萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第86話 花残 act.17 side story「陽はまた昇る」

2021-01-06 23:03:03 | 陽はまた昇るside story
足跡の先へ、 
英二24歳4月


第86話 花残 act.17 side story「陽はまた昇る」

かすかに甘い、深い香は知っている。

「お?」

見あげた香に空が青い、けれど狭い。
コンクリート連なるガラスの反射、タイヤの音たち喧噪の声。
歩いてゆく雑踏えぐい埃っぽい匂い、それでも懐かしい香に英二は足を止めた。

―なつかしいな、

立ち止まった道、ショーウィンドウの店名は懐かしい。
もうどれくらい来ていないだろう?ただ懐かしさに扉をくぐった。

「いらっしゃいませ、あら?」

ダークブラウン落ち着いた店、カウンターの女性が顔上げる。
何か月ぶりだろう?記憶にある面差しに笑いかけた。

「こんにちは、見せてもらいますね、」
「お久しぶりですね、ゆっくりご覧になってください。春の新作も出ていますよ?」

カウンターのニット畳んで、ベスト姿が微笑んでくれる。
きちんと距離を保ってくれる、そんな店員に会釈して階段を上がった。

とん、とん、とん、

レザーソールやわらかに絨毯を敲く。
この靴も感触も日常と違う、今は登山靴が「あたりまえ」だから。
こんな自分になるなんて2年前の今、すこしも思ってはいなかった。
だからこそ今、この階段に記憶の声が響きだす。

『…慣れてないから、』

ぼそり、ぶっきらぼうだった君の声。
あんな話し方も「鎧」だったのだと今は解る、それだけ想い続けた涯だから。

―俺も未練だな、こんなに周太のこと、

とん、とん、たどる階段に追いかけている。
だって一年前は君と歩いていた、この一段一段どれだけ弾んだろう?

『悪いよ…こんなに買ってもらうなんて』

声がよみがえる、眼差し見えてしまう。
黒目がちの瞳ゆるやかに瞬いた、耳もと薄紅そめる声。
どうしても恥ずかしがりやで遠慮がち、そんな君を幸せにしたかった。

「…周太、」

唇こぼれて呼んでしまう、今いないのに?
今もう隣にいない、もう逢えないのかもしれない。
それでも声あふれた名前は温かい、唯一つだけの自分の温もり。

―周太のことばかり考えてるな、俺…朝のせいかな?

今朝、新宿駅で君を見た。
道はるか向こう、ダークスーツ着た横顔は君だった。
追いかけて呼びかけて、けれど振り向かなかった横顔の君。

『しゅうたっ!』

ただ似ている人かもしれない?
けれど君だと叫んでしまったのは、この自分の心。

「は…、」

吐息ひとつ、階段さいご辿りつく。
落ち着いたダークブラウン静かな空間、ならんだマフラーの色に留まった。

※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

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