萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

大月十二日、唐辛子―Morgenrot

2022-10-13 00:45:05 | 創作短篇:日花物語
辛辣にも耀く、
10月12日誕生花トウガラシ唐辛子


大月十二日、唐辛子―Morgenrot


目が覚めたのは、君だから。

「ヤッカミってやつだろ、そーゆーのはさ?」

暁闇をバリトン徹る、耳朶を撃つ。
テント踏み出した足もと闇沈む、それでも明ける明星が稜線を笑う。

「オマエが教授の息子だからナンだってんだよ、ソモソモだ、楡原先生がエコヒイキなんざすると思ってんのか?どーだよ馨?」

大らかなバリトンに金星まばゆい、零れる銀色そっと沁みてくる。
さくり、登山靴の底くずれる響きは霜柱。もう冬兆す闇に微笑んだ。

「ん、思えない…あの父だから、」
「だろ?あの先生が学問を裏切るなんざするもんか、甘っちょろい妥協ヤロウにゃアノ時代で留学はできねえ、」

バリトン徹って闇が響く、その先はるか明星が燈る。
ほら嶺風かすめて香りだす、ほろ甘い渋い、清かな大気が頬なぶって笑う。

「楡原先生はボンクラに点くれるようなエセ学者じゃねえよ、人にも学問にも不器用すぎるくらい誠実なホンモノだ。そーゆートコ馨もあるだろ?」

父を讃えて君が笑う、ヘッドライトの下で鳶色の瞳きらめく。
どこまでも耀るい眼差しに笑った。

「ありがとう紀之…その、ぼんくらって誰かイメージして言ってる?」
「おっ、馨もケッコウ毒舌だ?」

低いクセ朗らかな声からり響く、めぐらす谺に雲海が光る。
もうじき夜が明けるだろう、予兆と隣に微笑んだ。

「紀之からうつったかも?」

うつる、それくらい共に歩いた時間。
その新たな瞬間また踏む尾根、ザイルパートナー兼学友が答えた。

「パーソナリティの伝染または環境に育つ後天性か、まあ馨は天賦の素質だろ?」
「素質あったにしても、目覚めさせたのは紀之だよ?」

言い返して笑いたくなる、だって本当に「目覚めさせた」のは君だ。

『だって有名な学者の息子だろ、』

ずっと言われ続けてきた、何度も何度も。
そうして硬くなって、けれど笑っている今をバリトンも笑った。

「目覚めさせたって、最初から馨ずっと俺にはコンナだろが?」

ほら笑ってくれる、明朗このトーン。
このトーンに自分どこか自由になってしまう、そのままに山の大気はらんで笑った。

「父はね、大学に入って田嶋君といるようになって変わったって言うよ?」
「あー、楡原先生が仰るならそうなのかあ?」

バリトンが笑う、低いクセ朗らかに徹って弾む。
この声ずっと先も聴けたらいい、想い見つめる稜線に一閃はしった。

「夜が明けるぞ、馨、」

紺青ひろやかな天穹の涯きらめく、青から紫うまれて朱が燃える。
頬ひるがえる冴えた風、凍てつく呼気ふっと白く朝が光った。

「夜明けだね、紀之、」

星々の光芒おおらかに瞬く、暁闇ふかく朱い山嶺が目覚める。
耀くモルゲンロート、僕の朝だ。


唐辛子:トウガラシ、花言葉「旧友、辛辣、嫉妬、雅味、生命力、悪夢がさめた」/Morgenrot :モルゲンロート、朝焼けに赤く染まった山

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村
純文学ランキング
著作権法より無断利用転載ほか禁じます

萬文習作帖 - にほんブログ村
PVアクセスランキング にほんブログ村

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 陽色の空、山紅葉 | トップ | 秋、森の旋律×William Shakes... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

創作短篇:日花物語」カテゴリの最新記事