21日(土)は、一度だけの昼の部に出て、夕ご飯用の弁当を貰って解散。
びしょ濡れで風邪をひきそうだったので、寄り道せずに拙案内所に戻って着替え。
エアコンを暖房にして、弁当を食べ終わると、睡魔君降臨。
目が覚めると17時過ぎで、思い出したようにカメラの準備をして・・・。
庁舎前のカメラ共演会へ向かいました。
ここなら雨に濡れる心配はありません。
出ていたのは、附馬牛町の小倉神楽さんで、八幡舞
笛は誰かと思ったら・・・1月の神楽共演会以後は助っ人の鱒沢神楽笛吹さん。
この日のパンフレットには鱒沢神楽さんの名前があったので、
もしかして、私が来る前に出番は終わったのかもしれません?
ここに参加の女性陣はこの小倉神楽に出たり、張山しし踊りに出たりと大忙し。
続いて、小友町の外山神楽さんでした。
実際、私が来る前に何団体演じたのかわかりませんが。
事前情報では手平鉦の子が三番叟だと聞いていましたが、座中に不幸があったようなので、
おそらく急遽、演目と出演者の変更をしたものかと。鶏舞。
姉妹だと聞いています。
6月の小友町八坂神社の例祭以来かな?
ここ外山も市外の方々の応援を得て活動をしています。
もう、そう云う時代なんです!
続いて、上郷町の平倉神楽さん
屋根の下で撮影していましたが、ちょっと出ると軒先から相当の雨が・・・
子供たちは遊びの達人ですね!
演目は五穀舞
今年の遠野まつりで天気の影響で、予定がかなり変わったのが、ここかも。
出る出ないは事前に登録しているので良いのですが、
出ないところの穴埋めに予定を入れたり、出ないことになったりと大変だったようです。
まあ、出来る演目数も参加人数も、困ることはないと思いますが・・・笑
毎週の練習が成せるところです。
其の壱最後は、土淵町の野崎神楽さん
八幡舞です。
ここも人数が揃えば、面白い演目ができそうに思えます。
附馬牛町の和野神楽の系統と云われ、今は演じられない上柳神楽も
同じ系統だったようです。
昭和7年本田安次氏が観た神楽のひとつで、その時、12幕も演じています。
戦争の為に行われた神送りの神事に神楽が必要とされていた時代でもあります。
今でも、政治利用にお祭りが利用されていると感じることがありますが・・・。汗
遠野の神楽は女性が大活躍ですね。中断していた舞も復活させる原動力はやはり「遠野まつり」何でしょうね。その時立ち上がったのが女性たち・・今や神楽を支えていますね。ここでもうひと踏ん張り胴取りも女性で頑張って欲しいですね。男出る幕なくなっちゃうか。飯豊神楽さんが扉を開いたことで奥座敷迄行けましたね。地域が必要とする民俗芸能を残すには様々な人々が協力しないとこれからも大変ですね。遠野の事例が広がると良いですね。
一回だけでも、出番があったことに感謝しています。
年々、あと何回出られるかと思うのと、そのたった一回が貴重です。(;^_^A
北上ほどではないにしても、県内では多くの郷土芸能が残っているほうだと思われる遠野、市の人口比からしても、それを継続していられるのは、地域外からの協力者あってのことだと、多くの芸能関係者が今は理解できていると思うので、あとはみんなで協力して盛り上げる努力を続けたいと思います。
と駅前通りの演目を後目に駆け付けた次第ですが
お近くにいたようでしたのにワタクシのめしいたまなぐでは発見出来ませんでした_| ̄|○
遠野太神楽が見たくて平倉神楽の五穀舞だけ齧って
退散してしまいました。。
私の左横前方3mにちょっとの間、左真横に一瞬、yamanekoさんが姿を現しましたが、カメラから目を離した時には、消えていました。
今年はフットワークよく動けないので、捜索できず、申し訳ありませんでした。