<1>3月13日/アメリカン・エアラインズ・センター.テキサス州ダラス/ミドル級(162ポンド契約)8回戦
オースティン・ウィリアムズ(米) VS デニス・ダグリン(米)
トーマス・ハーンズ級のサイズに、厚みのある上半身とスムーズな反応&機動力を併せ持つサウスポー。開催地テキサスのボクシング・ファンを熱くさせる近未来の王者候補・逸材が、ラスベガスを拠点に戦い続けるベテラン中堅を相手に、自身初となる8回戦に臨む。
五大湖がほど近いミルウォーキーで生を受け、10歳で移り住んだ西部のヒューストンで育ったウィリアムズは、多くの黒人の少年たちと同様バスケットボールに夢中になり、地元の高校で活躍。NBAのスターを夢見てノース・テキサス大学へと進むも、身長が原因でチームに残ることができず、19歳にして大きな人生の転機に直面する。
彼が下した決断は、ボクシングへの転向だった。
「まずはNCAA(全米大学体育協会/カレッジ・バスケットボール)のトーナメントで有名になり、NBAにドラフトされてアスリートとして成功者になる。それしか考えて来なかったんだ。何かの博士号を取って学者になったり、ロイヤーやバンカーを目指す訳にはいかないだろ?。」
「ミルウォーキーでの暮らしは本当に大変だった。そこいら辺をウロついているだけで、毎日必ず何かがしかのトラブルに巻き込まれる。ヒューストンに来てからはマシになったけど、さほどの違いはない。セルフ・ディフェンスでは済まないファイトの連続で、どうしてかは知らないけど、俺はそこそこ強かったんだよ(笑)。」
幼い頃から鍛え続けた足腰とバネは、陸上競技でもそれなりに通用する水準にあり、階級制のボクシングなら、バスケットボールでは足りなかったタッパとリーチが、逆に大きなアドバンテージになり得る。
大学を卒業するまでの3年間で、ウィリアムズは僅か47戦しか実戦を経験していないが、それでも2017年~2018年の全米選手権で注目を集め、東京五輪の代表候補と目されるまでになった。
「二十歳を前にしたスタートは、アマチュアで大きな成果を得るには遅過ぎる。ナショナル・チームを目指すライバルたちは、みんな10歳になるかならないかの頃からグローブを着けて戦ってきた連中だ。大学での3年間は想像以上に上手くいったとは思うよ。でも僕の目標はそこ(五輪や世界選手権でのメダル)にはない。」
「だからこそ、敢えてプロのスタイルで教えるジムを選んだのさ。アマの世界で頂点に立つ為には、アップテンポなアマのスタイルを完全に身に付ける必要がある。でも、ポイントメイク中心のアマのスタイルは、プロではなかなかファンの支持を得られない。」
「アマで十分な経験を積んでからプロになり、プロ向きにモデルチェンジするだけの時間が僕にはなかった。始めからプロの指導者の下でプロのスタイルを学び、”倒して勝つ”ボクシングを確立する必要があった。」
「できるだけ良い条件でプロのキャリアをスタートする為にも、”優れたアマチュア”の1人になり、ライバルたちとの競争の中で埋もれてしまったら意味がない。全国規模のトーナメントで優勝する事より、僕の特徴とポテンシャルをプロの関係者に認めて貰うことが、何よりも重要な事だったんだ。」
ヒューストンのメイン・ストリート・ジム(西城正三を始めとする数多の日本人ボクサーが修行をしたロサンゼルスの同名ジムとは無関係らしい)で、ドワイト・プラチェット(130ポンド時代のフリオ・セサール・チャベスに挑戦して判定まで粘った元コンテンダー)の下で研鑽を重ねつつ、同じジムを根城にするレジス・プログレイスとのスパーリングで腕を磨く。
※ドワイト・プラチェット(チーフ・トレーナー)
ローカル・トーナメントを次から次へと荒しまくり、少しづつ顔と名前を売る時間的な余裕はない。全米選手権にターゲットを絞り、一気に勝負に出る。そしてその狙い通り、2019年2月にマッチルームUSAと契約を結び、22歳のウィリアムズはプロになった。
4月26日にイングルウッド・フォーラムで行われたシーサケット VS エストラーダ第2戦の前座で初陣を飾ると、6月1日(ニューヨークの殿堂MSG)、7月27日(カレッジ・パーク・センター/テキサス州アーリントン/メイン:J・C・ラミレス VS M・フッカーのS・ライト級統一戦がメイン)と連戦。
最初の3試合をすべて初回で決着すると、10月26日には遥々大西洋を渡り、英国の首都ロンドンへ。マッチルームのお膝元とも言うべきO2アリーナで、チェコのアマチュア出身者に4回判定まで粘られる。
※J・テーラー VS R・プログレイスのWBSS決勝がメイン/リッキー・バーンズ VS リー・セルビー,デレク・チソラ VS デヴィッド・プライス戦なども組まれた大興行
年が明けて2020年1月30日、フロリダまで遠征したウィリアムズは、デメトリアス・アンドラーデ,テヴィン・ファーマー,ダニエル・ローマンの3王者が登場する興行で、初めての6回戦。ニューメキシコから呼ばれたタフなメキシコ系の無名選手を攻め続け、4回でストップに追い込む。
これからという時に武漢ウィルス禍に見舞われ、予期せぬブランクを迎えたが、10月23日にメキシコシティで開催されたTV興行(エストラーダ VS クァドラス第2戦,王座に復帰したロマ・ゴンの初防衛戦の2試合がメイン)で実戦復帰。
負け越しのメキシカンは思っていた以上に根性があり、5ラウンドまで食い下がられるも、強烈な右のボディを効かせた後、コーナーに追い詰めて得意の左フックでし止めた。
そして年末の12月19日には、アラモドームで行われたカネロ VS カラム・スミス戦に出場。ミシガンから馳せ参じたアイザイア・ジョーンズ(26歳の黒人選手)は、2015年のナショナル・ゴールデン・グローブスで3位になり、翌2016年には念願の優勝(ミドル級)を遂げた元トップ・アマで、リオ五輪の予選で敗れてプロ入り。
8連勝(3KO)をマークした後、6回戦で2連敗を喫して急停止すると、アンダードッグに判定勝ちで再起したのも束の間、ハイチ移民のS・ウェルター級ホープ,ウェンディ・トゥーサンに8回判定負け。
ウィリアムズがボクシングへの転向を余儀なくされ、将来を想像展望する過程で恐れていた、10回戦のメイン・イベンターになる前にプロの洗礼を浴び、思うように巻き返せずに苦しむアマ経験者の典型である。
ウィリアムスはひとしきり駆け引きを応酬すると、狙い済ましたいきなりの左フック(アッパー気味に突き上げる正確な1発)でジョーンズをグラつかせ、ロープに押し込んで息をもつかせぬ連打の嵐。釘付けのまま手が出なくなったジョーンズを見て、地元テキサスから選出されたベテランの主審が止めに入った。
この時の連打は実に見事なもので、20秒近く打ち続けて息切れしないのは立派の一言。長身選手にありがちな腰高な不安定感がなく、いきなりの左強打を的確に打ち込む勝負度胸とセンスに加えて、ハンドスピードにも恵まれ眼と反応の良さも及第点と表していい。
1発のパワーに関する限り、カルロス・モンソン,トミー・ハーンズ,ジュリアン・ジャクソン,ジェラルド・マクラレンらの第一人者には及ばないながらも、アマ出身者に特徴的な”打ち抜きの甘さ”も徐々に払拭されて、彼自身が望む「倒して勝つ」スタイルを具現しつつある。
デビューしてからの7戦は、すべて世界タイトルマッチのアンダーカード。とりわけアンソニー・ジョシュア(よもやの王座転落となった米国デビュー戦),WBSSを制したカラム・スミス,ケイティ・テーラー,ジョシュ・ケリー(話題のハメド二世),ジョシュア・ブァッツィら、マッチルームが誇る英国の気鋭が勢揃いしたMSGの大興行に、S・ミドル級のプロスペクト,ディエゴ・パチェコとともに抜擢されており、エディ・ハーンの期待の高さが伺える。
「3つの階級で世界チャンピオンになる。(当日計量+トーナメント制の)アマではずっと165ポンドでやっていたけど、(前日計量+ワンマッチのプロでは)154ポンドでの調整も問題はない。S・ウェルター~S・ミドルの3階級でトップに立ち、世界最高の評価を得る。それが最終的な目標であり、目指すべきゴールだ。」
まったくの素人だったウィリアムズにボクシングのイロハを叩き込み、チーフトレーナーとして現在もコーナーを支え続けるプラチェットも、「遠く険しい道のりだが、オースティンにはそれをやってのけるだけの才能と能力がある。」と、愛弟子の成長に手応えを感じている様子。
※チーム・アンモー/左から:ドワイト・プラチェット(ヘッド・トレーナー)/サム・カトコフスキー&ピーター・バーグ(マネージャー)/ウィリアムズ
「(対戦相手のレベルが上がる)これからが大変で、本当の正念場はまだまだ先だが、とにかくケアレスミスを無くして、一早くベストショットを叩き込む。デニス・ダグリンは、プロとして迎える最初の関所に相応しい実力者で気の抜けない相手だが、強敵だからと気負い過ぎず、いつも通りにやってくれれば問題はない。」
プログレイスのコーナーを率いるトレーナー,ボビー・ベントンは勿論のこと、サム・カトコフスキーとピーター・バーグの2人が、プログレイスと同様付きっ切りでマネージメントに当たっている。
「落ち着いてやればノー・プロブレム。」
敵陣を指揮するプラチェットにそう断言されてしまったダグリンも、ナショナル・ゴールデン・グローブスやナショナルPALのトーナメントで名を馳せた元エリートである。
実の母(!)によってボクシングの手解きを受け、今に至るまで二人三脚を続ける母子鷹としても有名で、元々はブルックリン(N.Y.)の出身だが、活動の拠点をラスベガスに置き、フロイド・メイウェザー・シニアのサポートも受けながら戦ってきた。
「フロイド・シニアと(メイウェザー・ジムの)スタッフの皆には、本当に感謝している。でも、私のコーチはあくまで母だ。フロイドのアドバイスの多くを、私は彼女から教わっていた。」
「ラスベガスに移ってからも、ことボクシングに関する限り、何1つ戸惑うことも困ることもなかった。」
※左から:母でトレーナーのサファイア・ダグリン/デニス・ダグリン/フロイド・シニア
サイズとパワーには今1つ恵まれなかったが、バランスが取れたまとまりの良いボクシングには定評があり、7度の敗北の相手にも、ジャーメル・チャーロ,ジョージ・グローブス,デヴィッド・ベナビデス,アンソニー・ディレルらの名前が居並ぶ。
アイザイア・ジョーンズが突破できないローカル・ランクの壁に一度はつかまり(無名選手に3回TKO負け)、大きな試練を乗り越えて世界ランキングを出入りするレベルには到達したものの、後の王者や元王者に苦杯を喫してタイトルマッチには辿り着けていない。
2016年~2017年にかけて、ベナビデスとディレルに2連敗した後、2018年8月の再起戦でヴォーン・アレクサンダー(デヴォンの実兄)を10回判定に下し、さらに煩い中堅どころのサウル・ローマンに6回TKO勝ち(2018年11月)。
まずまず順調な復調ぶりを伺わせたが、丸々1年のブランクを作り、2019年11月のチューンナップで40歳のローカル選手にまさかの8回判定負け。
”マンマ・ボーイ(Momma's Boy)”のニックネームについて、「何よりの賞賛であり誇り」だと胸を張る32歳の中堅サウスポーは、有体に言ってキャリアの危機に瀕している。
「もともとボクシングが好きだった訳じゃない。いや、むしろ嫌いだったかもしれない。でも学校で酷い苛めに遭い、セルフ・ディフェンスの必要性に迫られた。心配した母(若い頃アマチュアの選手だったという)に、ジムに連れて行かれたのが最初だった。」
「自分と同じくらいの男の子たちが、たくさん練習していた。母が付きっ切りで私に基本を教えて、ジムのコーチは何日か様子を見ていたが、右も左もわからない初心者の私に、先輩の彼らとのスパーリングを命じた。」
「とにかく殴られるのが怖くて、とんでもない事になったと後悔したが、どういう訳か私が勝ってしまう。そうして私のボクシング人生が始まった。」
今でも「ボクシングが好きかどうかはわからない。」と率直に語るダグリンだが、同時に「母には感謝している。」とも述べている。
「望んでいたポジションにはいない。それは紛れもない事実で、受け入れざるを得ない現実だ。それでもボクシングは私の人生を切り拓き、生き続ける為に必要な強い動機と夢だけでなく、経済的な基盤を与えてくれた。」
”最強のステージママ”とも呼ばれる実母のサファイア・ダグリンは、「始めは強制でした。」と認めつつも、「プロになって欲しいとは思わなかった。」と言う。「目的はあくまでセルフ・ディフェンス。否応なしにトラブルに巻き込まれて、つまらない喧嘩で命を落としたり、人生を狂わせることだけは避けたかった。」と、いくつものインタビューで答えている。
「ここまでやって来られたのは、一にも二にも彼自身の努力と節制の賜物です。まだ目標は達成できていないけれど、そう遠くないところにはある。それを掴めるかどうかは、実力だけではなく、運も必要だと感じています。運を引き寄せ切れる者とそうでない者の差は、本当に紙一重なのだと痛感させられる毎日です。」
一進一退の壮絶な打撃戦を繰り広げながらも、僅差の6回負傷判定(0-3)に泣いたアンソニー・ディレル戦は勿論、やはり僅差の1-2判定を落とした直近の試合(ソルトレイク・シティでのマイク・ガイ戦)について、サファイアは無念の思いを隠そうとしない。
※左から:ダグリン/フロイド・メイウェザー/母サファイア
その紙一重を勝ち残る為に、武漢ウィルス禍の真っ只中にあっても、ダグリンは鍛錬の日々を送ってきた。見えない明日を無理やりにでも見据えて、チャンピオンベルトを手中にするまでは、辞めるに辞められない。
「試合があろうとなかろうと、毎日決まって2回走り、3時間はジムで汗を流す。2009年にプロになって以来、ずっとそうやってきた。声がかかれば、何時でもリングに上がる準備は出来ている。」
「必ずチャンピオンになって、自慢の息子になってみせる。夢を諦めた瞬間に、これまで積み重ねた努力がすべて無に帰す。それだけは許されないと、心の底から確信している。」
”Impossible is nothing”
幾多の危機を克服してチャンピオンに返り咲いたモハメッド・アリは、自らに言い聞かせるように喝破した。
不可能とは、自らの力で世界を切り開くことを放棄した臆病者の言葉だ。
不可能とは、現状に甘んじるための言い訳にすぎない。
不可能とは、事実ですらなく単なる先入観だ。
不可能とは、誰かに決めつけられることではない。
不可能とは、可能性だ。
不可能とは、通過点だ。
不可能なんてありえない。
「何をどう考えても、俺が世界チャンピオンになれない筈がない。」
高く聳え立つウィラポンの壁に4度び挑んで弾き返され、両脚のアキレス腱を断裂して一度ならず長期ブランクを強いられた”早熟な未完の天才”西岡利晃は、本田会長直々の引退勧告にも臆することなく、「絶対にチャンピオンになって見せます」と言い切り現役を強行。
そしてその言葉通り、4年に及ぶ雌伏の時を耐え忍び、5度目の挑戦で遂に王座を射止めると、敵地メキシコでジョニー・ゴンサレスの指名挑戦を受け、凄まじいモンスター・レフトの一撃で退け、MGMグランド(5千人収容のボールルーム)に乗り込み、ラファエル・マルケスをどこからも文句の出ない判定で打ち破る。
日本人には敷居の高いS・バンタム級で7度の防衛に成功した西岡は、我が世の春を謳歌する全盛のノニト・ドネアとの大一番を引き当てて、キャリア晩年に遅咲きの大輪を咲かせてみせた。
三十路に突入した”マンマ・ボーイ”には、世界タイトルへの挑戦機会すら訪れていない。最も大きなチャンスは、WBCのシルバー王座を懸けたジョージ・グローブス戦(2014年11月/S・ミドル級)だった。
勇躍リヴァプールのエコー・アリーナに登場した26歳のダグリンだったが、カール・フローチに連敗して欧州王座からやり直していた同い年のグローブスにダウンを奪われ、あえなく7ラウンドでストップ。
体格差のディス・アドバンテージが目立ったデヴィッド・ベナビデスにも、果敢にインファイトを挑んで奮闘を続けながら、接近戦で推し負けてダメージを募らせ、ボディで消耗したところに左アッパーをまともに食らい、終盤第9ラウンドでとうとうノックダウン。
渾身の力を振り絞って立ち上がり、なんとかこのラウンドをしのぐも、続く第10ラウンドで防戦一方となりまたもやストップ。
さらには、惜しんでも余りあるディレルとの白兵戦・・・。ステージママが言う通り、勝負の綾は確かに紙一重だ。
誰と戦っても、どんな強敵を前にしても、逃げずに正々堂々とクリーンファイトを仕掛けて、簡単には引き下がらない。これほどの技術とセンス,旺盛なファイティング・スピリットがあれば、もっと狡猾に当て逃げでポイントを稼ぐ道もある筈だが、それは彼の生き様に反するのだろう。
西岡と同じ栄光の日々が実現するのかどうか。それはまさしく「神のみぞ知る」ことで誰にもわからないが、直前のオッズは絶望的なまでに差を拡げている。
□主要ブックメイカーのオッズ
<1>Bovada
ウィリアムズ:-1000(1.1倍)
ダグリン:+600(7倍)
<2>5dimes
ウィリアムズ:-1100(約1.09倍)
ダグリン:+700(8倍)
<3>SportBet
ウィリアムズ:-1040(約1.09倍)
ダグリン:+760(8.6倍)
<4>ウィリアム・ヒル
ウィリアムズ:1/10(1.1倍)
ダグリン:6/1(7倍)
ドロー:20/1(21倍)
<5>Sky Sports
ウィリアムズ:1/20(1.05)
ダグリン:13/2(7.5倍)
ドロー:20/1(21倍)
「Bサイドのアンダードッグにはもう慣れた。競った内容で判定になれば、これまでと同じで勝ち目はないだろう。だから倒しに行く。オースティン・ウィリアムズは、勇敢で才能に溢れた素晴らしいファイターだ。負傷判定を拾いに行くような恥ずかしい真似はしないだろうから、思いっ切りやれる筈だ。まあ見ててくれ。」
断崖絶壁に追い込まれた(?)ベテランの意気や良し。7連勝で勢いに乗るウィリアムズに、かつての自分の姿を重ね合わせるかのごとく、勝利への抱負を控えめに語るダグリン。
対するウィリアムズの視線は、二歩も三歩も先を鋭く捉える。
「2021年にどうしても必要なもの。それはチャンピオンベルトだ。NABFでもNABOでも何でも構わないが、世界ランキングに直結するベルトが欲しい。」
未経験の10回戦を飛び越えて、早くもタイトルマッチへの渇望を露にするウィリアムズは、力不足のパートナーをボコるスパーリング映像を批判したビリー・ジョー・サンダースに、「お前の試合は世界一退屈だ。観客は皆居眠りしてる。」とやり返すなど意気軒昂。
承認料とのバーターで、下位ランクが漏れなく付いてくる認定団体のローカル王座なら、ハーンの政治&資金力でどうにでもなるだろうが、地力のあるダグリンとの8回戦に応じた気概や良し。
びっくりするほどかけ離れた賭け率通り、即決のイージーファイトで一件落着とはならない公算が大・・・の筈だが、ダグリンをあっさり蹴散らすことができれば、”Ammo(アンモー:ウィリアムズのニックネーム)”の今後に急展開の予感も・・・。
◎ウィリアムズ(24歳)/前日計量:162ポンド
戦績:7戦全勝(6KO)
アマ通算:47戦41勝6敗
2018年全米選手権ベスト8
2017年全米選手権ベスト8
2016年全米選手権3位
※階級:ミドル級
ヒューストン・ゴールデン・グローブス優勝2回
※年度及び階級不明
身長:183センチ,リーチ:198センチ
左ボクサーファイター
◎ダグリン(32歳)/前日計量:161.6ポンド
戦績:29戦22勝(14KO)7敗
アマ通算:95勝9敗
2008年ナショナル・ゴールデン・グローブス優勝
2007年ナショナルPAL,リングサイド・トーナメント優勝
2007~2008年ニュージャージー・ゴールデン・グローブス優勝
2006年ニューヨーク・ゴールデン・グローブス優勝
※階級:ミドル級
※2008年度ニュージャージー州アマチュアボクサー・オブ・ジ・イヤー
身長:175センチ,リーチ:185センチ
左ボクサーファイター
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<2>S・ウェルター級8回戦
スレイマーヌ・シソコ(仏) VS ダニエル・エチェヴェリア(メキシコ)
リオ五輪の銅メダリスト(ウェルター級)が、2019年6月以来となる2度目の訪米。武漢ウィルス禍の影響で、2019年7月以来1年8ヶ月振りの実戦復帰となる。
世界選手権とWSBで代表権を逃したシソコは、世界最終予選にエントリー。ジョシュ・ケリー(英)やバラージュ・バッチュカイー(ハンガリー),ヴァシル・ベロウス(モルドバ)らの実力者を破り、難関を突破しての檜舞台だった。
出身はセネガル(ダカール)で、4歳の時にフランスに移住したシソコは、ジュニアの時代から大成を期待された紛れもないエリート・クラス。軍隊で主要なキャリアを築き、ナショナル・チームではキャプテンの重責も任されている。
2017年1月のデビューから2018年3月までに5試合を消化(すべてKO勝ち)した後、マッチルーム・スポーツとプロモート契約を結び、ベテランの元コンテンダー,カルロス・モリナ(メキシコ)をフルマークの10回判定に下した7戦目(地元のパリ開催)で、プロとしての評価を確立。
2019年6月の渡米第1戦では、31歳のメキシカン(ミドル級を主戦場に戦うサウスポー)に何もさせず完封勝ち(8回判定)。9月に母国で中堅クラスのロシア人をフルマークで破った後、拡大する武漢ウィルスの猛威を前に沈黙を強いられた。
地元(今もパリに在住)では、ジェローム・アビテブール率いるオールスター・ボクシング(All Star Boxing)の傘下に収まっているが、本格的な米国進出を前にヴァージル・ハンター(アンドレ・ウォードを発掘育成しアミル・カーンやアンドレ・ベルト,デメトリアス・アンドラーデらのコーナーを歴任)をコーチに迎え、昨年春にはエバーラストのスポンサーシップも獲得済みで、本格的な米本土進出に向けて着々と準備を進行。
※ヴァージル・ハンター(左)とシソコ(右)
今回の対戦相手は、米国デビュー戦と同じメキシコ人。S・ライト~S・ミドルまで、求められるままに体重を増減して戦う典型的な白星献上役だが、こちらもユース・オリンピックに代表として派遣された経験を持つアマチュア出身。
前日計量で驚いたのは、ミドル級のリミットをしっかり作ってきたシソコに比して、何と167ポンドのS・ミドル級で秤に乗ったこと。
もっとも、ウィリアムズ VS ダグリン戦を凌駕する賭け率が示す通り、「これぐらいのウェイト・ハンディがないと試合にならない。」との声もチラホラ・・・。
□主要ブックメイカーのオッズ
<1>5dimes
シソコ:-2375(約1.04倍)
エチェヴェリア:+1250(13.5倍)
<2>SportBet
シソコ:-2206(約1.05倍)
エチェヴェリア:+1419(15.19倍)
<3>ウィリアム・ヒル
シソコ:1/33(約1.03倍)
エチェヴェリア:10/1(11倍)
ドロー:25/1(26倍)
<4>Sky Sports
シソコ:1/40(1.025倍)
エチェヴェリア:11/1(12倍)
ドロー:22/1(23倍)
長いアマキャリアで培った「触らせない」ボクシングは、例えばリゴンドウやメイウェザーのようにクリンチ&ホールドの多用も厭わない「当て逃げ+逃げ足」中心主義ではなく、危険な中間距離に留まりつつ、秀逸なバランス&ディフェンスワークで守りながら攻めるところが特徴。
スキルフルかつスマートでありながら、それなりに見せ場も作って、退屈な印象を過度に与え過ぎず、なおかつ自らの安全圏をキープし続ける。
90年代前半にロシアから来襲したペレストロイカ軍団を実質的に統率していた、140ポンドのテクニシャン,ヴァチェスラフ・ヤノフスキー(1988年ソウル五輪L・ウェルター級金メダル)を想起させなくもないが、黒人のシソコはヤノフスキーよりも身体能力への依存度が高い。
※2016年リオ五輪で銅メダルを獲得したシソコ
どれだけ力の差があっても、無理に倒しに行かない点も含めて、リアルなワールドクラスにも今のスタイルを貫き通せるのかどうか。旬の上位ランカーを相手にした、本当の意味でのテストマッチはもう暫く先になりそう。
ワクチン接種の拡大によって、米国内のパンデミックの沈静化が若干なりともスピードアップするようなら、「その時」は存外早くやって来るかも・・・。
何にしても、今度の相手は計量時点で8ポンド近くも重い。どんな時でも手堅く慎重にラウンドをまとめるシソコのことだから、どう転んでも心配は無いとは思うけれど、重たくて頑丈なメキシカンを舐めてかかると大変。
技とスピードでヒラリヒラリとかわしてヒットするだけでなく、時にはガツンと力で下がらせないと、思わぬ落とし穴にハマりかねない。
◎シソコ(29歳)/前日計量:159.4ポンド
戦績:11戦全勝(7KO)
アマ通算:150戦超(詳細不明)
2016年リオ五輪銅メダル
2013年世界選手権(アルマトイ/カザフスタン)
2013年欧州選手権(ミンスク/ベラルーシ)初戦敗退
2011年欧州選手権(アンカラ/トルコ)3回戦敗退
2015年ヨーロピアン・ゲームズ(バクー/アゼルバイジャン)2回戦敗退
2011年,2013~14年国内選手権優勝
WSB(World Series of Boxing):2戦2勝(1KO)
※階級:ウェルター級
身長,リーチとも179センチ
右ボクサーファイター
◎エチェヴェリア(28歳)/前日計量:167ポンド
戦績:31戦21勝(18KO)10敗
身長:178センチ,リーチ:185センチ
左ボクサーファイター
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<3>S・フェザー級8回戦
レイモンド・フォード(米) VS アーロン・ペレス(米)
ニュージャージー生まれの軽量級プロスペクト,レイ・フォードが、プロ9戦目にして、若きメヒコの俊英との無敗対決に臨む。
「Savage(ヤバいヤツ)」のニックネームが示す通り、幼い頃から喧嘩に明け暮れていたというフォードは、一度ならず放校処分を受けている。被害者は生徒だけではなく、担任の先生や校長にまで及んだ。
「直ちに引き取りに来い。さもないと警察に通報する。」
連絡を受けた母親は大慌てて学校に向かうこととなるが、喧嘩騒ぎは半ば年中行事のようになっていたらしく、泣きながらフォードを連れて帰る日々。そしてとうとう、彼女はクビを言い渡されてしまい、仕事も失う破目に陥る。
「荒廃した街だった。適当にそこいらを歩いているだけで、誰かに因縁を吹っかけられる。喧嘩が原因で、公立の学校を何度か変わった。最後は私立の学校に行くしかなくなったが、そこでも騒ぎは収まらない。」
「俺は10歳で身体も小さかったから、自分よりデカい連中にナメられちゃいけないと思い、余計に気合が入ったっていうワケさ・・・。」
どれだけ言い聞かせても喧嘩を止めない息子を、思い余った母はボクシング・ジムへ連れて行く。そしてそこは、フォードに取って唯一無二の安住の地となる。
「いつもこっぴどく怒られまくっていたのに、ジムでは人を殴り倒すと大人たちから褒められるんだ。もう一瞬だってジムから離れたくない。本心からそう思った。」
最初のうちは、ただ人を殴ることの快感だけで練習していたらしく、「技術も何も考えず、ただやりたいようにやっていた。その程度でも勝てたから、特に問題はなかったんだ。」と言う。
ボクシングが天命だと、これこそが自分自身の人生なのだと、漠然と感じてはいたらしい。それが確信に変わったのは12歳の頃だった。
「誰にもまともに教わっていないのに、スパーリングや小さなトーナメントならまず負けない。コーチの言う通りしっかり練習に取り組めば、凄いことになるんじゃないかって気付いた。」
真剣にトレーニングに打ち込むようになると、ジュニアのローカル・トーナメントでは、相手になる選手がいない。男子シニア(エリート)のヘッドギア着用廃止とともに、年齢制限を変更(下限:17歳→18歳に引き上げ)したAIBAのルール改訂により、2016年リオ五輪への出場資格を失ったフォード(1999年3月生まれ)は、必然的に東京を目指す。
「2020(twenty-twenty)」のニックネームを名乗り、以前にも増してトレーニングに集中するようになったが、思わぬトラブルに遭遇する。
「ナショナル・ゴールデン・グローブスが終った後、脳震盪が原因でドクターに練習を止められた。怪我(拳の故障?)もしていたが、アマチュアの協会は何もしてくれない。無一文でただ寝てろと言う。」
「2018年の夏の間に、俺はアマチュアを続ける情熱を失った。そんな時、俺のインスタグラムをフォローしているプロモーターがいるとわかった。それがエディ(ハーン)だった。すぐにメッセージを投稿して、契約に向けた話し合いがスタートした。」
2017年に続いて、2018年の全米選手権の決勝を連続して落とし、アマチュアでのキャリアにはっきり限界を感じるようになった。
「2人のコーチ(レジナル・ロイド=チャビー・レッグ・ロイドとラシーム・ジェファーソン)には、トーナメントに出る前に話していた。今年もまた優勝できなかったら、その時はプロに行く。気持ちは決まっているってね。」
「自分では(2017年と18年の決勝2試合とも)勝ったと思ったよ。それまでにも、納得できない判定は経験していた。でも、どこか違う感じがしたんだ。これ以上、ここに留まる意味がない。プロに進むべき時が来たんだって・・・。」
※現在もトレーナーを務める”チャビー”・レッグ・ロイド(レジナル・ロイド/左)とラシーム・ジェファーソン(右)
ナショナル・チームに召集され、ブルガリア,ドイツとの対抗戦に代表として選ばれたが、戦術やスタイルを巡ってコーチと口論になり、すぐに外されてしまったことも影響したのは間違いない。
彼自身の考え方や戦い方への志向が、そもそもアマチュアの体制にはそぐわない。受け入れられていないと、疎外感を抱いてしまったのではないか。もっとも、ボクシングの盛んな国の大半は、アマとプロの関係が上手く行かない。
AIBAの幹部を筆頭に、メダルの期待がかかる有望選手を次から次へと札束攻勢で青田買いするプロモーターやマネージャーに対して、多くのアマ関係者たちは憎悪に近い対立感情を露にしてきた。
とりわけアメリカでは、五輪や世界選手権のメダルはプロ入りに際する最良の手土産であり、最高の通行手形と考えられている。あくまでプロ入りを前提にしたアマキャリアだけに、軋轢と摩擦はあって当然ではあるのだが・・・。
アマの体制には根強い不満と不信感がくすぶっているらしく、こんなコメントも。
「プロを目指す若い(アマの)選手たちに言いたい。正確に当てることを重視し過ぎて、しっかり打ち抜かないアマの打ち方を即刻改めるべきだ。そうじゃないと、プロへ行ってから余計な苦労(モデルチェンジ)をする。」
「シャクール・スティーブンソンとテヴィン・ファーマーとのスパーリングから、実に多くを学んだ。力のあるアマ同士だけでなく、本当に強いプロと一緒に、密度の濃い練習をしないとダメだ。」
プロデビュー後のフォードは、今のところ順調そのもの。まだ6回戦の修行中だから、騒ぎ過ぎとの思いは拭えないながら、一番のアイドルだというフロイド・メイウェザー、シュガー・レイ・レナードやパーネル・ウィテカー、アンドレ・ウォードなど、影響を受けたボクサーたちの刻印がしっかり刻まれた、スピード&スキル重視のスタイル全開。ローカルクラスのアンダードッグでは勝負にならない。
今度呼ばれたメキシカンは活きのいい若手で、豪快なフックの連打でプレスをかけ、タイソン(ロマチェンコ?)ばりの下から上へつなぐダブルアッパーを得意にするファイターだが、攻撃のリズムはワンパターンで変化に乏しく、ペース配分を誤って息が上がることもしばしば。
思いっ切り振ってくるアッパーとフックに注意は必要だが、立ち上がりと序盤の数ラウンズさえ気を付ければ、フォードが問題なくコントロールするだろう。
◎フォード(21歳)/前日計量:126.8ポンド
戦績:8戦全勝(4KO)
アマ戦績:55戦(勝敗不明)
2018年ナショナル・ゴールデン・グローブス優勝(バンタム級)
2018年全米選手権2位(フェザー級)
2017年全米選手権2位(バンタム級)
2017年リングサイド・トーナメント優勝(バンタム級)
身長:170センチ
左ボクサーファイター
◎ペレス(23歳)/前日計量:127.2ポンド
戦績:10戦全勝(6KO)
身長:165センチ
右ボクサーファイター