昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (三百四十五)

2023-05-02 08:00:53 | 物語り

 それ以来、積極的に動きまわる小夜子だった。
武蔵のエスコートよろしく、仕入れ関係の取り引き先を中心に丹念に訪れた。
はじめのうちこそ気恥ずかしさにうつむきかげんな小夜子だったが、三社目あたりになると堂々としたものだった。
しっかりと正面を見つめて、相手のあいさつを待つ余裕さえ見せた。
武蔵が相手に頭を下げても、相手が「おすわりください」と手を差し出すまでは、傲慢とでもいうべき態度をとりつづけた。
「華族のご出身なのか?」などという話が飛びかうほどだった。
それについて、武蔵が肯定も否定もしないものだから、信憑性が高まるばかりだった。

 仕入れ関係の訪問にかたよる小夜子の動向に、営業から不平不満が出はじめた。
「販売先には、社長、連れていってくれないのか?」
「やいのやいのって、せっつかれてるんだよな」
「連れてくるまで、取り引き停止だ。冗談かどうか分かんないような口ぶりだし。言って欲しくないんだな」
「竹田さん、お願いしてくださいよ」
 顔を合わせるたびにせがまれる。「他力本願でどうするんだ」。しかし彼らの気持ちが分からぬでもなかった。
たしかに小夜子が訪問したあとの仕入れはスムーズな対応が待っている。
いままでなら渋られた納期交渉も、価格交渉にいたっても、たしかに対応がちがってきた。
「お姫さまによろしくお伝えください。いつでも大歓迎ですから」と、暗に「立ち寄ってくれ」と言わんばかりのことばが終わりに付いた。

 月いちの社長訓示が、はじまった。
「商売をするに当たって、得意先は大事だ。しかし、より大切にしなくちゃいかんのは、仕入先との関係だ。
良いものが回ってくるように、日ごろから良好な関係を保たなくちゃな」
 武蔵の持論が、改めて社員全員に披露された。
「いいか! 肝に銘じておけよ。会社で一番偉いのは、誰だ? もちろん、俺だ。社長たる、俺だ! 
しかし、その社長に頭を下げさせる奴がいる。そう! 誰あろう、小夜子だ。こいつには、俺もかなわん。
ひとたび、泣かれてみろ。それはもう、この世の終わりかと思えるほどだぞ。
大声じゃないんだ、しくしくでもない。じっと、恨めしげに見られるんだ。
で、負けてしまう。笑顔欲しさにな」

 ひとしきり笑いを取った後、顔をぐっと引き締めて言う。
「冗談はこのくらいにしてだ。会社の花形は、営業だ。
こいつらが注文を取ってこないと、会社は成り立たん。
しかしだ、仕入れも大切なんだ。品物が潤沢に入ってこなければ、売るに売れない。
それにだ、納めた商品の中に粗悪品でも入ってろ、大変なことになる。
だから、加藤専務が必死の思いで頑張っているんだ。
日の本商会を思い出せ。粗悪品が混じっていたというだけで、あっという間だ。ことほどさように、恐いんだ」
 社員の間にざわめきが起こった。
「あれはひどかった、ほんとに。」「新聞で、叩かれたよな。『安かろう、悪かろう』って」。
「あっという間だったよ、じっさい」。「あれって、社長の画策だって噂があるだろ。違うよな?」



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