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昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~RE:地獄変~ (二十四)待って、おかしいわ。

2025-01-15 08:00:57 | 物語り

 待って、おかしいわ。
どうして、母の、父の声がしないの? 
「おかえり」と、肩を抱いてくれないの? 
怪我? 歩けないほどの重傷? でもでも、それならどうやってこの地に? 
おとといの大空襲の夜、「先に入ってなさい」と。
庭にほられた防空壕に、ご近所のかたたちと逃げこんだのよ。
湿気くさい穴のなかに逃げこんだのよ。
小さい子たちといっしょに奥のほうに入り、敷かれたむしろの上でふるえていたの。
「かあちゃん、ねえちゃん」。
あちこちですすり泣く声がひびく防空壕のなかで 、「大丈夫、だいじょうぶよ」と励ましつづけたのに。

 結局のところ、両親は防空壕にはいることができずでした。
業火のなかを、他の大人たちとともにあちこち逃げまどったということです。
なんとか命だけはとりとめられた方のお話では、逃げおくれた老婆を抱きあげたものの、焼夷弾が直撃した家屋の下敷きになってしまったということでした。
そのおばあさんは、三日に開けずに通われていた大のお得意さまだったとか。
商人の鏡だとおほめくださいましたが……。

 正夫のことですが、実のところどこまでボケているのやら。
案外のところ演技なのかもしれませんですね。
よそさまの法事の場にあがりこんでは、あのように怒鳴ったり泣いてみたり、そしてしみじみと語ってみたりと。
そしてみなさま方から、同情やら憐憫をいただいてですね。
贖罪? あがない? ほほほ、たしかにそのように見えますですかね。
 娘の妙子にしても、そうでございます。あの子は、お父さん大好き娘ではございました。
ですが……。実の娘にたいしてこういうのもなんでございますが。
ある意味、わたくしに対する当てつけ、当てこすりでございますよ。
チヤホヤされたわたくしの娘時代のことを聞き及ぶにつれて、わたくしに対抗心を燃やしておりました。
なにかといえば反抗的な態度ばかりです。

 女学校時代でのことです。
殿方からの恋文などをこれみよがしに見せつけてまいります。
「お母さんもたくさんもらっていたんでしょ?」。
あのおりの目は、母親に対する視線ではありませんでした。
明らかに敵愾心がありました。まるで恋敵を見るような……。
もしも正夫を我が物に、ということならば、いつでも、それこそのしを付けて。
これは失言でした。娘へのことばではありませんね。お恥ずかしいことで。

 まあたしかに、いろいろと付け文はいただきましたわ。
校門前でのことですが、両手を広げて通せんぼをされたこともありました。
怖くなって校門の向かい側にある文具屋さんに駆け込みました。
すぐに警察に連絡をしていただけて、ほんとに助かりました。
そうそう、バス停でのことですが、本屋の中から飛びだしてこられて「読んでください!」と大声で。
お店のなかには数人のお客さまがいらっしゃるというのに。
もちろん、バス停でもわたくしの他にも三人いらっしゃるし。
もう恥ずかしいったらありませんわ。



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