昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (三百六十八)

2023-06-22 08:00:00 | 物語り

「武蔵は、ほんとに小夜子が好きなんだ。
それは分かるね? けども、武蔵の女あそびは、病気だ。どうしようもない。
女あそびを止めちまったら、武蔵は死ぬかもしれない。それくらいの大病だわ。
どうだろ、小夜子。いろいろ含むところもあるだろうけれど、ぐっと飲みこんでおくれでないかい。
女のふところの深さを見せておやりな。いや案外のこと、子供でもできたら、変わるかもだよ。
あたしの知ってる男に、そういうのが居たよ。そうだ、ぴたりと女遊びを止めるかもね。
子どもベッタリとなるかもよ。もちろん武蔵には、あたしから釘を刺しておくから」

梅子の思いが、どれほど小夜子に伝わったか。
小夜子自身、武蔵の女遊びについては、諦めの思いがないではなかった。
それが男の活力源だと公言してはばからない武蔵だ。
「女あそびを止めちまったら、武蔵は死ぬ」。梅子のことばは本当かもしれない。
肉体は生きても、こころが死んでしまうかもしれない。
そう思えてきた。しかしやはり許せるものではなかった。

 翌早朝にいぶかる武蔵にはなにも告げずに、さっそく大学病院へと向かった。
大勢の妊婦でごったかえす待合室で、その自信にみちあふれた顔つきに圧倒された。
ここでは御手洗小夜子という名前は、まるで通用しない。ただの小娘でしかない。

「おや、おじょうさん。おめでたかい?」
 大きなお腹をさすりながら、人なつっこく声をかけてくる。
「この子がねえ。よっぽどあたしのお腹の中がいごこちが良いらしくて、なかなか出てこないんだよ。
あたしゃ、もう三十になるんだけどね、初産なのさ。
やっと神さまがおさずけくださった赤ちゃんなんだよ。
だから大事に大事にしてきたんだけど、お医者さまは『大事にし過ぎたからだ』なんておっしゃるんだよ。
でもねえ、そんなにいごこちが良いのなら、もうすこしって考えたりもするんだけど。
そしたら、お医者さまにこっぴどく叱られて。『このままじゃ、大きくなり過ぎる』ってね」

 おなかをさすりながら「おお、よしよし。そんなにそこが良いのかい」と、ひとりごちる。
「出産のときに、あたしはもちろんのこと赤ちゃんも苦しむって言われてね。
あたしはいいんだよ、あたしはね。けども、赤ちゃんを苦しめるわけにはいかないわ。
でね、かいだんののぼりおりが良いって聞いたから、毎日つづけてるんだよ。
いまもね、そこのかいだんをのぼ゜りおりしてきたところさ」と、聞きもしないことをべらべらと話しかけてくる。
 どうやら新参できたものすべてに話しかけているようで、そこかしこで「またはじまったよ」という声がとびかっている。
しかしそんな声など、どこ吹く風とばかりに、日常のことを話しかけてくる。

 



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