そしていま五平が応対しているのは、そのネジに関してのことなのだ。
大手の家電メーカーの製造部の部長が、入荷予定の確認にきている。
正味のところ、実需分だけでなく在庫分としての確保を狙っている。
現状の発注分の半分ちかくが在庫分としてのものだ。
しかしそのことは、おくびにも出さない。ただただラインが止まってしまうと、談判にきている。
きょうの電話のほとんどがそのネジに関するもので、その他いちぶがこれから不足が予想されているボルトに関するものだ。
たかがネジ、されどネジ、なのだ。
たった1本のネジ・ボルトが不足しても、製品はしあがらないのだ。
なんの情報も持たぬ事務員にしてみれば、駆けずり回っている営業に問い合わせてほしいとおもうのだが、その営業自体もじっさいの入荷予定がわからずにいる。
唯一はっきりしているのは、今日の営業終了後に、入荷の予想と在庫分をどうふり分けるかということなのだ。
そしてそのために、販売先にこのさき1週間の製造予定の確認に走りまわっている。
残念ながら今回のネジ不足について予見していた者はだれもおらず、日本全国が右往左往している。
そしてこの商機を逃すまいと、問屋連もまたネジの取りあいに参入してきた。
そうなると価格の高騰はとまらず、
「価格は気にせず、量の確保を優先しろ」とどこも指令がとんでいる。
しかし富士商会は過去の経験をもとに、竹田の判断でその狂騒にはくわわらずにいる。
「入るときははいる。足りないときはどこもたりない。
下手につみますよりも、お客さま優先で適正価格での取引をする」と、判断した。
朝鮮動乱のおりにあらゆるものを買い込んで、あやうく倒産の危機においこまれた経験を、いま活かそうとしている。
「もうけられるときにもうけるべきだ」という意見もある。
服部がその先頭に立っている。
客先で選ぶのではなく、利益がとれることを優先させるべきだと主張している。
そしてそのための調整を、こんや最終決定することになっている。
午後6時をすぎて、三々五々集まった。
社長室に、真理恵に竹田そして遅れて服部がはいった。
「いやあ、もう想像以上です。
どこもかしこも、どう考えても必要量の5割増し、いや倍の要求です。
もうすごい剣幕です。
うちだけじゃなくて、過去に取引のあった業者にも連絡を入れまくっているみたいです」
服部の状況報告に、竹田がポツリとつぶやいた。
「日本人はどうしちゃったんですかね。謙譲の美徳なんて、かこの話ですか……」
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