とんとんのヒトリゴト

のんびり成長中のムスメの成長記録と趣味や日々の徒然話など。

母の気持ち、娘の気持ち。

2009-03-08 | 日々の呟き
週末は毎月恒例で実家に帰っていました。

丁度今は卒業式シーズン。
テレビでもこの手の話題がやっていたので、それを母と一緒に見ていたのだが、突然「あんたの卒業式に何かしてあげたかしらねぇ・・・?」と言い出した。
遠い昔のことなので私もすぐには思い出せなかったけれど、「別に何もしなかったんじゃない?」とあっさり答えた。

遥か遠くなった私の学生時代、母は多忙を極めていた。
当時父がすでにいなかった我が家の家計は母が一手に担っていたし、その上自ら自営で仕事をしていた事もあり、残業や出張で家を何日も留守にする事もしょっちゅうで、今でいう「キャリアウーマン」バリバリの生活を送っていた。
今でも母の仕事関係の方は「孫がいる」と言っても誰も信じないらしい。
どうみても仕事一筋で生きてきてシングルのまま来てしまったと思うらしいんですよね~。
でも、実際はおばあちゃんなんでございますよ(爆)

でも、そんな仕事最優先の母親だったので正直私たちの事はほったらかし。
入学式や卒業式には辛うじて顔を出してくれた記憶はあるが、それ以外に関しては一切私の学生生活にはかかわる事はなかった。

私自身、それが「寂しい」と思った事が無いと言えば嘘になる。
普通の家の様に運動会には家族が集まってくれたり、イベント事にパーティーや楽しい旅行をしてみたりしたいと思った事もある。
でも幼心にそれらはすべて「仕方のない事」ばかりで、文句を言っても仕方ないことなのだという事は分かっていたので、兄と二人それなりにその時期を乗り越えてきた。
何十年も経った今となっては笑い話にすらなる事ばかりだ。

でも私にとっては笑い話でも、母にとっては全然違う。
例え生活するためだったとしても、仕事仕事に振り回され子供達に親らしい事を何一つしてあげられなかった・・・という後悔は何十年たっても消えない。
そして「私達の子供時代」という二度と取り返せない時間を何度も振り返り、その度に自分自身を傷つけてしまう。
今回の卒業式の話もそんな母の傷を蘇らせるきっかけになったのかな・・・?
お酒を飲んでいた事もあったけれど、母は涙を流しながらその時の事を私にわびるのだ。

もうそんな事忘れちゃったよ。
きっと卒業式の後も友達とパーッとやっていたんじゃないかな?
そんな風になだめながら、「お母さんがそんなに傷つく事無いのに・・・」と私の方が正直泣きたくなった。

確かに母の言うように、子どもの頃はあまり構ってもらった記憶は無い。
それでも私は覚えている。
仕事が忙しくてゆっくり私と話す暇が無かったのを気にした母が、忙しい中私と交換日記をしてくれたこと。
1年も続かなかったが、それでも約束の場所にノートが置かれているのがとても嬉しかった記憶がある。

誕生日を一緒に過ごせなくても、手紙と一緒に必ずお赤飯とから揚げがお約束のようにおかれていたこと。

中学生の頃、部活の試合が会社の近くの学校であった時だけは、仕事を抜け出してこっそり見に来てくれたのも知っている。

私が結婚する時、父親とバージンロードを歩けなかったという事を自分の事のように悲しんでいたのも知っている。

母は忘れちゃっているみたいだけれど、母なりに頑張ってくれていたんですよね。
だから私はそんな母が言う風に「辛かったなぁ~」なんて思わずに済んだんだと思うんです。

今の私の年齢の頃、母は私たちを育てるために仕事を始めた。
今の私が母と同じ立場だったら、母の様に強くたくましく立ち向かっていけたか正直自信がない。
それ位の事をやってきたのだから、もっと自信を持ってくれてもいいのに・・・と思うが、そんな風には思えないみたいですね。
でも、それが「親の気持ち」なのかもしれない。
早くそんな気持ちから解放されてくれればいいのになぁ・・・と思わずにはいられません。

それにしても母も年をとったものです・・・。
もう少し近くに住んでいれば安心なのですが、さすがにそうもいかないのが辛い所です。
この先、こんな思いに駆られる事も多くなるのかもしれないなぁ・・・と思うとんとんでした。



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