昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

ボク、みつけたよ! (二十四)

2021-12-12 10:15:34 | 物語り
 まあ、諸説あるみたいでして。そこは、郷土史家さんやら学者さんたちにお任せしますわ。
そんなことよりも、血の池地獄の色ですよ。赤色というよりは、橙色に近いんですがね。
毒々しい色にも見えはしますよ。でもどうして? 
「酸化鉄やら酸化マグネシウムを含んで……」。
ストップ、ストップ! 科学的見地は結構ですから。言い伝えとか昔話を聞きたいわけですが。
例えば、一遍上人さまに退治された鬼たちの流した、それだとか何だとか、そういったことをお聞きしたいわけですが。
ということで、「ものごとには表とウラというものがあるもの。では、そのウラの話でもさせてもらいましょうか」ということばを頂きましたよ。

 むかしむかしのこと。
山口県下関市壇ノ浦、源氏と平家の最後の戦いは、皆さんご存じのことでしょう。
平家滅亡が声高に喧伝されましたがの、実のところは数人の落武者が豊後灘を泳ぎきっていたのです。
いやこの地、敵見郷=あだみごうに、流れ着いたと申すのが至当でございましょう。
ですが甲冑を身につけてのことでもあり、ただの一人を残して息絶えてしまいました。

 さあさあ話を進めましょうて。この若者が、実に眉目秀麗でして。
名前は……、やんごとなきお立場のお方、とだけ申しておきましょう。
やはり血筋という者は争えぬものでございますな。
その顔立ちにしてもですが、立ち姿に致してもな、凜とされておりましたわ。
ここらの村人ときたら、顔全体がごつとごつとしておりますし、目ん玉はギョロリと飛び出しております。
鼻は低く平らげで口と言えば大きく横に広がっております。

 無理もありませんがの、食事などに時間を割く暇はなく、なんでもかでも口を大きく広げてひと飲みにするような始末でして。
なにせいつ何どき大魚に出くわすやもしれませぬ。
おっとりと食していては食べ損なうことにもなりかません。
無論のこと、体は頑丈でございますとも。大魚との格闘は命がけでございますでな。
少しでも気を許せば、尾ひれに弾き飛ばされかねません。
しっかりと狙いを定めて銛なりを放ちます故に。

 に比べて、この武者はなよなよとして、遠目にはおなごか? と見誤りかねませんわ。
ですが、先ほども申しました如くに、そこはかとなく漂う気品は隠しようもございません。
どこぞのお公家さまであることは一目瞭然でございます。
ですので、この若者を見つけたおとよという娘は、すぐに洞穴に隠れるように指さしおりました。
幸いなことにおとよだけがその岩陰に参りましてな、他の娘たちは浜辺におりましたでな。
万が一にも村人たちの知るところとなれば、すぐにも突き出されることでございましょう。

 このおとよという娘は、村一番の器量好しでございます。
しかもでございます。
遠い祖先をたどりますれば、やんごとなきお家柄に繋がるとか繋がらぬとか……
そのようなことが、まことしやかに流れるほどの気品を漂わせているのでございます。
年は、16歳についぞこの間になったはずでございますが。
ええ、ええ、近在からも「ぜひにも、うちのせがれの嫁に」と声がかかっております。
親としますれば、おいそれとは返事ができません。
網元、もしくは庄屋さま。或いはお武家さまの正室になどと大それたことを考えおる始末で。
娘もまた、まだまだ親元を離れるつもりはないようです。

 その通りでございます、あなた様のお考えどおりです。二人は恋仲になったのでございます。


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