昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~100万本のバラ~ (十九)

2023-11-29 08:00:52 | 物語り

 圧巻だったのは、ステージ最後の全員でのおどりだった。
全員がうしろに控えるなか、栄子が軽快におどる。
手拍子が高まるにつれて、栄子がうしろに下がり全員がそろう。
大きな動きをしながらも互いを気遣うおどりは、壮観なものだった。
会場のほとんどが総立ちとなり、手拍子で応える。
「オーレ!」と会長がハレオを入れて、場を盛り上げた。
一時間の予定を超えてのショーは興奮のるつぼと化して、女性たちの間から「あたしもやってみたい!」という声が飛びかった。

 互いをたたえあう声の中、控え室で帰り支度をしている栄子の元に会長が現れたことで、控え室が大騒ぎとなった。
そこかしこで、パトロンの話ねとささやかれた。
「よろしいかな、皆さん。今日はほんとにありがとう。
みんな大喜びでした。ステージ上での素人相手のレッスン、実に良かった。
入会希望者がたくさん居ますよ。ありがとう」
 少し丸まった背中が衰えを感じさせはするが、その眼光はするどいものだった。
その威圧感にたじろぐ主宰の手を取り、なんども謝意を述べた。

 にこやかな表情で「ところでと、あなた、あなた。お名前は…松尾栄子さんだったね」と、うしろに立つ栄子に声を掛けた。
栄子の手を両手で包みこみながら「あなた…スペイン村のフィエスタ・デ・フラメンコで優勝されましたな」と、思いもかけぬことを言った。
「いえ、あたしは…」栄子のことばをさえぎって「まあまあ、そんなことを…」否定も肯定もせずに、主宰が口をはさんだ。
その目は“恥をかかせちゃダメ”と告げていた。
 もうろくしているの? という疑問をいだいた栄子だが、それでも良いと思った。
なんでもいいから「パトロンとして後援するよ」といって欲しいのだ。

「わたしがもう少し若ければ、もう十才も若ければパトロンになってあげられたのに。じつに、残念だよ」
 期待が大きかっただけに、栄子の落胆はおおきい。
しかしいまここで、それを知られてはいけない。栄子のプライドが許さない。
「そこでだ、良い話がある。この男性を紹介したい。
ぼくの知己の息子さんでね、松下くんです。年齢は、四十だったかな? 
人物はぼくが保証します。彼は大層な資産家でね、彼ならあなたの後援者になれる。
松下くん、自己紹介なさい」

 うしろに控えていた男が前にでた。
色白の長身で、ほっそりとした体型をしている。目つきの鋭い端正な顔つきだった。
「松下国雄です。あなたのステージを見せてもらい、感動しました。
元来、芸術にはとんと縁のない無粋者でして。
会長にお誘いを受けたときも、じつはお断りしようと思ったのです。
ですが無理強いをされましてね、断ったらお前との関係もこれまでだ! なんて脅しのことばまでかけられました。
いやいや、よーく分かりました、会長の真意が。
というところで、いかがですか。このあとご予定がなければ食事でも」



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