萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

睦月二十日、丹椿―graceful

2022-01-21 00:50:10 | 創作短篇:日花物語
紅一点、凛々と
1月20日誕生花ツバキ椿


睦月二十日、丹椿―graceful

赤いリボン揺れて光る、大寒の朝。

「…ん?」

研究室の窓、凍てつくキャンパスに紅一点がゆく。
チャコールグレーのコートひるがえす黒髪のリボン、その鮮やかな色に助手が言った。

「あ、噂の受験生ですね?あの子、」
「…噂の?」

つい聞き返したデスク向こう、ネクタイ姿がティーカップ差しだしてくれる。
受けとった掌じんわり、熱くるむ湯気ごしに若者が笑った。

「女子が受験生にいるって噂なんですよ、女性の大学進学は珍しいでしょう?しかも一次試験なかなかの成績だったそうです、教授はお聞きになっていませんか?」

バリトン朗らかに教えてくれる、その視線が窓の先に笑う。
ガラス越し冬枯れモノトーン、そんなキャンパスに細やかなリボンあざやかに赤い。
あざやかで深くて、惹きこまれる色彩に馥郁そっと微笑んだ。

「そうですか。優秀な学生が来てくれるなら、光栄ですね、」

本当に光栄だな?
素直な想い微笑んでティーカップ口つける、すすりこんで馥郁ほっと温かい。
冷えていたらしいな?暖房まだ効かない朝の研究室、若い声に訊かれた。

「光栄って、湯原先生でも女子学生がきたら嬉しいですか?」
「…ん?」

言われて、書斎机の向こうを見つめてしまう。
どういう意味で言っているのだろう?おだやかな渋みの余韻に若者が言った。

「若い女の子いたら華やぐでしょう?しかもあの子、なかなか美人じゃないですか。女だてら言いながらも期待してる空気あるわけです。教授もそうですか?」

熱いティーカップ、やわらかな馥郁と言葉を見つめてしまう。
見つめ返してくる視線まだ若い、自分より十年ほど若い助手に微笑んだ。

「そういう考えもあるでしょうね?でも、学問に性別の垣根はないと私は思います、」

赤いリボン、それが噂を呼んでしまった受験生。
まだ今はそんな時代なのだろう、この若者すら珍しがるほどに。
けれどガラス窓の向こう紅一点、華奢なコート姿の背まっすぐで微笑んだ。

「たしかに女性で大学に行くことは、今まだ珍しいのも事実です。きっと男の私たちより多くのことに向き合って来られたでしょう、率直に素晴らしいと思います、」

女子が大学なんて、と君は何度も言われたろう。
それでもキャンパスまっすぐ君は歩く、細くても赤いリボン凛とひるがえして。
きっと入学しても色んなことがあるだろう、それも呑みこんだ背中は華奢でも強くしなやかに美しい。

「…君は立派です、」

そっと微笑んだガラス越し、受験生まっすぐ歩いてゆく。
紅一点あざやかに君はゆく、寒風にも顔あげて、真直ぐな背中あざやかに凛々と。
椿:ツバキ、花言葉「高潔な理性、控えめな愛、謙虚な美徳、気どらない優美、見栄を張らない、自然の美徳、慎み深い」


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