昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (三百六十三)

2023-06-13 08:00:25 | 物語り

「名前、なんて言うんだい? この青年は。うーん、真面目だね。
初めてだろ? こんな店は。いや店どころか、女あそびの経験もないね? きっと。
あれ? 待てよ、見覚えがあるぞ。梅子ねえさんもヤキがまわったかねえ。
来てるね、きてるよ。一度だけかな? 専務が若いのを連れてきたんだけど、そのときにいたねえ。
おいおい、そんなに小さくなることはないさ。
そんな端っこに座らずに、ほらっ、でんと真ん中に座りな。
あんたはお客さまだ。大きな顔をしてりゃいいのさ。
あ、分かったぞ。あんたは、竹田くんだろ? そうだよ、間違いない。
社長がいつも言ってるよ。石部金吉みたいな青年がいるってね。
発想がね、おもしろいって。ほかの奴にはないなにかがあるって、ほめてたよ。
将来が楽しみだとも。良い参謀になるだろうってね」
「そ、そんな大それた者じゃありません」
 更に体を縮こませている。テーブルの水を一気に飲み干して、のどの渇きをいやした。

「小夜子が後継ぎを産んでくれたら、竹田くん、あんたをね、加藤専務のあと釜にっていってたよ。
相談役としてね、期待しているみたいだよ。
せいぜい、社長にしごかれな。いや専務にかな? 
こんやはさ、二人とも居ないんだ。思いっきり楽しんでおくれよ。
あんたなら女に溺れるようなこともないだろうしね。
さてと、誰を呼ぼうかねえ。あんたみたいな男には、そうだな、未通女が良いかねえ。
物静かな女が良いだろうねえ。ちゃきちゃきが合うような気もするけれど、入れ込むような事態になっちや一大事だ。
ほんというと、いま、小夜子がいればねえ。即、くっつけちゃうけれども」

 正面に陣どる小夜子の射るような視線に気づいた竹田だった。
その体が、みるみるさらに小さくなり、視線を落としたまま、頭を何度もなんども横にふって梅子のことばの嵐が過ぎ去るのを待った。
「正直のところ、この小夜子は、社長とは相性が悪いと思ったんだよ。
なにせ田舎娘でさ、なーんにも知らないくせに、鼻っ柱が強くて。
けどね、自分をみがこうとする、その根性は見上げたもんだった。
社長も、あんがいそんな所に惚れたのかもね。ま、社長のことは置いといて、と。
うーん、誰がいいかねえ……。そうだ、あの娘が良さそうだ。
ボーイさん、実千代を呼んどくれ。木暮実千代だよ、いいね。
それと、小夜子と気が合うひろみだ。
他の客に付いてる? いいから、いいから。さっさと引っ張いといで。将来の上客なんだから」



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