高校に入ってはじめての夏休みのことです。
声をかけられたのは夏休みにはいるすこし前のことです。
上級生の女子生徒に声をかけられました。
純朴な青年じゃなくて、まだ少年ですね。
「すこし話をしたいんだけど」だったか「楽しいところに行かない?」だったか、そんなようなことだったと思います。
女子生徒との会話なんて、挨拶のことばすらまともにかわせない時期のことですから、はじめてのことでした。
いや女子生徒だけではなく、同性とも話をした記憶がありません。
学校に着いて1時間目の授業をうけて、給食を食べて2、3、4時間目の授業をうけて、ひと言も声を発することなく帰路についた日もありました。
すみませんねえ、いつものくせで。なかなか本題に入ら、、、はいります、すぐに。
そんなわたしですから、声を発することなく、ただただ頷くだけでした。
どこかで待ち合わせをして向かった先が、どこかの体育館だったような、とにかくだだっ広い部屋でした。
そこに若者たちが大勢いましたが、そのなかのひとりが見覚えのある人でした。
なぜ分かったかというと、ある意味有名人でして。
学校の正門前で、登校してくる学生たちにビラを配ったり演説をするグループがいまして、そのリーダーだったんです。
先生たちといつも押し問答をしている人で、そういうことで有名人だったんです。
その場所でいきなりフォークダンスがはじまりました。
わたしも女子生徒に手を引っぱられて輪のなかに入らされました。
ですがわたしはただ突っ立っているだけで、進めません。
というのも、経験がないんです、わたし。
女子生徒と手をにぎりあって踊るなんて、天地がひっくり返ってもあり得ない、できないことなんです。
すぐに輪からはなれました。
なんどか誘われるんですが、ただただはなれた場所で突ったっているだけでした。
その後に円陣をくんで床にすわり、あのリーダーが中央に入って演説をはじめたんです。
要するに勧誘だったわけです。
わたしの他にもそうやって連れてこられた学生が多々いまして、居心地のわるそうな顔をしていたと記憶しています。
のちに知ったのですが、民青とかいう組織のようです。
――・――・――
(三十)の2
その後ですか? きっぱりと断りました。ええええ、きっぱりとです。
ただあっけないものでした。
「あ、そう」てなもんでしたから。
こちらが拍子抜けするぐらいでしたから。
もしももしも、もういちど、いや三顧の礼をもってむかえられていたら……、またのこのこと付いていったかも?
冗談ですがね、これは。
彼女はオルグのスカウトウーマンだったわけですね。
ですから、きれいな女性だったわけですよ。
いわゆるデートのお誘いだと、驚天動地状態のわたしだったわけですから。
完全に裏切られたわけですし。
まあ相手にしてみれば、わたしみたいな軟弱な男を勧誘しても、ということだったんでしょう。
でも意外にわたしみたいな男が、組織に対しシンパシーを覚えたら、猛烈組織人になったりして、ね。
仲間ということばはあまり使いたくありませんが、当時のわたしは独りなんですわ。
小6のときに九州から本州のど真んなかに引っ越して、そして半年間の小学校生活をおくり、親友とよべる相手もつくらず。
いや、つくれず、か。
そして県内でも最大学生数を誇るマンモス中学に入学。
3,000人とも言われる人数のなかに放りこまれました。
まさしく、わたしにとってはほうりこまれたのです。
すでに兄は卒業しています。しかし兄は立派な足跡をのこしていました。
県内いちの進学校に入学しているんです。
「おお、きみが弟か」。「兄さんほどではないにせよ期待してるよ」。
複数の教師からこえをかけられます。
けれども、わたしはわたしであり、兄ではないのです。
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