nivation 雪蝕
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/4a/81a2c1373f0526d070a74e3a5b909e47.jpg)
第77話 結氷 act.3-side story「陽はまた昇る」
雪音が、遠く聞こえる。
本当は聞えていないかもしれない、けれど聴く。
いま地上では除雪作業しているだろう、それなのに自分は地下に籠められる。
いま空はきっと青い、隊舎も白銀に輝いている、そんな想像と古い書架のなか英二は微笑んだ。
―ファントムみたいだな、地下に閉じこめられて、
『Le Fantome de l'Opera』
シャンデリア眩いオペラ座の地下に「Fantome」は宮殿を築き棲む、そんな物語。
宮殿は迷宮でもある、そこに歌姫を攫いこんで妻に望んで、けれど貴公子が彼女を地上へ連れ戻す。
こんな物語は自分を映すようで今この地下書庫と雪光る地上の落差から可笑しい。
そして考えてしまう、今、あの男と自分の役はどちらだろう?
貴公子かファントムか、君はどちらの手を取る?
「宮田君、1983年のファイルをお願いします、」
穏やかな透る声に呼ばれて瞳そっと細められる。
いま言われた年号に笑いたい、ようやく始まってくれる?
「はい、」
返事した自分の声は明朗に凪いでいる。
このトーンに俤は少ない、そう知るまま歩きだす通路は古書の香に沈む。
乾いて燻んだ匂いは時間を遡る、そして既知の棚からファイル一冊取りだしてまた詩が謳う。
or but came to cast
A song into the air, and singing passed
To smile on the pale dawn; and gather you
…
And wage God‘s battles in the long grey ships.
The sad, the lonely, the insatiable,
To these Old Night shall all her mystery tell;
運試しの賽投げつけ
虚ろなる空に歌い、謳いながら透り過ぎ去り、
蒼白の黎明に微笑む、そんな相手しかない君よ、集え
…
そして遥かなる混沌の船に乗り神の戦を闘うがいい。
悲哀、孤愁、渇望、
これらの者へ 古き夜はその謎すべてを説くだろう。
“or but came to cast A song into the air, and singing passed”
今この一冊に運試しの賽を投げつけるのは、あの男だろうか自分だろうか?
そんな思案と書架を歩き拓けた視界、デスク向かうスーツ姿の老人に微笑んだ。
「お待たせしました、コピー取りますか?観碕さん、」
微笑んで呼んだ先、穏やかな瞳そっと細められる。
眼差しは優しげだけれど何も語らない、その無機質が嫌いだ。
―同類を嫌うってヤツだな、きっと、
こんなこと自分で笑いたくなる、これは自分の我儘だ?
そんな自覚に微笑んで直ぐ銀髪の笑顔は尋ねた。
「どこをコピーするのか解かるんですか、宮田君?」
ほら確信もう訊いてくる、この質問になんと答えよう?
そんな思案も可笑しいまま英二は爽やかに笑いかけた。
「1983年なら立籠もり事件かと思ったのですが、違いますか?」
さあ、核心そのまま突いたなら何て応えてくれる?
今も試すつもりでいるのだろう、けれど試すのは自分の方だ。
そんな支配権を示しながら謙虚に微笑んだ向かい老人は微笑んだ。
「宮田君、昨日は本庁で忙しかったですか?」
やっぱり訊くんだ?
昨日、本庁、そして「忙しい」に尋問が笑ってくる。
この回答はなんて応えたら今この老人を奈落に満足させられる?
(to be continued)
【引用詩文:William B Yeats「The Rose of Battle」】
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第77話 結氷 act.3-side story「陽はまた昇る」
雪音が、遠く聞こえる。
本当は聞えていないかもしれない、けれど聴く。
いま地上では除雪作業しているだろう、それなのに自分は地下に籠められる。
いま空はきっと青い、隊舎も白銀に輝いている、そんな想像と古い書架のなか英二は微笑んだ。
―ファントムみたいだな、地下に閉じこめられて、
『Le Fantome de l'Opera』
シャンデリア眩いオペラ座の地下に「Fantome」は宮殿を築き棲む、そんな物語。
宮殿は迷宮でもある、そこに歌姫を攫いこんで妻に望んで、けれど貴公子が彼女を地上へ連れ戻す。
こんな物語は自分を映すようで今この地下書庫と雪光る地上の落差から可笑しい。
そして考えてしまう、今、あの男と自分の役はどちらだろう?
貴公子かファントムか、君はどちらの手を取る?
「宮田君、1983年のファイルをお願いします、」
穏やかな透る声に呼ばれて瞳そっと細められる。
いま言われた年号に笑いたい、ようやく始まってくれる?
「はい、」
返事した自分の声は明朗に凪いでいる。
このトーンに俤は少ない、そう知るまま歩きだす通路は古書の香に沈む。
乾いて燻んだ匂いは時間を遡る、そして既知の棚からファイル一冊取りだしてまた詩が謳う。
or but came to cast
A song into the air, and singing passed
To smile on the pale dawn; and gather you
…
And wage God‘s battles in the long grey ships.
The sad, the lonely, the insatiable,
To these Old Night shall all her mystery tell;
運試しの賽投げつけ
虚ろなる空に歌い、謳いながら透り過ぎ去り、
蒼白の黎明に微笑む、そんな相手しかない君よ、集え
…
そして遥かなる混沌の船に乗り神の戦を闘うがいい。
悲哀、孤愁、渇望、
これらの者へ 古き夜はその謎すべてを説くだろう。
“or but came to cast A song into the air, and singing passed”
今この一冊に運試しの賽を投げつけるのは、あの男だろうか自分だろうか?
そんな思案と書架を歩き拓けた視界、デスク向かうスーツ姿の老人に微笑んだ。
「お待たせしました、コピー取りますか?観碕さん、」
微笑んで呼んだ先、穏やかな瞳そっと細められる。
眼差しは優しげだけれど何も語らない、その無機質が嫌いだ。
―同類を嫌うってヤツだな、きっと、
こんなこと自分で笑いたくなる、これは自分の我儘だ?
そんな自覚に微笑んで直ぐ銀髪の笑顔は尋ねた。
「どこをコピーするのか解かるんですか、宮田君?」
ほら確信もう訊いてくる、この質問になんと答えよう?
そんな思案も可笑しいまま英二は爽やかに笑いかけた。
「1983年なら立籠もり事件かと思ったのですが、違いますか?」
さあ、核心そのまま突いたなら何て応えてくれる?
今も試すつもりでいるのだろう、けれど試すのは自分の方だ。
そんな支配権を示しながら謙虚に微笑んだ向かい老人は微笑んだ。
「宮田君、昨日は本庁で忙しかったですか?」
やっぱり訊くんだ?
昨日、本庁、そして「忙しい」に尋問が笑ってくる。
この回答はなんて応えたら今この老人を奈落に満足させられる?
(to be continued)
【引用詩文:William B Yeats「The Rose of Battle」】
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