萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第86話 花残 act.22 side story「陽はまた昇る」

2021-10-06 22:08:10 | 陽はまた昇るside story
離れるとも、想い
英二24歳4月


第86話 花残 act.22 side story「陽はまた昇る」

ゲートから一歩、街が黄金に染まる。

「…きれい、」

穏やかな静かな声そっと響く、君の声だ。
ふれそうな腕そのまま掴みたい、本当は。

「うん、」

頷いて願ってしまう、足が停まりたい。
このまま時が停まったら、離れないでいられるだろうか。
けれど君には明日がある。

『英二は、次のお休みはいつ?』

次の、それから。

『しあさって…僕は大学で仕事と講義があるけど、その後にお願いできる?』

お願いできる?
そう訊いてくれた君の明日は、もう自分から遠い場所。
それでも君がくれた約束「しあさって」だから今、こうして歩きだせる。

―また、周太に、

また会える、逢えるんだ君に。
それだけが頭めぐってゆく、脚を押して歩かせる。

―こんなにも周太といたいんだ、俺は…でも周太にはもう、

君といたい、ずっと。
何も考えなくていいのなら、きっと今このまま攫っている。
けれど動けないまま駅の道、またザイルパートナーの声なぞる。

『イイかい?周太を束縛しちまったらね、観碕がつくった鎖の後継者にオマエがなるってコトだ、』

観碕を赦せない。
そう自分は思って動いて、けれど「同じ」だと今は解る。
あの男が晉に執着したから「五十年の連鎖」が君を縛る、そして自分も、

―光一に言われるとおりだ、俺は周太に執着して…ずっと嫉妬まみれだ、

この想いは恋愛、けれど執着にも近いと自覚がある。
そうでなければ今朝だって、君を追いかけたりしなかった。
新宿の街角に君を見かけて、でも捉まえられなくて、だから記憶の場所をたどってしまった。

あのラーメン屋、君といつも食事した場所。
あの書店、食事の後いつも君と本を楽しんだ。
あのセレクトショップ、何度も君の服を選んだ時間。

だから君、あのベンチで逢えた瞬間どれだけ嬉しかったと思う?

“あのベンチにいてくれたのは周太、待っててくれた?”

そう訊いてみたい、でも怖い。
ただの偶然かもしれない、君の気に入りの場所だから。
けれど鼓動が敲く、こんなにも捉まえたくて、閉じこめて独占したいと叫びだす。
それでも「同じ」になりたくない、それは意地よりも多分、彼女を知ったからかもしれない。

『宮田くんが私のこと嫌いでも、私は宮田くんに笑ってほしいの。周太くんにも笑ってほしいの、私はそれだけ、』

なぜ、あんなこと言えるのだろう彼女は?
あんなに明るい瞳、あんなに真直ぐ澄んで見つめられるのは、なぜ?

―あの女と毎日ずっと過ごすんだ、明日から周太は、

明日から君は大学に通う、大学で仕事して講義も受ける。
そして彼女も学生として通う、そうして真直ぐに君と同じ道を歩く。
あんなふう自分も見つめられたなら君は、今も自分だけ見つめてくれたろうか?

―ずっと一緒にいたいだけなんだよな俺、でも、

想い見つめて歩く街、黄昏やわらかな風ほろ苦い。
埃っぽい都会の空気、ここで君と過ごした時間が遠くなる。
このままずっと一緒に歩けたらいい、けれど辿りついた駅で英二は微笑んだ。

「着いたな、」

着いてしまった、君と離れる場所に。
それでも「しあさって」がある、だから願いまだ捨てなくていい?
本当は約束なんて出来ない自分、それでも唯一つ理由に君に逢いたい、許してほしい。
想い見つめるコンコースの一隅、君の声そっと響いた。

「英二…僕は昨日、退職届を出したんだ、」

告げられて振りむいた先、黒目がちの瞳が見つめてくれる。
その言葉がつり噛まれて問いかけた。

「周太が自分で、出しに行ったのか?」
「そうだよ、」

黒髪やわらかに肯いて、瞳まっすぐ見あげてくれる。
その姿あらためて駅のライト照らして、スーツとネクタイ姿が自分を見つめる。

―今朝も見たスーツとネクタイだ、でも昨日なら、今日は大学のあいさつか?

見間違いじゃなかった、君だった。
確かめて、そして昨日と今日の時間を見つめるまま君の唇ひらいた。

「英二、僕はもう警察を辞めたよ?ただの僕になったんだ、」

もう警察官じゃない。
その事実の真中で、黒目がちの瞳ほの明るい。

「うん、周太は周太だ、」

肯いて呼びかけて、見つめる瞳が自分を映す。
澄んだ瞳は前より明るくて、ただ嬉しく見つめるまま君が言った。

「だから英二、正義感で僕を護ろうとしなくて、もういいんだよ?」

正義感?

「どういう意味だ、周太?」

どういう意味で、そんなこと言ってくれる?
解らないまま見つめる中心、穏やかな静かな声が言った。

「僕と一緒にいる理由のことだよ、英二?」

理由、なんて一つだけ。
それなのに君、なぜそんなこと言うのだろう?

「正義感とれんあいかんじょう…どちらの為に、僕といてくれたの?」

ずきり、

ほら鼓動が軋む、止められる。
なぜそんなこと君は言うのだろう、どうして?

「しゅうた…どういう意味だ?」

見つめるまま君だけが見える、君の瞳が自分を映す。

「よく考えてみて、でも、ちゃんと睡眠はとってね、」

告げてくれる瞳まっすぐ自分を映す。
けれど視界ゆっくり滲みだす、目の奥が熱い。

「…しあさってに、またね、」

君の声そっと告げて、君の肩が踵を返す。
遠ざかってしまう背中まっすぐ綺麗で、そして見えなくなった。

「…、」

痛い、軋んで鼓動が迫りあがる。
それでも踏みだした足そのまま改札くぐって、けれど停まった。

「…しゅ、うた」

かすれる声、もう届かない。
このまま追いかけたい、けれど足が停まってしまった。
それでも忘れられない願い唯ひとつ、痛みごと零れた。

「…北岳草のこと憶えてる?周太…」

世界で唯一つ、北岳でわずかな時間だけ咲く太古の花。
それを君に見せたい、今の君だから。

『僕もう自分で歩けるよ、』

おととい君が言ったことは事実、それでも雪の森で君を背負った。
あの温もりまだ背を滲んで離れない、肌の記憶ひとつ縋る自分がいる。
背負い続けてたい、離したくないと願っている、それでも君はもう自分で歩ける。

「だから見せたいんだよ…周太、」

※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

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