萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

secret talk81 安穏act.18 ―dead of night

2018-04-16 23:03:10 | dead of night 陽はまた昇る
安らかな背徳を、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk81 安穏act.18 ―dead of night

ネクタイかすかな絹擦れ、衿元くつろぐ。

「は…、」

吐息ひそやかな窓、自分しか映らない。
でも君は階下にいる、この近い孤独にワイシャツ脱いだ。

『宮田こそなぜ、着替えないんだ?』

ワイシャツの衣擦れ、さっきの問いかけ響く。
あんなこと訊くなんて残酷だ。

―俺のこと意識してないってことだよな…湯原は、

意識するから逃げ出した、着替える君の部屋から。
素肌を見たいと願ってしまったから。

―でも湯原は違う、俺とは、

脱いだワイシャツ見つめて思い知らされる。
君の感情は自分と違う、報われなどしない。

「どうするんだ…俺、」

違う感情、君は自分を想ってくれない。
それでも傍にいたい?

―ふりむかれない、なんて我慢できるかな?

視線めぐらす部屋、午後遅い陽あわく沈む。
唇ふれる香おだやかに安らいで、くゆらす面影にTシャツ脱げない。

「二人きりだもんな、今…」

布一枚、それが自分の理性。
そうして脱げない腕にサマーニット通した。

「保つかな、俺?」

ひとりごと扉を開いて、廊下が照る。
ダークブラウン艶めく床きれいで、磨く手の清さ映る。

―湯原のお母さんが掃除しているんだよな、いつも、

とん、とん、階段おだやかな響き心地いい。
どこも清潔で穏やかな静謐、こんな家に自分がいて良いのだろうか?

―湯原のこと大切だから掃除してるんだ、気持ちよく過ごせるようにって…いいお母さんなんだ、

君の母親は、君を大切に想っている。
だから家どこも美しい、そんな場所に自分は赦される?

―湯原のお母さんが俺の本音を知ったら、どうなるんだろ?

男が息子を求めている、そんな事実どう想う?

ほら、書斎でも廻らせた想い波よせる。

こうして鼓動ブレーキ重ねて耐えたらいい。
そんな二人きりの家そっと吐いた息、香かすかに甘辛い。

―夕飯の支度してるんだ、湯原?

あまいような辛いような香、醤油だろうか?
こういう香を懐かしいと言うのだろう、でも自分はたぶん「普通」と違う。

―おふくろの味って言うんだろうな、普通は?

あまからい湯気、ごく家庭的な食事の記憶。
それが母親の味ではない自分はたぶん「普通」じゃない。
そんなことも幼い自分は知らなかった、それくらい遠かった香を君がつくる。

―いい家なんだ、

こういう家で自分は今、何を考えているのだろう?

―うしろめたいって、こんな気分かな?

自問しながら階段の途中、ステンドグラスの陽が青い。
静かな陰影ゆれる底、スーツくるむ脚に笑った。

―この俺が着替えもできない?

君の部屋で服を脱ぐ、それが怖い。
こんな不安定も「二人きり」が原因だろうか?

―もう一人いたら薄れるかな、湯原のお母さん帰ってきたら?

罪悪感やわらかに軋む、なぜだろう?
知らなかった痛みすくむ階段、金属音が鳴った。

かちん、

澄んだ音ホールに響く、手摺から玄関ながめる。
真鍮おだやかな把手ゆれて、古い木音きしんだ。

かたん、

リビングの扉しずかに開く、ホール穏やかな光さす。
もうじき玄関も開くだろう、光に君の声ふわり透った。

「おかえりなさい、お母さん、」

玄関扉ひらいて芳香くゆる。
おだやかな甘い香やわらかに女声ひとり、微笑んだ。

「ただいま周、それから、おかえりなさい?」
「ん…ただいまお母さん、」

君の声が応える、いつもと違う。

「お友だちいらしてるのよね、ごあいさつさせて?」

おだやかな声ほがらかに透る。
優しいメゾソプラノに階段を下りた。

「宮田と申します、おじゃましてすみません、」

ことん、

最後の段から降りて貌が見える。
小柄なスーツ姿ふりむいて、黒目がちの瞳が微笑んだ。

「ようこそ宮田くん、周太の母です、」

メゾソプラノ穏やかに笑いかけてくる。
その瞳そっくりで、鼓動ひとつ隠し笑った。

「いつも周太君にはお世話になっています、今日は図々しくおじゃましてすみません、」

笑いかける真中、黒目がちの瞳が見あげる。
穏やかな眼ざし長い睫ゆっくり瞬いて、やわらかに微笑んだ。

「こちらこそ、いつも周太がお世話になって。今日はいらしてくれて嬉しいわ、ゆっくりしてね?」

穏やかな微笑きれいな瞳が澄む。
こんなふうに君も笑うだろうか、その瞳が自分に向けられるなら?

※校正中
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