昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百一)

2022-03-02 08:00:00 | 物語り

「頼まれてくれ、五平。佐伯正三という男に連絡をとってくれ。小夜子にあわせる」
 腹の底からしぼりだすような、重い声だった。沈痛な面持ちの武蔵から、思いもかけぬことばがでた。
「社、社長。どういうことです、そりゃ」
 ひっくり返った声で、五平が言う。伏せられた武蔵の目を追いかけてのぞき込んだ。
「いいんだ、いいんだ。いまのままじゃ埒があかんのだ。小夜子の中から、消さなきゃならん。
小夜子の時間は、まだ止まっているみたいだ。
普段の生活ぶりから、もうふっ切れていると思っていたが、まだこね切れていないみたいだ」

 キッと、五平の目を見すえる武蔵。腹をくくったときの武蔵の射るような目が、五平にそそがれた。
こうなると、なにを言っても武蔵の意思はかわらない。
己に不利な状況に追いこまれようとも、かえはしない。
「そうですか。まだたち切れていないんですか。いや、おそらくは腹は決まっていますな。
ただそれを認めたくないんでしょう。おたがいに上京してから、一度もあっていないんだから」
「そうか? そう思うか、五平も。俺もな、いい頃合だと思っていたんだ。
でな、茂平さんにご挨拶に行く、と伝えたよ。そうしたら、怒ること怒ること。
はじめてだ、あんなけんまくは」
 がっくりと肩を落として、ソファにへたりこんだ。

「社長! いや、武さん。今は、おとこ武蔵に話しましょう。女にふられた経験のない武さんだ。そりゃびっくりしたでしょう。
あの小夜子さんにしても、あまり挫折感といったものは味わったことがないでしょうな。
劣等感といったものは味わっているかもしれませんがね。
なにせ貧乏だ。貧乏、これはいけませんや。人間をね、いしゅくさせちまう。
自分を過小評価してしまう。で、そこからが問題なんです。
なにくそ! とはい上がるか、そのまま沈んでいくか。これが問題だ。
人間の質みたいなものです、こいつは変えられない。

 運命と言いかえても良いかもしれませんな。
しかし面白いもので、外からの風みたいなもので、かわることもあるんですよ。
男女のからみやら、兄弟姉妹の情といったもので。
まったくの他人からの風もあります。尊敬する人物とか、死線をともにした仲間とか。
 武さん、あたしも変わりました。武さんのおかげで、他人さまを信じられるようになりました。
感謝してます、ほんとに。ま、女衒をなりわいにしていたあたしです。
ろくな者じゃなかった。ひかげの道を一生歩くことになってたんです。
それが、武さんのおかげで、お天道さまの下を歩けるんです。
感謝してます。いやいや、本当の話です。



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