次回より、新章に入ります。
ひと粒種である武士の、恋愛ものがたりを主とした内容になります。
そこで、これまでをすこし整理したいと思います。
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戦後間もない日本は、明日への希望の灯りはなにひとつなかった。
「聖戦だ!」、「神国日本は負けない!」と、日々教えこまれつづけた日本人にとって敗戦のショックは、想像を絶する苦痛であり悲惨そのものであった。
今日の暮らし、この今のときの過ごし方を忘れ去った人々で、焼け跡は埋まっていた。
そんな中、この物語りの主人公のひとりが生まれでた。
「でかした!でかしたぞ!おぃっ、男だ、男を産んでくれたぞ!」と、武蔵がぐるりと囲んだ男たちに向かって叫んだ。
「いやあ、おめでとうございます、社長」と五平が祝意を告げ、そして「うお~お!」と一斉に歓声が上がった。
こぶしを突き上げて、声にならぬ雄叫びを上げた。
もうひとりの主人公である武蔵は、幸いにも戦後の混乱期をうまく乗り切り十分の財産を蓄えた。
幸いにも、と書きはしたが、その実は凄まじいばかりの闘いの日々であった。
ある種、恐喝まがいの商売にも手をつけた。
GHQにふかく食い込み――軍隊において知り合った女衒を生業としていた五平との繋がりに負うところが大きかった――成り上がっていった 。
そして最後の主人公である母は、小夜子と書いてサヨコと読む。
鼻筋の通った、凛とした顔付きの美女だ。
山間部の田舎で暮らしていた小夜子だったけれども、平塚らいてうが世に送り出した「新しい女性」という概念に傾倒した。
単身で東京にのぼり、そこで偶然に知り合った世界的ファッションモデルのアナスターシア(ロマノフ王朝最後の皇帝であるニコライⅡ世の末裔とうわさされた)と知り合い、姉妹の契りを交わした。
元庄屋佐伯家の総領である正三を将来の伴侶ときめていた小夜子だったが、アナスターシアの早死によって全ての目算がくずれた。
窮乏の極みにあったとき、武蔵が足長おじさん然として小夜子の前に現れた。
母親の死という現実を受けて「本家でなかったから殺された」と、そんな心情にとらわれている小夜子だった。虚像としての小夜子を作り上げて、常に傲慢な態度をりつつづけ、本家の娘以上の格をただよわせた。そのためにはみすぼらしい姿を見せることは出来ず、高価な品もをほしがっては茂作を困らせた。そしてそのことが印で、赤いダイヤモンドと称された小豆相場にのめり込んでいく茂作だった。
隠れていた小夜子の贅沢志向をくすぐられて、そしてまた強引なまでの愛情を見せられて、武蔵との華燭の典をあげることになった。
愛孫娘をかすめ取られたと感じる祖父の茂作だったが、貧乏小作人では太刀打ちができずに終わってしまった。
小夜子に不慮の事故死だと聞かされている武蔵の死も、じつの所はトラブルに巻き込まれてのことだった。
彼がまだ乳飲み子だったころの、若すぎる父親の死だった。
一旦は武蔵のあとを継ぎ社長の座に着いた小夜子だったが、個人経営からの脱却をはかる時期にあった富士商会では、素人経営で動かせるはずもなく、自ら限界を感じて身をひいた。
そして武士がぜんそくという病に罹患したこともあり、田舎の実家に戻ることになった。
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