー(ロフラー,レオフラー)とともに、自身の興行会社(GGGプロモーションズ)を設立。
安価な報酬(15~25万ドル)に耐えながら、二桁台の下位ランカー(二線級のローカル・クラス)を次から次へと捻り潰し、まさに1歩づつ階段を踏みしめ現在の地位まで登り詰めた。
気が付けばプロ生活も既に13年を数え、年齢は37歳。WBOを除くミドル級の3団体を統一して、最も長く保持したWBA王座(在位:8年1ヶ月)は連続19回の防衛に成功。リング誌のパウンド・フォー・パウンド・ランキングでも栄えある1位となり、正式に引退を表明した場合、最短(ラスト・ファイトから5年経過後)で殿堂入りするのは間違いない。
すなわち、ボクサーとしてのキャリアは完成されている。
ボクシングに限らず、トップレベルのアスリートの中には、加齢との厳しい闘いに打ち克ち、不惑を超えても第一線に留まり続ける選手が稀に存在するが、ワールドクラスの実力と肉体を維持するのは並大抵ではない。
三十代半ばを過ぎると下半身を中心にした衰えが進み、疲労の回復も遅くなり、スタミナと集中力のみならず、反射や瞬発力も急速に落ちて行く。試合だけでなく、本格的な追い込み段階でなくとも、ハードワークを続ける代償として故障のリスクが増す。古傷を抱えている場合は、練習中の怪我がそのまま引退に直結する場合もある。
ゴロフキンも当然例外では有り得ず、ピークを過ぎて下降線を辿り出していることに、異論を挟む者はいない筈。盛りを過ぎたトップ・ボクサーは、晩秋のつるべ落としのごとく、突如として神通力を失うケースが珍しくない。これから先に待ち受ける再登頂への道筋は、より一層険しさを増して行く。
力の落ちたビッグネームは、野心に燃え盛る若いプロスペクトの踏み台として格好の狙い目になるだけでなく、同ように崖っぷちに立たされた元王者や、一度ならず挑戦に失敗した元コンテンダーたちからも熱い視線を寄せられる。それなりの腕を持ちながらチャンスに恵まれず、不遇を囲い続けるベテランの中堅クラスの中にも、チューンナップへの抜擢を熱望する者たちが群れをなす。
エリー湖を挟んでクリーヴランドの対岸に位置する、チャタム(オンタリオ州/カナダ)という街に生を受けたスティーブ・ロールスも、そうしたベテラン中堅の1人である。ボクシング1本では食べられず、パート・タイムのパーソナル・トレーナーとして生計を立てながら、35歳になった今もなお戦い続けている。
詳しい生い立ちはつまびらかにされていないが、2002年に18歳でアマチュアの競技生活をスタート。およそ5年で国内トップレベルに到達したというから、才能と適性があったのは確かだ。2009年にカナダの国内チャンピオンとなり、ミラノで開催された世界選手権に代表として派遣され、3回戦まで進んでいる。
翌2010年もカナダの国内選手権を連覇したが、2012年のロンドン大会を目指すのは年齢的に難しいと考え、27歳の誕生日を1週間後に控えた2011年4月8日、エドモントンで行われたローカル興行に参戦してプロデビュー(4回戦)。
以来8年間に積み重ねた19連勝は、そのほとんどが名も無いローカル・ボクサーを相手にしたもので、世界ランキングに相応しい戦果とは言い難い。
米本土への登場は2015年8月で、まだ8回戦の修行中。ニューヨークの新しい顔役ルー・ディベラがプロモートする興行に3戦続けて参加し、2017年にも呼ばれて2試合に勝利を収めたが、在米専門記者やマニアは勿論、関係者の注目を集めるまでには至らず。
※米国内では合計5戦(全勝3KO)
そして昨年10月、ナショナル・ゴールデン・グローブスやジュニア・オリンピックで活躍した元ホープ,ケアンドレ・レザーウッド(米)をホームに招き、大差の3-0判定に破った白星が、ゴロフキン戦を引き当てる原動力となった。
「今の私は無名のローカル・ファイターに過ぎない。簡単にノックアウトされるに違いないと、誰もが皆同じように思っていることも理解はしている。しかし、ボクシングに懸ける情熱と経験には、それなりの自信と誇りを持っている。アメリカと世界を驚かせる為に、最高の準備を行ってきた。」
ニューヨーク入りしたカナダの中年ボクサーは、長年夢に見続けた一発逆転の機会を素直に喜び、「けっして無駄にはしない。」と拳に力を込める。とは言え、直前の賭け率と前評判は散々だ。
□主要ブックメイカーのオッズ
<1>Bovada
ゴロフキン:-3500(約1.03倍)
ロールス:+1200(13倍)
<2>5dimes
ゴロフキン:-2800(約1.04倍)
ロールス:+2100(22倍)
<3>SportBet
ゴロフキン:-3330(約1.03倍)
ロールス:+2070(21.7倍)
<4>ウィリアム・ヒル
ゴロフキン:1/50(1.02倍)
ロールス:14/1(15倍)
ドロー:23/1(24倍)
<5>Sky Sports
ゴロフキン:1/50(1.02倍)
ロールス:12/1(13倍)
ドロー:33/1(34倍)
緊張が走っていたカネロとの2連戦とは打って変わり、ゴロフキンも当たるを幸い倒しまくっていた頃の余裕を見せている。亡くなったエマニュエル・スチュワートの遺言で、ウラディーミル・クリチコのチーフを任されたジョナサン・バンクスとの新コンビにも手応えを感じている様子で、爽やかな笑顔とともに、「計画通り、モデル・チェンジは上手く行っている。」と語っていた。
そうなのだ。小さからぬリスクと引き換えに、現役にこだわり続けるゴロフキンのターゲットは、カネロへの雪辱以外に有り得ない。決まったも同然と思われていたESPNからのオファーを断り、DAZNを選んだ理由も、ラバーマッチ(完全決着を目的にした第3戦)の早期実現を何よりも強く望んだからである。
長年のパートナーで信頼の厚いアベル・サンチェスを更迭に踏み切る大きな決断も、打倒カネロを果たす為に、どうしても必要だとの結論に達したからだろう。ディフェンシブかつ慎重なポイントメイクに徹するカネロを、ラスベガス・ディシジョンもろとも打ち崩すには、戦い方を変える必要がどうしてもあった。
守備を固める為に引いて構えるカネロを正面から追いかけると、どうしても後手を踏みがちになる上、ビッグショットの合間や打ち終わりをジャブとショートでコツコツ叩かれ、印象点で損をする。
嫌でも一進一退の競った展開となり、判定勝負にもつれ込んでしまったら、何度やってもカネロの勝利は動かない。逆に言えば、カネロはディフェンシブな態勢を堅持して決定的な被弾を回避し、どちらとも取れるラウンドを多く作りさえすれば、負けにされる心配がないのだ。
フロイド・メイウェザーから「PPVセールス・キング」の座を受け継いだカネロは、ネバダ,カリフォルニア,テキサスの3州で戦う限り、無敵を約束されたに等しい。ラスベガスで我が世の春を謳歌しまくったメイウェザーと、ほとんど同じ基盤を得たと評して間違いない。
ラバーマッチの交渉は困難を極めるだろうが、とりわけ開催地に関して、カネロ陣営が妥協するとは到底思えず、ニューヨークを始めとする東部へ呼ぶのは至難の業。結局のところ、GGGはラスベガス(あるいはカリフォルニアかテキサス)へ乗り込まざるを得なくなる。これまでと同じ戦い方では、同じ結末で本当にジ・エンド。
バンクスと取り組んだニュー・モデルは、前後左右に細かくステップを刻み、頻繁にポジションを変えながら前に出るスタイル。手数も意識して増やしている。手っ取り早く言うと、アマチュア時代の戦い方に極めて近い。
格好良く言えば「原点回帰」ということになるが、20世紀のプロボクサーがスタンダードにしていたオールド・ファッションとも言える。バンクスとともに最晩年を戦ったウラディーミル・クリチコも、復活を目指したアンソニー・ジョシュア戦を前にそっくり同じマイナー・チェンジに取り組んでいたが、そういう意味では「先祖帰り」と表すべきか。
最後までスタミナと集中を切らすことなく、このスタイルをフルラウンズ貫き通す為には、1発1発のパワーをセーブしなければならず、迫力と圧力は犠牲にせざるを得ない。
あまり足を使わず相手の正面に正対し、フェイントと駆け引きを仕掛けつつ、ハンドスピードを利かせたショートでポイントを積み重ねるロールス(カネロと違って1発を心配することもない)のボクシングは、リニューアルしたスタイルを試すのに持って来いという次第。
クリチコ弟はジョシュアをあわやというところまで追い詰めながら、フィニッシュのタイミングを見誤って逆転のストップ負けに退いたが、GGGのオポーネントは完全なるアンダードッグ。チャンスにし止め損ねる恐れはまずない筈だが・・・。
□参考映像1:DAZNが製作公開している「煽り動画」
<1>40 DAYS: GGG vs. Rolls | Episode 1: RENEWAL
https://www.youtube.com/watch?v=GJhLJDu6NZc
<2>40 DAYS: GGG vs. Rolls | Episode 2: ASPIRE
https://www.youtube.com/watch?v=IB6ciD8ZDjE
□参考映像2:両選手の公開練習
<1>ゴロフキン
GENNADY GOLOVKIN'S FULL OPEN MEDIA WORKOUT AHEAD OF HIS FIGHT VS STEVE ROLLS
https://www.youtube.com/watch?v=DWXjJ5VgFSQ
<2>ロールス
THE FULL STEVE ROLLS OPEN WORKOUT AHEAD OF HIS FIGHT VS GGG
https://www.youtube.com/watch?v=8zakbFYAoBE
□参考映像3:ファイナル・プレス・カンファレンス
Gennady "GGG" Golovkin vs. Steve Rolls FULL FINAL PRESS CONFERENCE | DAZN Boxing
https://www.youtube.com/watch?v=ZPv8fZ0wKbE
超特大の歴史的アップセットで、米国初参戦のアンソニー・ジョシュア(英)が敗れた直後だけに、アンディ・ルイスの再現を予感する声も上がってはいるものの、GGG圧勝の予想が大勢を占めている。
懸念材料があるとすれば、164ポンドの契約ウェイトと油断だけ,という事になるが、ロールスが十八番にする右ショートのクロス=オーソドックスの左ジャブに被せる速い右のカウンター=には、一応の注意が必要だろう。
そのロールス自身、左のガードには存外隙が多く、肩越しの右ストレートやオーバーハンド気味のフックを貰って慌てる場面が少なくない。新しいスタイルにこだわり過ぎずに、普段着のボクシングを少し丁寧にするだけで、問題なく倒すことができる筈。
いついかなる相手にも油断は禁物だが、カネロを意識し過ぎて足下をすくわれないよう、落ち着いて闘って欲しい。
◎ゴロフキン(37歳)/前日計量:ポンド
前WBAミドル級(V19),前WBCミドル級(V8),元IBFミドル級(V4/はく奪)統一王者
戦績:40戦38勝(34KO)1敗1分け
アマ通算:350戦345勝5敗
※8敗説有り
2004年アテネ五輪ミドル級銀メダル
2005年世界選手権(綿陽/中国)ミドル級2回戦敗退
2003年世界選手権(バンコク)ミドル級金メダル
2002年アジア大会(プサン)L・ミドル級金メダル
2001年東アジア大会(大阪)ウェルター級金メダル
2000年ジュニア世界選手権(ブダペスト)L・ウェルター級金メダル
身長:179センチ,リーチ:178センチ
右ボクサーファイター
◎ロールス(35歳)/前日計量:ポンド
戦績:19戦全勝(10KO)
アマ通算:83勝14敗
2009年世界選手権(ミラノ)3回戦敗退
2009~2010年カナダ国内選手権連覇
階級:ミドル級
身長:178センチ,リーチ:180センチ
右ボクサーファイター
□参考映像:前日計量
GENNADY GOLOVKIN VS. STEVE ROLLS - FULL WEIGH IN & COMPLETE FACE OFF VIDEO
https://www.youtube.com/watch?v=m4sh7YW-8zU
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■リング・オフィシャル:未発表
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9年に及ぶGGGとの関係を解消したアベル・サンチェスは、遂にボクシング中継から手を引いたHBOに替わって、新たなメイン・スポンサーに名乗りを上げたDAZNとの契約に伴い、「大幅な減額を提示された」ことを明らかにしている。
「私たちは、時間をかけて今後について話し合った。しかし、お互いが納得し得る結論には至らず、新しい道を踏み出すこととなった。」
「彼(ゴロフキン)は何も変わっていなかった。(トレーナーの交代は)彼をマネージメントするグループが決めたことだろう。」
GGGとサンチェスの名コンビは、パッキャオ&フレディ・ローチに並び称されるまでになったが、モハメッド・アリとアンジェロ・ダンディ、あるいはマーヴィン・ハグラーとパット&グッディのペトロネーリ兄弟のように、キャリアのスタートから終わりまで変わることなく円満な信頼関係を保ち続け、引退後も良き友人として永い交友を続ける例は稀だ。
「最愛の息子を失ったようなもの・・・」
GGGとの別れについて、感傷的に語る場面もあったサンチェスだが、DAZNを引き連れて米国に進出したマッチルームの傘下に入り、今も世界を代表する売れっ子トレーナーであることに違いはない。
WBSS第1シーズンでオレクサンドル・ウシク(ウクライナ)に敗れて無冠となったが、現在もクルーザー級の第一人者であり続けるムラト・ガシエフ(ロシア)のコーナーを預かり、アルメニアからフランスに渡って無敗記録を更新中のアルセン・グラミリアン(クルーザー級の次期王者候補)、S・ウェルター級で世界を目指すセルゲイ・ボハチェク(ウクライナ)もアベルの選手である。
ジョー・ジョイス(英/リオ五輪S・ヘビー級銀メダル)との契約は更新されず、アダム・ブースにチェンジされてしまったが、イングランドのプロモーションとのコネクションは継続中。
DAZNとの新しい契約(3年/6~7試合)やカネロとの決着戦に関して聞かれると、静かに微笑みながら、苦楽を共にした愛弟子にエールを贈った。
「彼がここ(キャンプ地=ビッグベア=は変えていない)に留まり、これまでと同じハードワークを続けることさえできれば、40歳までは充分に戦えると思う。カネロに勝てるだけの力もある。」
「ジョナサン・バンクスは選手として確かな経験があるだけでなく、クリチコのサポートを通じてトレーナーとしての腕も証明している。ゲンナジーとのコンビも上手く行くだろう。」
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ウズベキスタン出身のトップ・アマ,イズライル・マドリモフ(S・ウェルター級で2連勝中の24歳)が3戦目に登場(デビュー戦からすべて10回戦!)。
同じく旧ソ連勢で14連勝(10KO)中のS・ミドル級,アリ・アフメドフ(カザフスタン/23歳)も10回戦に出場予定。
リオ五輪の代表候補だったチャールズ・コンウェル(21歳/10戦全勝7KO/オハイオを拠点にするS・ウェルター級)が初のタイトル戦(USBA=IBF直轄の北米王座)に臨む他、以前ご紹介したブルックリン・ベースのプエルトリカン,ブライアン・セバーヨ(25歳/8連勝4KO/ウェルター級)の8回戦もセットされている。
4回戦に出場するニキータ・アバビィは、ブルックリン出身のミドル級。ジュニアの時代から活躍したエリート組みで、エディ・ハーン率いるマッチルームのスカウトに応じて、昨年10月プロデビュー。プロの水に慣らしている段階だが、5連続KO勝ちで勢いに乗っている。